2019年1月22日火曜日

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彼女はわれを忘れ、そしてもちろん、これから自分にとって生ずるいっさいの結果をものともせずに、こう叫びました。

もっとも、おそらくひと月前から、その結果を予見していたことは言うまでもありません。

なぜなら、そのころはまだ、たぶん憎悪に身をふるわせながら、『法廷でこれを読みあげるべきではないだろうか?』と思案していたにちがいないからです。

今や彼女は断崖からひと思いにとびおりたにもひとしかったのです。

忘れもしませんが、たしか手紙はその場ですぐ書記によって読み上げられ、衝撃的な印象をもたらしました。

「ミーチャ」は「この手紙を認めますか?」という質問を受けました。

「僕のです、僕の手紙です!」

「ミーチャ」は叫びました。

「酔っていなければ書かなかったでしょう! 多くの点で僕らは互いに憎み合っていたね、カーチャ、でも誓って、誓って言うけど、僕は憎みながらも君を愛していた、それなのに君はそうじゃないんだ!」

これは決定的な発言だと思います、「ドミートリイ」と「カテリーナ」のような人との違いなのだと思います、ある意味「カテリーナ」に男女の愛情のもつれによる行き違いを超えた異質な恐怖を感じます、しかし別の視点から見ると単なる男女の愛情の行き違いだけなのかもしれません、また、これは我々に最も近いところの、身近な、自分自身に対する避けることのできない恐怖を思わせもします。

彼は絶望的に手をもみしだきながら、席に倒れこみました。

検事と弁護人がかわるがわる尋問しはじめましたが、それは主として「どういう理由でさっきはこんな文書を隠していたのか、なぜ前にはまるきり違う気分と調子の証言をしたのか?」という意味のことでした。

これは、私が思った疑問と全く同じことが書かれています、そうなのです、その変わり目の原因は何なのでしょうか。

「ええ、そうです、あたくし先ほどは嘘を申しました、名誉と良心に反して、ずっと嘘をついていたんです。でも、さっきまでその人を救おうと思っていました。だってその人はこんなあたくしを憎み、こんなに軽蔑していたんですもの」

「カーチャ」は半狂乱の体で叫びました。

「そう、その人はひどくあたくしを軽蔑していました。いつも軽蔑していたんです。それも、なんと、あのときあのお金のことであたくしがこの人の足もとに最敬礼したあの瞬間から、軽蔑していたんですわ。あたくし、それに気づいていました・・・・あのときすぐに感じたのですけれど、永いこと自分でも信じられなかったんです。何度この人の目に『とにかくお前はあのとき自分からやって来たんだからな』という言葉を、読みとったことでしょう。ああ、なぜあのときあたくしが駆けつけたか、この人はわからなかったんです、何一つわかっていなかったんです。卑しいことしか考えられない人ですもの! 自分の尺度で測って、みんなも自分と同じような人間だと思っていたんですわ」

もはやすっかり狂乱状態におちいって、「カーチャ」は憤ろしく歯を噛み鳴らしました。

「あたくしと結婚する気になったのだって、あたくしが遺産を相続したからにすぎませんわ、そうなんです、それだけの理由ですわ! あたくし、そうじゃないかと、かねがね思っていました! ああ、この人はけだものです! あたくしがあのとき訪ねて行ったことを恥じて、一生この人にびくびくしつづけるだろう、だから自分はそのことで永久にあたくしを軽蔑し、優越感をいだいていられると、いつも思っていたんです、だからこそあたくしと結婚する気になったんですわ! そうなんです、そうですとも! あたくしは自分の愛情で、限りない愛情でこの人に打ち克とうと試みて、心変りさえ堪え忍ふつもりでした。それなのにこの人は何一つ、何一つ理解してくれなかったのです。こんな人に何も理解できるはずがありませんもの! この人は無頼漢です! その手紙を受けとったのは、翌晩のことで、飲屋から届けてきたんです。それなのに、その日の朝まで、朝のうちはまだ、あたくしはその人のすべてを赦そう、心変りさえ赦してあげようという気になりかけていたのです!」

いくら感情的になったからといってもこれは言い過ぎのような気がしますが、このようなこともありうるのでしょうね。

もちろん、裁判長と検事は彼女を落ちつかせにかかりました。

ほかならぬ彼らでさえ、おそらく、彼女の狂乱状態につけこんで、こんな告白をききだしたのが、恥ずかしかったのだろうと、わたしは思います。

今でもおぼえていますが、「どんなにおつらいか、われわれにもわかります。信じてください、われわれとて感情は持ち合せているんですから」などと言っているのが、きこえたものです。

そのくせ、ヒステリーを起して分別を失った女性から、やはり証言を引きだしたのであります。


最後に彼女は、「イワン」がこの二カ月というもの《無頼漢で人殺し》の兄を救うため、ほとんど気も狂わんばかりになっていることを、しばしばこうした緊張状態のさなかに、瞬間的にではありますが、閃光のようにひらめく異常な鮮やかさで描写しました。


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