もう一度あわただしく接吻を交わし、「アリョーシャ」がもう出ようとしかけたとき、突然「ミーチャ」がまたよびとめました。
「俺の前に立ってくれ、こうやって」
そして彼はまた「アリョーシャ」の肩を両手でしっかりつかみました。
その顔が突然まったく蒼白になったため、ほとんど闇にひとしい中でも不気味なくらい目につきました。
唇がゆがみ、眼差しが「アリョーシャ」にひたと注がれました。
「アリョーシャ、神さまの前に立ったつもりで、掛値なしに本当のことを言ってくれ。お前は俺が殺したと信じているのか、それとも信じていないのか? お前は、お前自身は、そう信じているのか、どうなんだ? 本当のことを言ってくれ、嘘をつかずに!」
彼は狂おしく叫びました。
「アリョーシャ」は全身を揺すぶられたような気がしました。
心の中を何か鋭いものが通りすぎたみたいで、彼にはその気配さえきこえました。
「ドミートリイ」の質問に対して「アリョーシャ」は「全身を揺すぶられたような気」がして、「心の中を何か鋭いものが通りすぎたみたいで、彼にはその気配さえきこえ」たということですが、この大げさな表現はどういうことでしょうか、この後の「アリョーシャ」の発言は当然、彼が殺人など犯していないということなのですが、この一瞬の「アリョーシャ」の態度を考えると、彼の心の中にも「ドミートリイ」が実行犯であるという考えも少しはあったのかもしれないと私は思います。
「いい加減にしてくださいよ、何を言うんです・・・・」
途方にくれたように彼はつぶやきかけました。
「本当のことを言ってくれ、隠さずにな。嘘をつくなよ!」
「ミーチャ」がくりかえしました。
「兄さんが人殺しだなんて、ただの一瞬も信じたことはありません」
突然「アリョーシャ」の胸からふるえ声がほとばしりでて、彼はさながら自分の言葉の証人に神を招くかのように、右手をあげました。
この「アリョーシャ」の態度は、彼が殺人犯でないということを当然のように信じているということなのでしょうか、「兄さんが人殺しだなんて、ただの一瞬も信じたことはありません」とも言っているので、それは嘘ではないとも思いますが、私はどうも疑ってしまうのです。
とたんに「ミーチャ」の顔全体を幸福の色がかがやかしました。
ここでの「顔全体を幸福の色がかがやかし」たという表現もおかしいですね、翻訳のせいかもしれませんが、私としては、「アリョーシャ」が「ドミートリイ」の顔を輝かせるために神の許しを得て、この「兄さんが人殺しだなんて、ただの一瞬も信じたことはありません」という表現をしたのではないかと思うのですが。
「ありがとう!」
気絶のあと息を吹き返すときのように、彼は長く語尾をひいて言いました。
「お前は今、俺を生き返らせてくれたよ・・・・本当の話、今までお前にきくのがこわかったんだ。なにしろ相手がお前だからな! さ、もう行くがいい、行きなさい! お前は俺に明日のために力をつけてくれたよ、お前に神の祝福があるように祈ってるぜ! それじゃ、行きなさい、イワンを愛してやってくれ!」
最後の言葉は「ミーチャ」の口からほとばしりでました。
ここでわざわざ、「口からほとばしりで」たと書いてありますね、なんだかここで書かれている多くの言葉が、いろいろな意味にとれてしまいます、たんにこれは「ドミートリイ」の気配りや優しさを表しているともとれますし、この後すぐ書かれているのですが、「アリョーシャ」はこれから「イワン」を訪ねようとしているのですから、この「ドミートリイ」の言葉はその暗示のようにも思われますし、「ほとばしりでた」というのは彼が意図せず、神の意志がそう言わせたというようにも読めます。
「アリョーシャ」は顔じゅう涙に濡らして外に出ました。
「ミーチャ」のこれほどの猜疑心、「アリョーシャ」にさえいだいているこれほどの不信感-これらすべてが、不幸な兄の心にある、これまで考えてもみなかったような、やり場のない悲しみと絶望との深淵を、突然、「アリョーシャ」の前に開いてみせたのでした。
深い限りない同情が、ふいに一瞬、彼を捉え、苦しめました。
刺し貫かれた心がはげしく痛みました。
『イワンを愛してやってくれ!』
突然、「ミーチャ」の今の言葉が思いだされました。
それに彼はこれから「イワン」のところへ行こうとしていました。
「イワン」はこの町のどこに居るのでしたっけ。
今朝からどうしてもイワンに会う必要があったのです。
「ミーチャ」に劣らず、「イワン」も彼を悩ませる存在でしたが、今、「ミーチャ」に会ったあとでは、それが今まで以上でした。
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