復讐の瞬間が思いがけなく舞いこみ、傷ついた女性の胸に永年にわたって苦痛とともに積りつもっていたすべてが、これまた思いがけなく、一挙にどっとほとばしりでたのでありました。
彼女は「ミーチャ」を裏切りましたが、同時に自分をも裏切ったのである!
そして当然のことながら、胸の内をすっかり吐きだしてしまったとたん、緊張が断ち切れ、羞恥が彼女を圧倒しました。
ふたたびヒステリーが起り、彼女は嗚咽し、叫びながら、崩折れました。
彼女は連れだされました。
彼女が運びだされて行くまさにその瞬間、「グルーシェニカ」が泣き叫びながら、自席から「ミーチャ」の方に突進し、制止する暇もありませんでした。
「ミーチャ!」
彼女は叫びだてました。
「あの毒蛇があなたを破滅させたのよ! ついにあの女が正体を現したのよ!」
憎悪に身をふるわせながら、彼女は法廷に向って叫びました。
裁判長の合図で、彼女はとり押えられ、法廷から連れだされそうになりました。
彼女はひるまず、あばれまわって、必死に「ミーチャ」の方へ戻ろうとしました。
この「あばれまわって」というところが、「グルーシェニカ」らくしていいですね。
「ミーチャ」も叫びだし、これまた彼女の方に突進しようとしました。
二人は押えつけられました。
なかなか派手な裁判になりましたね、三人三様の身体を使った自己表現が法廷を盛り上げていますが、そこには理性など二の次で単なる三角関係のもつれによる感情だけで物事が進行しているようです。
そう、傍聴席の婦人たちはすっかり満足したと思います。
内容豊富な見世物だったからであります。
そのあと、モスクワから来た博士が出廷したのを、わたしはおぼえています。
たしか、裁判長がこれ以前に、「イワン」の手当を指図させるため、廷吏によびにやらせておいたはずです。
博士は、病人がきわめて危険な譫妄症の発作を起しており、ただちに連れて帰る必要があることを、法廷に報告しました。
検事と弁護人の質問に対して博士は、患者がおととい自分から訪ねてきたことや、そのときに急性譫妄症の一歩手前であると警告したのに、患者は治療を受けようとしなかったことなどを、確認しました。
「彼は絶対に、健全な精神状態ではありませんでした。自分でも告白していましたが、うつつに幻覚を見たり、もう死んだはずのいろいろな人に往来で出会ったり、毎晩、悪魔が訪ねてきたりしていたのです」
博士はこう結びました。
証言を終えて、有名な医者は引きさがりました。
「カテリーナ・イワーノヴナ」の提出した手紙は、証拠物件に加えられました。
協議の末、法廷は、このまま審理を続行し、二つの思いがけぬ証言(カテリーナ・イワーノヴナとイワンの)はどちらも調書に記載することを決定しました。
しかし、もうこれ以上、審理の模様を記すのはやめにします。
それに、あとの証人たちの証言は、それぞれ個性的な特徴をそなえていたとはいえ、どれもこれまでの証言のくりかえしや裏付けにすぎませんでした。
しかし、くりかえして言いますが、すべては次に記す検事の論告の中で一点にしぼられてゆくのであります。
だれもが興奮していました。
すべての人が最後の破局によって神経をぴりぴりさせ、焼けつくようなもどかしさをおぼえながら、一刻も早く大詰めを、検事、弁護人双方の論告と判決とを待ちわびていました。
「フェチュコーウィチ」は明らかに「カテリーナ・イワーノヴナ」の証言でショックを受けていました。
その代り、検事は勝ち誇った様子でした。
審理が終了すると、ほぼ一時間近い休廷が宣せられました。
やがてついに裁判長が最終弁論の開始をつげました。
わが検事「イッポリート・キリーロウィチ」が検事論告をはじめたのが、たしかちょうど夜の八時でありました。
その前に今までの法廷の様子を少しまとめてみますと、鑑定医として出廷した三人の尋問の次に、たぶん検察側の証人として「ヘルツェンシトゥーベ」が尋問されたのですが、何だか弁護側に有利な発言になりました、それから次に被告に有利な証人、つまり弁護側の申請した証人の証言がはじまりました、最初は①「アリョーシャ」が宣誓なしに喚問され、次に②「カテリーナ・イワーノヴナ」が、ふたりとも「ドミートリイ」にかなり有利な発言を行いました。そして③「グルーシェニカ」ですが彼女は「ドミートリイ」の言葉を根拠はないのですが、無条件に信じているといい、先ほど彼に不利な発言をした「ラキーチン」を攻撃することによって援護射撃しました、次は④「イワン」です、彼は「スメルジャコフ」が実行犯で、自分も共犯であると言いましたが、発狂状態になってしまい、せっかく証拠の三千ルーブルを提示したにもかかわらず、おそらく彼の発言の信憑性は疑われたと思います、そして突発的に再び④「カテリーナ・イワーノヴナ」が証言をはじめて尋問を受け、決定的な証拠になりうる「ドミートリイ」の手紙を公表し、これが殺人の計画書だと言って「ドミートリイ」が犯人だと言い切りました、「カテリーナ」は二度もヒステリー状態に陥り退廷させられましたが、興奮状態の「グルーシェニカ」も「ドミートリイ」も取り押さえられました、それから再び⑤モスクワからの医師が「イワン」の病状が相当悪いことを証言しています、そして最終弁論がはじまり、まず検事「イッポリート・キリーロウィチ」の検事論告がこれからはじまります。
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