「ミーチャ」は眉をくもらせて部屋の中を歩きまわりました。
部屋の中はほとんど暗くなっていました。
彼は突然ひどく心配そうな様子になりました。
「それじゃ、秘密と言ってたんだな、秘密と? 俺たちが三人ぐるになって彼女に陰謀を企てている、そして《カーチカ》も一枚かんでると、そう言ってたんだね? いや、グルーシェニカ、それは違う。それは思い違いだ、女らしい愚かな間違いだ! アリョーシャ、もうかまやしない! 俺たちの秘密をお前に打ち明けよう!」
「ドミートリイ」と「グルーシェニカ」は基本的に口が軽いですね。
年寄りの看守は片隅のベンチで居眠りしていたし、番兵のところまでは一言も届きませんでしたから、実際にはだれも二人の話をきくはずはないというのに、彼はあたりを見まわし、前に立っているアリョーシャのそばへ足早に歩みよると、秘密めかしい顔つきでささやきはじめました。
「俺たちの秘密をすっかり打ち明けるよ!」
「ミーチャ」は急いでささやきはじめました。
「あとで打ち明けるつもりだったんだ。だって、お前に相談せずに何か決められると思う? 俺にとってはお前がすべてだからな。俺はよく、イワンは俺たちより偉いなんて言うけれど、お前は俺の守護天使だよ。お前の決定だけがすべてを決するんだ。もしかすると、いちばん偉いのはイワンじゃなく、お前かもしれないな。実はね、これは良心の問題なんだよ、最高の良心の問題なんだ。あまり重大な秘密なんで、俺は自分ひとりで解決できずに、お前に話すまで一寸延ばしに延ばしてきたほどだよ。それでもやはり、今決定するのはまだ早い。判決を待つ必要があるからな。判決が出たら、そのうえでお前が運命を決めてくれ。今は決めずにな。今話すけど、お前はきくだけにして、結論を出すなよ。そのまま黙っていてくれ。お前に打ち明けるのは全部じゃない。細部は省いて、アイデアだけ言うから、黙っていてくれ。質問も、行動も厳禁だぜ、いいね? もっとも、お前のその目をどこへ向ければいいんだろう? いくらお前が黙っていたとしても、お前の目が結論を語りそうで、心配だよ。ああ、それがこわいんだ! アリョーシャ、きいてくれ。実はイワンが脱走(二字の上に傍点)をすすめているんだ。詳細は言わない。万事、手筈がついて、すべてうまく運ぶことになっている。黙って、結論を言うなよ。グルーシェニカを連れてアメリカへさ。だって、グルーシェニカなしに、俺は生きていかれないからな! それに流刑地で彼女がどうやって俺に近づけてもらえるだろう? 流刑地でも結婚させてくれるだろうか? イワンはだめだと言うんだ。でも、グルーシェニカがいなけりゃ、俺はつるはしを持って地の底で何をすりゃいい? そのつるはしで自分の頭を打ち割るくらいが関の山じゃないか! だが一方、良心はどうなる? なにしろ苦しみから逃げだすわけだからな! せっかく神のお告げがあったのに、神のお告げを斥けることになるんだ。せっかく浄化の道があったのに、まわれ右しちまうんだからな。アメリカに行っても《善良な傾向さえ保っていれば》、地底にいるより、ずっと益をもたらすことができる、とイワンは言うんだ。でも、あの地底の讃歌はどこに生まれるんだ? アメリカが何だい、アメリカだってやっぱり浮世じゃないか! それに、アメリカにだって、まやかしはたくさんあると思うよ。とにかく、はりつけの十字架から逃げだすんだからな! お前にこんな話をするのは、アリョーシャ、これをわかってくれるのはお前だけだからなんだ、ほかにはだれもいやしない。ほかのやつらにとっちゃ、こんなことはすべて愚にもつかぬたわごとなのさ。讃歌に関してお前に話したようなことはな。あいつは気がふれたとか、ばかだとか言うだろうさ。でも、俺は気がふれたのでもないし、ばかでもない。イワンも讃歌のことは理解してくれるんだ、わかっているとも。ただ、それには返事をせずに、黙っているだけさ。讃歌なんぞ信じていないんだ。何も言わないでくれ、言うなよ。お前の目つきを見れば、俺にはわかる。お前はもう結論を出したんだな! 決めないでくれ、俺に手加減してくれよ、俺はグルーシェニカなしには生きていけないんだ、裁判を待っててくれ!」
この「実はイワンが脱走(二字の上に傍点)をすすめているんだ。」というのは衝撃的ですね、私は以前に読んでいましたから、このことは知っていましたが、それにしても突然で予想外な驚くべき発言です、また、「讃歌」というのは(935)の「・・・・俺たちは鎖につながれ、自由はなくなる。だが、深い悲しみにとざされたそのときこそ、俺たちはまた喜びの中に復活するんだ。その喜びなしに人間は生きていかれないし、神は存在していかれない。なぜって、神がその喜びを与えてくれるんだからな、これは神の偉大な特権なんだ・・・・ああ、人間は祈りの中で溶けてしまうがいい! あの地底で、神なしに俺はどうしていけるというんだ? ラキーチンのやつはでたらめばかりぬかしやがる。もしこの地上から神を追い払ったら、俺たちが地底でその神にめぐりあうさ! 流刑囚は神なしには生きていかれないからな、流刑囚じゃない人間より、いっそう不可能だよ! そしてそのときこそ、俺たち地底の人間は、喜びをつかさどる神への悲劇的な讃歌を、大地の底からうたうんだ! 神とその喜びよ、万歳! 俺は神を愛してるんだ!」です。
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