2018年11月29日木曜日

973

語り手は口をつぐみました。

「イワン」は終始、身じろぎもせず、相手から目をそらしもせずに、死のような沈黙に沈んできいていました。

「スメルジャコフ」のほうは、話の最中ごく時たま相手を眺めるだけで、たいていはわきの方を横目でにらんでいました。

話を終えたとき、彼自身も明らかに興奮しており、苦しげに息をついていました。

その顔に汗がうかびました。

それでも、彼が後悔か何かを感じているのかどうか、判断できませんでした。

「だが待てよ」

思いめぐらしながら、「イワン」が話を引きとりました。

「じゃ、あのドアは? 親父がお前だけにドアを開けたとすると、どうしてお前より先にグリゴーリイが、ドアの開いているのを見るはずがあるんだ? だってグリゴーリイはお前より先に見たんだだろう?」

なるほど、そうですね、私は気づきませんでしたが。

注目すべきことに、「イワン」はこの上なく穏やかな声で、まるでまったく別人のような、怒りを少しも含まぬ口調で、こうたずねました。

だから、もしだれかが今ドアを開け、戸口から二人を一瞥したとしても、きっとその人は、二人がテーブルを囲んで、何か興味深い問題でこそあるが、ごくありふれたことを、仲良く話し合っていると思ったにちがいありません。

「あのドアの件や、グリゴーリイが開いているのを見たという件ですが、あれはあの人の気のせいでしかありませんよ」

「スメルジャコフ」はゆがんだ笑いをうかべました。

「はっきり言って、あれは人間じゃなく、頑固な去勢馬も同然ですからね、実際に見たわけじゃなく、見たような気がしただけなのに、もうテコでもあとへ引きませんや。あの人がこれを思いついてくれたのは、わたしらにとっては願ってもない幸運でしたけどね。なぜって、そうなれば間違いなくドミートリイ・フョードロウィチに嫌疑がかかりますからね」

「気のせい」というのも何だか信憑性がないですね、それに世話になった「グリゴーリイ」のことを「あれは人間じゃなく、頑固な去勢馬も同然ですからね」とひどいことを言っていますね、ドアの件については、(817)で検事が「・・・・あなたには隠さずに申しあげますが、グリゴーリイ自身は、あなたがそのドアから逃げだしたにちがいないと固く断言し、証言しているのです。」と言っていました、これには「ドミートリイ」は「嘘」だと反論していますが、また(913)で「グルーシェニカ」が「スメルジャコフ」に会いに言った時の話を「アリョーシャ」にしたのですが、その時に「それにあのグリゴーリイがね、召使のグリゴーリイがドアは開いていたなんて言い張って、たしかに見たと意地になってるんで、とても話にならないわ。あたし、とんで行って、じかに話してみたんだけど、かえって悪態をつく始末ですもの!」と言っていますので、「グリゴーリイ」の主張は本当なのではないかと思いますが。

「おい」

またしても混乱しはじめ、何かを思いめぐらそうと努めるかのように、「イワン」が言いました。

「おい・・・・もっといろいろききたいことがあったんだが、忘れちまったよ・・・・片端から忘れて、混乱しちまうんだ・・・・そうだ! せめてこの一点だけでも教えてくれ。なぜお前は封筒を開けて、その場で床に棄てたりしたんだ? なぜ、あっさり封筒のまま失敬しなかったんだい・・・・さっき話していたとき、俺は気のせいか、お前はこの封筒に関して、そうしなければならなかったみたいに言っていたな・・・・なぜ、そうする必要があったんだ、俺にはわからんよ」

「ああやったのには、それなりの理由があるんです。だって、もし勝手知った、慣れた人間なら、早い話がこのわたしのように、前もってその金を自分で見て、ことによると自分で封筒に金を入れるなり、あるいは封をして上書きするところを自分の目で見るなりした人間であれば、そういう人間が殺したとしたら、どういうわけで殺人のあと、わざわざ封を開けたりしますか。それも、そんな急いでいる場合に、それでなくたって、封筒に間違いなく金が入っていることを、確実に知っているのにですよ? 反対に、たとえばこのわたしのような人間が強盗であれば、まるきり封など開けもせず、そのまま封筒をポケットに突っこんで、一刻も早くずらかるはずです。ところが、ドミートリイ・フョードロウィチとなると、話はまるきり別です。あの方は封筒のことは話にきいて知っているだけで、実物は見たことがない。ですから、たとえば、かりに布団の下からでも見つけたとしたら、本当に金が入っているかどうかを確かめるために、少しも早くその場で封を切るにちがいないんです。しかも、あとで証拠物件になることなぞ、もはや考える余裕もなく、封筒をその場に棄ててしまうはずですよ。なぜって、あの方は代々の貴族で、常習的な泥棒じゃなく、これまで一度として何一つ盗んだことがありませんからね。それに、今度だってあの方が盗む決心をなさったとしても、それはいわば盗みじゃなく、自分の金を取り返しに来ただけなんですから。だって、前々からそのことは町じゅうに触れまわっておられましたし、前からみんなに、乗りこんで行って親父から自分の金を取り返してくると、おおっぴらに自慢していたくらいですからね。わたしは尋問のときにこの考えを検事さんに、はっきり言ったわけじゃなく、むしろ反対に、自分ではわかっていないような顔をして、ちょいと匂わせておいたんです。検事さんが自分で思いついたことで、わたしが教えたわけじゃない、といった按配にね。だからあの検事さんは、わたしのこのヒントに涎を流していたほどですよ・・・・」


たいへんわかりやすい説明ですね、それにしても「スメルジャコフ」はあざとすぎます。


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