「あたくしが受けとったのは犯行の前日ですけれど、その人はさらにその一日前に飲屋で書いたわけですから、つまり犯行の二日前に書いたんです。よくごらんになってください、勘定書か何かに書いてありますから!」
彼女は息をあえがせながら、叫びました。
「そのころその人はあたくしを憎んでいました。それというのも、自分から卑劣な振舞いをして、あの売女に走ったからです・・・・それともう一つ、あたくしに例の三千ルーブルを借りていたからですわ・・・・ああ、その人は自分の卑しい心根のために、あの三千ルーブルがいまいましくてならなかったのです! あの三千ルーブルは、こういうお金でした。どうぞきいてください、おねがいです。父親を殺す三週間ほど前、ある朝、その人はあたくしのところにやってきました。あたくし、その人にお金が必要なことは存じていましたし、何に使うかも知っていました。そう、あの売女をたぶらかして、駆落ちするためなんです。あたくしはそのとき、その人がもう心変わりして、あたくしを棄てる気でいることを知っていました。ですからあたくし、そのとき自分からあのお金をさしだして、モスクワにいる姉に送ってもらうためのようなふりをして提供したんです。お金を渡すとき、その人の顔を見つめて送るのはいつでもいい、『たとえ一カ月後でもかまわない』と、言いました。あたくしが面と向ってはっきり『あなたはあの売女とぐるになってあたしを裏切るために、お金が要るんでしょう。だったらこのお金をあげます。あたしのほうからあげます。これを受けとれるほど恥知らずなら、持っていくといいわ』と言ったにひとしいことを、どうしてその人がわからぬはずがありましょう! あたくしはその人の正体をあばいてやりたかったんです、ところがどうでしょう? その人は受けとったんですわ。受けとって、持って行って、あの売女とあそこで一晩で使いはたしてしまったんです・・・・でも、あたくしが何もかも知っているってことを、その人もわかったんです、わかったんですわ。はっきり申しあげますけれど、あたくしがお金を預けるのは、これを受けとるほど恥知らずかどうか、試しているだけだってことも、そのときその人にはわかったんです。あたくしはその人の目を見つめ、その人はあたくしの目を見つめて、何もかも理解したのです。理解したうえで、受けとったんです。あたくしのお金を受けとって、持って行ったんですわ!」
「カテリーナ」が「ドミートリイ」に託した三千ルーブルのことを詳細に語っていますね、「ドミートリイ」がこの件について「アリョーシャ」に(336)で語っています、「・・・・ちょうど俺がグルーシェニカをぶん殴りに行く前、その日の朝、カテリーナが俺をよんで、当分だれにも知られないようにと、ひどく秘密めかしく(どうしてかは知らんよ、きっとそうする必要があったんだろうな)、県庁所在地の町へ行って、そこからモスクワにいる姉のアガーフィヤに三千ルーブルを書留で送ってくれるように頼んだんだよ。その町へ行くのは、ここで知られたくないからなんだ。その三千ルーブルを懐ろにして、俺はそのときグルーシェニカのところへ行ったんだし、モークロエへ遠征してきたのもその金でなのさ。そのあと俺は、町へ行ってきたふりをしたものの、書留の受取りは示さずに、金は送った、受取りはいずれ持ってくると言ったまま、いまだに持っていってないんだ。忘れちゃった、なんて言ってさ。さて、お前はどう思うね、今日お前が行って、彼女に『よろしくとのことでした』と言えば、彼女は『で、お金は?』ときくだろう。お前はさらにこう言ってもいいんだぜ。『兄は低劣な色気違いです、感情を抑えられない卑しい人間なんです。あのとき、兄はあなたのお金を送らずに、使っていまったんです。それも動物みたいに、自制することができなかったからなんですよ』でも、やはりこう付け加えてもいいところだな。『その代り、兄は泥棒じゃありません、ほら、ここに三千ルーブルあります、兄が返してよこしたんです、ご自分でアガーフィヤに送ってください。兄からは、よろしくとのことでした』ってな。ところが今度は突然、彼女がきくだろうよ。『で、お金はどこにあるんですの?』ってさ」これが彼の認識なのです、つまり先ほど「カテリーナ」が話したような二人の間の裏の共通認識のようなものはなかったということになります、また、モークロエでの尋問の時にも「ああ、やたらにあの人の名を口にしないでください! あの人を引合いにだすなんて、僕は卑劣漢だ。そう、あの人が僕を憎んでいることはわかっていました・・・・ずっと以前・・・・いちばん最初から、まだ向うにいたころに僕の下宿を訪ねてきたあのときからです・・・・しかし、もういい、たくさんだ、あなた方はそんなことを知る値打ちもないんです、こんな話は全然必要ないし・・・・必要なのは、あの人がひと月前に僕をよんで、モスクワにいる姉さんとそれからだれか親戚の女性に送ってくれるようにと、この三千ルーブルを僕に預けたってことだけです(まるで、自分じゃ送れないと言わんばかりにね!)、ところが僕は・・・・それがまさに僕の人生の宿命的なときのことで、そのころ、僕は・・・・つまり、一口に言ってしまえば、僕が別の女性を、彼女を、今の彼女を、ほら今階下に坐っている女性ですが、あのグルーシェニカを好きになったばかりだったんです・・・・僕はそのときこのモークロエへ彼女を引っ張ってきて、二日間でその呪わしい三千ルーブルの半分、つまり千五百ルーブルをここで使い果し、あとの半分をしまっておいたんです。」と言っています。
「そのとおりさ、カーチャ!」
突然「ミーチャ」が叫びました。
「俺に恥をかかせるつもりだってことは、君の目を見てわかってたけど、それでもやはり君の金を受けとったのさ! この卑劣漢を軽蔑してくれ、何もかも軽蔑するがいい、俺はそうされても仕方がないんだ!」
「被告」
裁判長が叫びました。
「もう一言したら、退廷を命じます」
「あのお金がその人を苦しめていたんです」
痙攣的に急きこみながら、「カーチャ」はつづけました。
「その人は返そうと思っていました、その気だったんです、それは本当です。でも、その人には、あの売女のためにもお金が必要だったんですわ。現に父親を殺しても、やはりお金をあたくしに返さないで、あの売女といっしょにあの村へ行って、あそこで捕まったんですもの。その人はあそこでまた、殺した父親から盗んだお金を、みんな遊興に使ってしまったんです。しかも、父親を殺す一日前に、あたくしにその手紙を書いてよこしたんです。酔払って書いたんですわ。その人が憎しみから書いたことくらい、あたくしにはすぐにわかりました。それも、たとえ人殺しをしても、あたくしがその手紙をだれにも見せないってことを、ちゃんと承知のうえで書いたんです。でなければ、書くはずがありませんもの。あたくしが腹癒せをしてその人を破滅させよう、などという気を起さないのを、ちゃんと承知していたんです! でも、お読みになってください、注意深く読んでください、もっと丹念に。そうすれば、その人が手紙の中で何もかも、どうやって父親を殺すか、どこにお金が隠してあるかなどを、すべて前もって書いていることが、おわかりになるはずです。よくごらんになって、読み落さないでください。そこに『イワンさえ出かけてくれたら、きっと殺してやる』という一句がございます。つまり、その人はどうやって殺すかを、あらかじめ考えぬいていたんですわ」
「カテリーナ・イワーノヴナ」は敵意もあらわに小気味よげに、裁判長に告げ口しました。
ああ、彼女がこの宿命の手紙を微細な点まで熟読し、一行一行をそらんじたことは明らかでした。
「酔っていなければ書かなかったでしょう、でも、ごらんになってください。そこには、何もかも、あとで父親したのとそっくり同じように、あらかじめ書かれてありますから。そのまま計画書になっているんです!」
手紙の内容が気になるところですが(961)で「カテリーナ」が「イワン」に手紙を見せた場面で紹介されていました、つまり『宿命の女性カーチャよ! 明日、金を手に入れて、例の三千ルーブルを返す。そしたら、さよならだ-深い怒りに燃える女性よ。だが、さよなら、俺の愛も! これでけりをつけよう! 明日は、だれかれかまわず頼んで金を手に入れるようにする。もし、だれからも借りられない場合には、固く約束しておくが、イワンが出かけさえしたら、親父のところへ押しかけて、頭をぶち割って、枕の下にある金をちょうだいする。懲役に行こうと、三千ルーブルはきっと返す。君も赦してくれ。地面に頭をすりつけてお詫びする。君に対して俺は卑劣漢だったからな。赦しておくれ。いや、赦してくれぬほうがいい。そのほうが俺も君も、気が楽だもの! 君の愛情より懲役のほうがましだ。俺はほかの女を愛しているからだ。その女を君は今日あまりにも深く知りすぎた。それでどうして赦せるだろう? 俺の金をくすねたやつを、俺は殺してやる! だれの顔も見ずにすむよう、俺は君たちみんなから逃れて、極東に行く。あの女(三字の上に傍点)も見たくない。なぜって、俺を苦しめるのは君だけじゃなく、あの女もだからな。さよなら!
追伸。俺は呪いを書いているが、君を崇拝しているんだ! 胸の中できこえる。弦が一本残って、鳴っているんだ。心臓が真っ二つになってくれたほうがいい! 俺は自殺する、だが手はじめはやはりあの犬畜生だ。あいつから三千ルーブル奪って、君にたたきつけてやる。俺は君に対して卑劣漢でこそあったけれど、泥棒じゃないからな! 三千ルーブルを待っていてくれ。犬畜生の布団の下に、バラ色のリボンで結わえてあるんだ。泥棒は俺じゃない。俺が泥棒を殺すんだ。カーチャ、軽蔑の目で見ないでくれ。ドミートリイは泥棒じゃない、人殺しだ! ちゃんと立って、君の傲慢さを辛抱せずにすむよう、親父を殺して自殺したのだ。君を愛さずにすむようにな。
三伸。君の足にキスする。さよなら!
四伸。カーチャ、だれかが金を貸してくれるよう、神さまにお祈りしてくれ。そうすれば、俺は血に染まらずにすむ、借りられなければ、血を見るのだ! 俺を殺してくれ!
奴隷であり仇敵であるD・カラマーゾフ』
以上です。
これは「それは、いつぞやカテリーナの家で、彼女がグルーシェニカに侮辱された例の一幕のあと、修道院に帰る途中のアリョーシャに野原でミーチャが出会った、あの晩、酔いにまかせてミーチャがカテリーナ宛てに書いた手紙でした。」とのことで、「夜中近くに飲屋《都》に姿をあらわし、当然のことながら、ぐでんぐでんに酔いました。酔った彼はペンと紙を求め、この重大な文書を書きなぐったのでした。それは気違いじみた、饒舌な、とりとめのない、まさしく《酔いにまかせた》手紙でした。」「手紙を書くのに飲屋でもらった紙は、粗悪なごく普通の便箋を切りとった汚い紙片で、裏には何かの勘定が記してありました。」「酔払いの饒舌にはどうやら紙面が足りなかったらしく、ミーチャは紙面いっぱいに書きなぐったばかりか、最後の数行などは、前に書いた文章の上に縦に書きつけてありました。」とありました。
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