2018年10月29日月曜日

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五 違う、あなたじゃない!

「イワン」のところへ行く途中、「カテリーナ・イワーノヴナ」の借りている家のわきを通らねばなりませんでした。

窓に灯りがついていました。

彼はふいに立ちどまり、入ることに決めました。

「カテリーナ・イワーノヴナ」にはもう一週間以上会っていませんでした。

しかし、今ふと、「イワン」が来ているかもしれない、特にこういう日の前夜だから、という考えが頭にうかんだのです。

ベルを鳴らし、支那提灯に仄暗く照らされた階段に入ると、上から人が降りてくるのが見えましたが、すれ違うときになって、兄であることがわかりました。

してみると、兄はもう「カテリーナ・イワーノヴナ」のところから出てきたのだろう。

「ああ、お前か」

「イワン」は素っ気なく言いました。

「じゃ、失敬。彼女のところへか?」

「ええ」

「やめとけよ。《気が立ってる》から。お前はいっそう気持をかき乱すだけだよ」

「いいえ、そんなことはありません!」

突然、さっと開かれた二階のドアから声が叫びました。

「アレクセイ・フョードロウィチ、お兄さまのところから?」

「ええ、今行ってきたんです」

「あたくしに何か言伝てがございまして? どうぞお入りになって、アリョーシャ。それからあなたも、イワン・フョードロウィチ、ぜひお戻りになって、ぜひ。ようごさいますわね!」

「カーチャ」の声にきわめて命令的な調子がひびいていたため、「イワン」は一瞬ためらったのち、それでも「アリョーシャ」といっしょに二階に上がることに決めました。

「立ち聞きしてたんだな!」

苛立たしげに彼はひとりごとをつぶやいたが、「アリョーシャ」にはよくきこえました。

「外套のままで失礼しますよ」

広間に入りながら、「イワン」は言い放ちました。

「腰もおろしませんから。一分以上は長居しませんよ」

「お掛けなさいな、アレクセイ・フョードロウィチ」

自分は立ったまま、「カテリーナ・イワーノヴナ」が言いました。

彼女はこの間を通じて変っていませんでしたが、暗い目は険しい炎にかがやいていました。

「アリョーシャ」は、この瞬間の彼女がきわめて美しく見えたのを、のちのちまでおぼえていました。

作者はどうしてわざわざ「のちのちまでおぼえて」いたと書いたのか、それは、「カテリーナ」にとって重要な変化があったからでしょう、つまり彼女が意図することがあり、その心情がクライマックスに達しているからでしょう。

「どんな言伝てでしたの?」

「一つだけです」

まっすぐ彼女の顔を見つめながら、「アリョーシャ」は言いました。

「自分を大切にして、法廷では例の件については何も証言しないようにって・・・・」

彼はいくらか口ごもりました。

「つまり、あなた方の間にあったことです・・・・まだ知合いになったばかりのころ・・・・あの町で・・・・」

「ああ、あのお金に対して最敬礼したことね!」

苦々しく笑って、彼女は先取りしました。

「どうなんでしょう、あの人が心配しているのは自分のため、それともあたくしのためかしら、ね? 大切にするようにと言ったのは、だれのことですの? あの人のこと、それともあたくし自身のこと? 教えてくださいな、アレクセイ・フョードロウィチ」

「アリョーシャ」は彼女の真意を理解しようと努めながら、まじまじと見つめました。

「あなたご自身のことでもあり、兄のことでもありますね」


彼は低い声で言いました。


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