「わかりませんか?」
非難するように、「スメルジャコフ」が間延びした口調で言いました。
「賢い人がこんな喜劇を自作自演するなんて、もの好きなこった!」
「イワン」は無言で相手を眺めました。
以前の召使が彼に対して今用いた、かつてないほどまったく横柄な、思いもかけぬ口調だけをとっても、異常なことでした。
この前のときでさえ、こんな口調はありませんでした。
「あなたは何も心配なさることはないと、そう申しあげているんですよ。わたしは何一つあなたに不利な証言はしませんし、証拠もありませんからね。おや、手がふるえていますね。どうして指をそんなにひきつらせているんです? 家へお帰りなさいまし。殺したのはあなたじゃない(十二字の上に傍点)んですから」
「イワン」はびくりとふるえました。
「アリョーシャ」の言葉が思いだされました。
(945)で「アリョーシャ」の言った「お父さんを殺したのは、あなたじゃ(五字の上に傍点)ありません」のことですね。
「俺じゃないことくらい、わかってる・・・・」
彼はまわらぬ舌で言いかけました。
「わかっているんですか?」
すかさずまた「スメルジャコフ」が言いました。
「イワン」は跳ね起き、相手の肩をつかみました。
「すっかり言ってみろ、毒虫め! すっかり言え!」
「スメルジャコフ」は少しも怯えませんでした。
狂気のような憎しみをこめた目を、相手に釘付けにしただけでした。
「でしたら言いますが、殺したのはあなたですよ」
「スメルジャコフ」はさっき「・・・・殺したのはあなたじゃない(十二字の上に傍点)んですから」と言ったばかりですが、もう正反対のことを言っています、統一してくれないとわかりにくいですね。
怒りをこめて、彼はささやきました。
「イワン」は何かに思い当りでもしたように、崩れるように椅子に坐りこみました。
彼は憎々しげな薄笑いをうかべました。
「またあのときのことを言ってるんだな? この前と同じことを蒸し返す気か?」
「この前もわたしの前にお立ちになって、何もかも理解なさいましたけど、今もまたわかっておられるんですね」
「お前が気違いだってことだけは、わかってるよ」
「よくまあ飽きないもんですね! 差向いでこうして坐っていながら、なんでお互いに欺し合いをしたり、喜劇を演じたりすることがあるんです? それとも相変らずわたし一人に罪をかぶせたいんですか、面と向ってまで? あなたが殺したくせに。あなたが主犯じゃありませんか。わたしはただの共犯者にすぎませんよ。わたしは忠僕リシャール(訳注 フランスの騎士物語をもとにした『王子ボーヴァ』の中の忠僕)で、あなたのお言葉どおりに、あれを実行したまでです」
「実行した? じゃ、ほんとにお前が殺したのか?」
「イワン」はぞっとしました。
脳の中で何かが動揺したかのようで、全身がぞくぞく小刻みにふるえだしました。
今度は「スメルジャコフ」のほうがびっくりして相手を見つめていました。
どうやら、「イワン」の恐怖の真剣さにやっとショックを受けたようでした。
「それじゃ本当に何もご存じなかったので?」
この「スメルジャコフ」の驚いた様子、そして先ほどの「・・・・あなたのお言葉どおりに、あれを実行したまでです」という発言は自分が殺したことを認めるものですね、やはり「スメルジャコフ」が実行犯ですね、そしてそれを実行させたのは「イワン」だということですね。
「イワン」の目を見つめて、ゆがんだ薄笑いをうかべながら、彼は信じかねるようにねちっこい口調で言いました。
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