2019年1月23日水曜日

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「あの方はご自分を苦しめてらしたんです」

彼女は叫びました。

「自分も父親を愛していなかったし、ひっとしたら自分も父親の死を望んでいたかもしれないと、あたくしに告白して、いつもお兄さんの罪を軽くしようと望んでらっしゃいました。ああ、あれこそ深い、深い良心ですわ! あの方は両親によってご自分を苦しめたんです! あたくしには何でも打ち明けてくださいました、何もかも。毎日あたくしを訪ねていらして、ただ一人の親友としてあたくしに話してくださったんです。あの方のただ一人の親友になれたことを、あたくし光栄に思いますわ!」

「カテリーナ」は「イワン」が毎日自分を訪ねてくると言っていますが、これは親友を越えていることは誰にも明らかでしょう、そう思われることに彼女は気づいていないのでしょうか。

突然、彼女は目をきらりと光らせ、なにか挑戦的な口調で叫びました。

「あの方は二度スメルジャコフのところにいらしたんです。一度、あたくしのところに戻ってらして、もし犯人が兄じゃなくスメルジャコフだとしたら(というのも、スメルジャコフが殺したというデマを、この町のだれも流していたからです)、僕にも罪があるかもしれない、なぜって僕が父をきらいなことはスメルジャコフも知っていたし、ことによると僕が父の死を望んでいる思っていたかもしれないから、とおっしゃったことがございました。そこであたくしはこの手紙を出して、お目にかけたんです。そしたらあの方も殺したのがお兄さんだったことを、すっかり確信なさって、すっかりショックをお受けになりました。実の兄が父親殺しだったことに堪えられなかったんです! つい一週間ほど前、あの方がそのために病気になられたことに、あたくし気づきました。ここ数日は、あたくしの家に坐ってらしても、うわごとばかり言っておられましたわ。気が変になっているのが、わかりました。歩きながら、うわごとを言っているのです。通りを歩いているときもそうでした。モスクワから見えたお医者さまが、あたくしの頼みで、おととい診察してくださったのですが、譫妄症の一歩手前だとおっしゃっておられました。それもすべて、その男のせいです、その無頼漢のせいなんです! 昨日あの方は、スメルジャコフが死んだことを知って、たいへんなショックをお受けになり、気が狂ってしまったのです・・・・それもみな、その無頼漢のせいですわ、その無頼漢を救おうとなさってのことなんです!」

ああ、言うまでもなく、こんな言葉やこうした告白は、何かのおりに生涯でたった一度、たとえば断頭台にのぼる、死の直前の瞬間ででもなければ、口にできないものです。

しかし、「カーチャ」はそれのできる性格であり、それのできる瞬間にありました。

それは、あのとき父を救うために若い放蕩者のもとにとんで行った、あの一途な「カーチャ」と同じでした。

先ほど全傍聴人を前に、誇り高い純潔な姿で、「ミーチャ」を待ち受けている運命をいくらかでも軽くするために、《ミーチャの高潔な行為》を物語り、わが身と処女の羞恥を犠牲にした、同じあの「カーチャ」でした。

そして今もまったく同じように彼女は自分を犠牲にしたのですが、今度は別の男のためにであり、ことによると、今この瞬間になって彼女はようやく、別なその男が自分にとってどれほど大切な存在であるかを、はじめて感じ、完全に理解したのかもしれなかった!

「はじめて感じ・・・・」まさかそんなことはないと思いますが。

彼女はその人を案ずる恐怖にかられて、自分を犠牲にしました。

犯人は兄ではなく自分だという証言によって、その人が自己の一生を破滅させたことに突然思いあたるや、彼女はその人を救うために、その名誉と評判を救うために、自分を犠牲にしたのだった!

それにしても、「ミーチャ」とのかつての関係を話しながら、自分は彼をおとしめるような嘘をついたのではないか、という恐ろしい疑念がちらとひらめきました-問題はそこです。

いや、そうではない、あの最敬礼のために「ミーチャ」は自分を軽蔑していたのだと叫んだとき、彼女は意図的に中傷したわけではなかった!

彼女自身そう信じていましたし、おそらく、あのおじぎをした瞬間から、そのころはまだ彼女を崇めていた純朴な「ミーチャ」が彼女を笑い、軽蔑しはじめた、と確信していたにちがいありません。

そしてあのとき、彼女がヒステリックな発作的な愛情で自分から彼に結びついていったのも、ただただプライドから、傷つけられたプライドからにすぎませんでしたし、その愛は、愛というよりむしろ復讐に似たものでした。

ああ、ことによるとその発作的な愛は、真の愛情に育ったかもしれないし、おそらく「カーチャ」とてそれ以外の何も望んでいなかったのだろうが、「ミーチャ」が変心によって彼女を魂の奥底まで侮辱したため、魂がもはや赦そうとしなかったのです。


「カテリーナ」の気持ちは複雑ですね、彼女は本当に「ドミートリイ」が犯人だと思っているのでしょうか、「イワン」もそうですが、「ドミートリイ」を犯人だと思いつつも絶対的な確信はないのだろうと思います、そのような気持ちでいるにもかかわらず、「ドミートリイ」を犯人だと証言することについて彼女は大きな罪を犯しているのではないでしょうか、ただ彼女が「イワン」を愛しているということははっきりしていることだと思います、(944)で「イワン」は「あの人殺しに判決が下るまで、待たなけりゃならないんだ。もし今俺が手を切れば、彼女は俺への腹癒せに明日の法廷であの無頼漢を破滅させることだろう、なぜって彼女はあいつを憎んでいるし、自分が憎んでいることを承知しているからな。すべて嘘ばかりさ、嘘の積み重ねだよ! ところが今、俺がまだ手を切らずにいるうちは、彼女もいまだに望みを持っているし、俺があの無頼漢を災難から救いだしたいと思っているのを知っているから、あいつを破滅させるような真似はしないだろう。しかし、いまいましい判決が下った、そのとたんに終りさ!」と言っていました、「イワン」の気持ちも複雑ですが、「カテリーナ」はこの「イワン」の気持ちをも裏切る行為をしてしまいましたね。


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