こう言うと彼は玄関に走りでました。
泣いたりしたりなかったのですが、玄関でやはり泣きだしてしまいました。
そうしているところを、「アリョーシャ」が見つけました。
「コーリャ、必ず約束を守って、来てあげなさいよ、でないとひどく悲しむから」
「アリョーシャ」が念を押すように言いました。
「きっと来ます! ああ、どうしてもっと早く来なかったんだろう、僕は自分が呪わしくて!」
泣きながら、そしてもはや泣いていることを恥じずに、「コーリャ」がつぶやきました。
この瞬間、突然、部屋からはじけでるように二等大尉がとびだしてきて、すぐうしろ手にドアを閉めました。
顔がもの狂おしく、唇がふるえていました。
二人の若者の前に立ちどまると、彼は両手を上にあげました。
「いい子なんか要るもんか! ほかの子なんか要るもんか!」
歯ぎしりしながら、彼は異様なささやき声で言いました。
「エルサレムよ、もしわたしがあなたを忘れるならば、わが右の手を・・・・(訳注 旧約聖書、詩篇第一三七編)」
彼は涙にむせんだかのように、しまいまで言えず、木のベンチの前に力なくひざまずきました。
両の拳で頭をしめつけ、なにかぶざまな声を張りあげて、それでも小屋の中にその声がきこえぬよう必死にこらえながら、泣きだしました。
「コーリャ」は通りに走りでました。
「さよなら、カラマーゾフさん! あなたも来るでしょう?」
彼は怒ったように、語気鋭く「アリョーシャ」に叫びました。
「晩に必ず来ます」
「エルサレムとかって、何のことですか・・・・あれは何のことです?」
「あれは聖書の言葉で、『エルサレムよ、もしわたしがあなたを忘れるならば』というんです、つまり自分のいちばん大切なものを忘れたり、ほかのものに見変えたりしたら、わたしを罰してください、という意味ですよ・・・・」
旧約聖書の詩篇第一三七編は次のようなものです。
第137篇
われらバビロンの河(かは)のほとりにすわり シオンをおもひいでて涙(なみだ)をながしぬ
われらそのあたりの柳(やなぎ)にわが琴(こと)をかけたり
そはわれらを虜(とりこ)にせしものわれらに歌をもとめたり 我儕(われら)をくるしむる者われらにおのれを歓(よろこ)ばせんとて シオンのうた一つうたへといへり
われら外邦(とつくに)にありていかでヱホバの歌をうたはんや
エルサレムよもし我なんぢをわすれなば わが右の手にその巧(たくみ)をわすれしめたまへ
もしわれ汝(なんぢ)を思ひいでず もしわれヱルサレムをわがすべての歓喜(よろこび)の極(きはみ)となさずばわが舌をわが[あぎ]につかしめたまヘ
ヱホバよねがはくはヱルサレムの日に エドムの子輩(こら)がこれを掃除(はらひのぞ)け その基(もとゐ)までもはらひのぞけといへるを聖意(みこゝろ)にとめたまへ
ほろぼさるべきバビロンの女(むすめ)よ なんぢがわれらに作(なし)しごとく汝(なんぢ)にむくゆる人はさいはひなるべし
なんぢの嬰兒(みどりご)をとりて岩のうへになげうつものは福(さいは)ひなるべし
文語では分かりにくいです、口語訳ではこうなります。
われらはバビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した。
われらはその中のやなぎにわれらの琴をかけた。
われらをとりこにした者が、われらに歌を求めたからである。われらを苦しめる者が楽しみにしようと、「われらにシオンの歌を一つうたえ」と言った。
われらは外国にあって、どうして主の歌をうたえようか。
エルサレムよ、もしわたしがあなたを忘れるならば、わが右の手を衰えさせてください。
もしわたしがあなたを思い出さないならば、もしわたしがエルサレムをわが最高の喜びとしないならば、わが舌をあごにつかせてください。
主よ、エドムの人々がエルサレムの日に、「これを破壊せよ、これを破壊せよ、その基までも破壊せよ」と言ったことを覚えてください。
破壊者であるバビロンの娘よ、あなたがわれらにしたことを、あなたに仕返しする人はさいわいである。
あなたのみどりごを取って岩になげうつ者はさいわいである。
これでしたら意味が分かりますが、この一部分だけでなく全体を把握していないと分かったとは言えませんね。
「わかりました、もう結構です! あなたも来てくださいね! こい、ペレズヴォン!」
もはやまったく荒々しい声で犬に叫ぶと、彼は大股の早足でわが家に向かいました。
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