2018年9月23日日曜日

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第十一編 兄イワン

一 グルーシェニカの家で

「アリョーシャ」は、商家の未亡人「モロゾワ」の家に住む「グルーシェニカ」を訪ねるため、ソボールナヤ広場に向いました。

今朝早く彼女が「フェーニャ」をよこして、ぜひ寄ってほしいと折り入って頼んできたからです。

「フェーニャ」を問いつめて「アリョーシャ」は、奥さまが昨日からなにか特にひどく心配そうにしていることを、ききだしました。

「ミーチャ」が逮捕されて以来、この二ヶ月の間に「アリョーシャ」は、自分から思いたったり、「ミーチャ」に頼まれたりして、しばしば「モロゾワ」の家に立ち寄っていました。

「ドミートリイ」が逮捕されてから、もう二ヶ月もたったのですね、長い間「アリョーシャ」と子供たちのことが書かれていたので、彼らのことは忘れそうです。

「ミーチャ」の逮捕後、三日ばかりのちに、「グルーシェニカ」は重い病気に倒れて、ほとんど五週間近く病んでいました。

そのうちの一週間は、意識不明で寝たきりでした。

外出できるようになってから、もうほとんど二週間近くになるとはいえ、彼女はめっきり顔だちが変り、やつれて、黄ばんだ顔になりました。

しかし、「アリョーシャ」の目には、彼女の顔がいっそう魅力的になったように見え、彼女の部屋に入るときにその眼差しを迎えるのが好きでした。

彼女の眼差しには何か毅然とした、聡明な色が定着した感がありました。

ある精神的な転換がうかがわれ、何か二度と変らぬ、つつましい、しかし幸せそうな、揺らぐことのない決意があらわれていました。

眉間にきざまれた小さな縦皺が、一見けわしいとさえ見える思いつめた色を、愛くるしい顔に与えていました。

たとえば、かつての軽薄さは跡も残っていませんでした。

婚約したほとんどそのとたんに、いいなずけが恐ろしい犯罪によって逮捕されるという、この気の毒な女性を見舞ったあらゆる不幸にもかかわらず、あるいはまた、その後の長患いや、今度ほとんど避けられぬと思われる恐ろしい判決などにもかかわらず、「グルーシェニカ」がやはり以前の若々しい快活さを失くしていないことも、「アリョーシャ」にとってはふしぎでした。

かつて傲慢だった彼女の目に、今では、なにか柔和な色がかがやいていました。

だがしかし、そうは言うものの、すっかり消えてしまわぬばかりか、むしろ心の中でつのってさえいる従来どおりのある心配が見舞ったりすると、その目がときおり、またもや一種の険悪な炎に燃えあがるのでした。

この心配の種は、相も変らず、「カテリーナ」であり、病床に伏していたときも、「グルーシェニカ」はうわごとにまで彼女を思いだしたほどでした。

いつでも面会に行けるはずの「カテリーナ」が、まだ一度も拘置中の「ミーチャ」を訪ねたことがなかったにもかかわらず、「グルーシェニカ」が逮捕された「ミーチャ」のことで彼女にひどく嫉妬していることは、「アリョーシャ」も知っていました。

これらすべてが「アリョーシャ」にとっては、ある種の困難な課題となっていました。


なぜなら、「グルーシェニカ」はただ一人彼だけに自分の心を打ち明け、のべつ助言を求めるのでしたが、彼とて時には何一つ言うことができぬ場合もあったからです。



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