2018年12月26日水曜日

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各地から馳せ参じた法律家たちだけでも、たいへんな数にのぼったため、どこへ収容すればよいのか、それさえわからぬほどでした。

なにしろ、傍聴券はとうの昔にもう、懇望や泣き落しにかかって一枚残らず出払っていたからです。

法廷の端の雛壇の奥に急場の間に合せに特別の仕切りを設け、馳せ参じた法律家を全員そこへ収容したのを、わたしもこの目で見ましたが、場所を広くするためその仕切り内からは椅子を全部運びだしてしまったので、ずっと立っていなければならなかったのに、法律家たちはそこに立っていられるだけでも幸せと考え、つめこまれた傍聴人は肩と肩を接し、密集した群れとなって、《審理》の最後まで立ちとおしていました。

婦人たち、それも特に遠来の婦人の中には、極端にめかしこんで傍聴席にあらわれた者もいましたが、大半の婦人は服装のことさえ忘れていました。

婦人たちの顔にはヒステリックな、貪欲な、ほとんど病的とさえ言える好奇の色が読みとれました。

この法廷に集まった人々全体の特徴の一つは、ぜひとも指摘しておかねばなりませんが、のちに多くの観察によって証明されたように、ほとんどすべての婦人、少なくとも圧倒的多数の婦人が、「ミーチャ」の肩を持ち、無罪を支持したことであります。

このへんが作者のおもしろいところですね、しかも「ぜひとも指摘しておかねばなりませんが」とまで言っています、「圧倒的多数の婦人が、ミーチャの肩を持」っていたということです、これはどういうことでしょう、たぶんこの町のほどんどの人が犯人は「ミーチャ」と思っているはずです、また彼は町の飲み屋などでいろいろと乱暴を働いたことも知っているでしょう、さらに婚約者を裏切ったこともわかっているにもかかわらず、彼女たちは彼の肩を持つのです、私は一瞬彼女たちは「ミーチャ」を悪者だと思い、罰せられるべきだと考えたのかと思いましたが、そうではありませんでした、ということは彼女たちは、奔放な愛、一途な愛、相手を殺すほどの情熱的な愛に惹かれたということです、逆にそういうロマンに飢えていたということなのかもしれませんね。

おそらく、その最大の理由は、彼に関して、女心の征服者といった観念が作られていたためでありましょう。

先ほど私がいろいろと書いたことを、作者は見事に「女心の征服者」という一言であらわしています、なるほど、女としての自分の心をわかってくれることが第一なのですね。

ライバル同士の二人の女性がいずれ出廷することは、わかっていました。

その一人、つまり「カテリーナ・イワーノヴナ」は、特にみなの興味をそそりました。

彼女については異常な噂がひどくいろいろと語られ、犯罪までやってのけた「ミーチャ」に寄せる彼女の情熱に関しても、呆れるような一口話がいくつも流れていました。

特に話題になったのは、彼女の傲慢さや(彼女はこの町でほとんどだれの家も訪問したことがなかったのだ)、《貴族社会における顔の広さ》でした。

彼女は罪人について流刑地に行き、どこか地下の炭鉱で結婚することを許可してくれるよう、政府に陳情するつもりらしい、という噂もありました。

一方、「カテリーナ・イワーノヴナ」のライバルである「グルーシェニカ」の出廷も、これに劣らぬほどの興奮をもって待たれていました。

人々は、プライドの高い貴族の令嬢と《高級淫売》という二人のライバルの法廷での対決を、苦しいほどの好奇心で待ち受けていました。

もっとも、この町の婦人たちには、「カテリーナ・イワーノヴナ」より「グルーシェニカ」のほうが有名でした。

《フョードル・カラマーゾフとその息子とを破滅させた女》を、この町の婦人たちはこれまでにも見たことがあるので、どうしてあんな《ごくありふれた、まるきり不器量でさえあるロシアの町人娘》に親子そろってあれほどまで入れあげることができたのかと、ふしぎがっていました。

ここはまたおもしろいですね、作者が作り上げてきた「グルーシェニカ」のイメージは読者にとっても大変に魅力的なものでした、しかしここで客観的な場所に立ちそのイメージを突き放し、《ごくありふれた、まるきり不器量でさえあるロシアの町人娘》と表現したのは、この町の婦人たちの嫉妬と羨望の入り混じった心理を言い表しているようであり、なるほどと納得させられます。

一口に言って、噂はたくさんありました。

わたしもたしかに知っていますが、実際にこの町では「ミーチャ」のことが原因で、いくつかの深刻な家庭争議さえ起ったほどでした。

またここもおもしろいところです、この特殊な個人的な事件が、一般的な家庭争議になり、さらに男性対女性の戦いという普遍的な問題にもなっています。

多くの婦人たちが、この恐るべき事件に対する見解の相違から、夫たちとむきになって喧嘩し、その結果、当然のことながら、それらの婦人の夫たちはみな、法廷に来たときにはすでに、被告に対して好意的でなかったばかりか、敵意すらいだいていました。

そして、概してはっきり断言できることでありますが、婦人たちとは反対に、男性側はすべて被告に反感を持っていました。

眉をひそめたきびしい顔がいくつも見受けられたし、そうでないものは敵意を露骨に示しており、しかもそれが大部分でした。

また「ミーチャ」がこの町に滞在している間に、その人たちの多くを個人的に侮辱したことも事実であります。


もちろん傍聴人の中には、ほとんど楽しそうな顔さえして、もともと「ミーチャ」の運命になどまったく無関心な人たちもいましたが、その人たちとてやはりこれから審理される事件に対して、無関心なわけではありませんでした。


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