2018年9月24日月曜日

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彼は気がかりそうな様子で、彼女の住居(すまい)に入りました。

彼女はもう家に帰っていました。

三十分ほど前に「ミーチャ」のところから帰ってきたのですが、テーブルの前の肘掛椅子から出迎えに跳ね起きた彼女のすばやい動作を見て、「アリョーシャ」は、彼女が待ちきれぬ思いで待っていたのだと推察しました。

テーブルの上にカードがのっており、《薄のろ》のゲームがやりかけになっていました。

この《薄のろ》というトランプのゲームは本当にあるのですね、調べますと、「うすのろ」とは、複数人で遊ぶトランプゲームの一つ。地域によっては「マサオくん」や「オガワくん」など語呂がいい別の名前や、カードの渡し方から「ぶたのしっぽ」の名で呼んでいる場合もあり、「うすのろまぬけ」「うすのろのばか」「うすのろばかまぬけ」といったバリエーションがあるとのこと、遊び方は、「プレイヤーは3人~13人とする。使用するトランプは、例えば、4人で遊ぶなら各スーツのエース4枚1組、ジャック4枚1組、クイーン4枚1組、キング4枚1組など、(プレイヤーの人数分×各スーツ同じ数字のカード4枚1組)である。また、プレイヤーの人数より1つ少ない数の「駒」を用意する(ケガを防ぐため、突起物が無く手でつかみやすい物が望ましい。例:おはじき、碁石、マッチ、飴 など)。場の中央に駒を固めて置いておき、各プレイヤーにカードを4枚ずつ配る。不要なカードを1枚選択し、「いっせいのー」「1、2の、3」「ぶたのしっぽ」など掛け声に合わせて右隣のプレイヤーにそのカードを裏返しにして渡す。同時に左隣のプレイヤーからカードを受け取る。この操作を繰り返す。手元に同じ数字が4枚揃った場合に、そのプレイヤーは場の中央に置いてある駒を取る。その際、ほかのプレイヤーは、手元のカードの数字が揃っていなくても場の中央に置いてある駒をすばやく取る。当然、駒はプレイヤーの人数よりも1個少ないので、1人だけ駒を取ることが出来ない。駒を取れなかったプレイヤーや、数字が揃っていないのに誤って最初に駒を取ったプレイヤーにはその都度、ポイントが与えられる。そのポイントを「う」「す」「の」「ろ」の順に4ポイントまで数え、「ろ」に最初に到達したプレイヤーが「うすのろ」となり敗者となる。」とのことですが、これは「グルーシェニカ」たちがやっていたゲームと同じでしょうか、「マクシーモフ」とふたりだけではできないと思いますので、「フェーニャ」も加わっていたのでしょうか。

テーブルの向う側の革張りのソファに、寝床が敷かれ、ガウン姿で紙の三角帽子(訳注 トランプの罰)をかぶった「マクシーモフ」が、甘たるい微笑こそうかべてはいたものの、見るからに病気でめっきり弱った様子で、半ば横たわっていました。

この宿なしの老人は、二カ月前のあのとき、「グルーシェニカ」といっしょにモークロエから戻って、そのまま彼女の家に居すわり、それ以来そばを離れないのでした。

あの日、みぞれまじりの雨の中を彼女といっしょに帰りつくと、ずぶぬれになって怯えきった老人は、ソファに坐りこみ、おずおずと乞うような微笑をうかべながら、黙って彼女を見つめていました。

恐ろしい悲しみにとざされ、しかもすでに熱病のはじまりかけていた「グルーシェニカ」は、着いた当初の三十分ほどいろいろな雑事にまぎれて、老人のことなどほとんど忘れかけていましたが、突然何かのはずみにまじまじと老人を見つめました。

老人は彼女の目に哀れっぽく、途方にくれたようなお追従笑いを送りました。

彼女は「フェーニャ」をよび、老人に食事を与えるように言いつけました。

昼のうちずっと、老人はほとんど身じろぎ一つせずに自分の席に座りとおしていました。

暗くなって、鎧戸を閉めにかかったとき、「フェーニャ」が奥さまにたずねました。

「あの、奥さま、あの方はお泊りになるんでしょうか?」

「そうね、ソファに寝床を敷いておあげ」

「グルーシェニカ」は答えました。

さらにくわしく問いただしてみて、「グルーシェニカ」は、本当に老人がまさしく今まるきり行く先のない身であることや、「恩人のカルガーノフさまが、これ以上お前の相手はしてられぬと、はっきり申し渡して、五ルーブル恵んでくださった」ことなどを、知りました。

「じゃ、仕方がないわね、このままいなさい」

同情の微笑をうかべて、「グルーシェニカ」はふさいだ様子で結論を下しました。

たいして面識のない老人を自分の家に住まわせるなんていうことは、私から見れば驚くべきことだと思いますが、当時のロシアでもなかなかあることではないでしょう、こういうところは「グルーシェニカ」のおおらかで優しいところですね。

彼女のその微笑に老人は顔をひきつらせ、感謝の涙に唇をふるわせました。

こうしてそれ以来、この放浪の居候は彼女の家に腰を落ちつけたのでした。

彼女の病気のときでさえ、家を出ていきませんでした。

ところで「マクシーモフ」は六十歳くらいの地主ですが、自分の家がないのでしょうか。

「フェーニャ」も、「グルーシェニカ」の料理女をしている彼女の母(訳注 中巻では祖母)も、老人を追いだしたりせず、相変わらず食事を与え、ソファに寝床を敷きつづけてやりました。

(710)で、「『フェーニャ』が祖母にあたる料理女『マトリョーナ』と台所に坐っていたところへ、突然《大尉》がとびこんできました。」と書かれていました。


そのうち、「グルーシェニカ」は彼に慣れてさえきたので、「ミーチャ」のところから戻ると(彼女は少し快方に向うと、すっかり本復しきらぬうちに、すぐさま面会に通いはじめたのである)、憂さを晴らすつもりで腰をおろし、ただ悲しみを考えずにいられさえすればという気持から、《マクシームシカ》相手に、いろいろ他愛のないことを話すようになりました。


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