「フェチュコーウィチ」の弁論の続きです。
「・・・・わたしはいくつかの情報を集めたのですが、彼は自分の出生を憎み、それを恥じて、《スメルジャーシチャヤの子供》であることを、歯ぎしりしながら思い起していました。幼いころの恩人だった召使のグリゴーリイ夫妻に対して、彼は敬意を払っていませんでした。ロシアを呪い、ばかにしていたのです。彼はフランスに行き、フランス人に帰化することを夢見ていました。以前からたびたび、その資金が足りぬことをこぼしていたのです。わたしには、彼が自分以外のだれをも愛さず、ふしぎなほど高く自分を評価していたように思われます。彼は立派な服や、こざっぱりしたシャツや、ぴかぴかの靴の中に文明を見ていたのです。当人も自分をフョードルの私生児と見なしていたため(これを裏付けるいくつかの事実もあります)、主人の嫡出子たちと比べて自分の境遇を憎悪していたかもしれません。あの人たちには何もかも揃っているのに、自分は何一つない、あの人たちにはあらゆる権利と遺産があるのに、自分はただのコックでしかない、というわけです。彼はわたしに、自分がフョードルといっしょに金を封筒に入れたと語っていました。その金の用途は-それは彼が一旗あげられるだけの金額でしたから、彼にしてみればもちろんいまいましいものでした。おまけに彼は明るい虹色の百ルーブル札ばかりの三千ルーブルを見たのです(わたしはこの点をわざとたずねてみたのです)。そう、嫉妬深い、うぬぼれの強い人間に大金を一度に見せたりしてはいけません、彼は生れてはじめてそれだけの大金をまとまって見たのでした。虹色の札束の印象は、当初こそ何の結果もともなわなかったものの、彼の脳裏に病的に映じたかもしれないのです。才能豊かな検事は、スメルジャコフに殺人容疑をかける可能性について、賛否両様(プロとコントラ)の仮定を、並みはずれた鋭さでわれわれに描いてみせ、なぜ彼が癲癇の仮病を使う必要があったかと、特に質問なさいました。たしかにそうです、しかし彼はまったく仮病ではなかったかもしれません、ごく自然に発作が起き、ごく自然におさまって、病人が意識を取り戻したのかもしれないのです。たとえ全快とは言わぬまでも、癲癇にままあるように、そのうちわれに返って意識を取り戻したのかもしれない。スメルジャコフが殺人を行う機会がどこにあるかと、検事はたずねます。しかし、その機会を示すのはいとも容易なことであります。彼が意識を取り戻し、深い眠りからさめたのは(なぜなら、彼は眠っていたにすぎないからです。癲癇の発作のあとは常に深い眠りが訪れるものです)、まさにグリゴーリイ老人が、塀にまたがって逃げようとする被告の足にしがみつき、近所じゅうにひびくほどの声で『親殺し!』と叫んだ、その瞬間だったかもしれません。闇と静寂の中にひびいたこのただならぬ叫びが、そのころまでにはさほど深いものではなくなっていたはずのスメルジャコフの眠りをさましたかもしれない。当然のことながら、彼はその一時間ほど前から目をさましかけていたかもしれないのです。寝床から起きだすと、彼はほとんど無意識に、何の下心もなく、叫び声のした方へ何事が起ったのかを見に行きます。頭は病気のせいでぼんやりし、判断力もまだまどろんでいるのですが、庭に出て、灯りのともっている窓のところへ行き、彼の姿を見てもちろん喜んだ主人から恐ろしい知らせをきかされるのです。判断力が一挙に頭の中で燃えあがります。怯えている主人から、彼は一部始終をくわしくききだす。そして、しだいに、混乱した病気の頭の中に一つの考えが-恐ろしいけれど誘惑的な、くつがえしえぬほど論理的な考えが生れてくるのです。つまり、主人を殺して、三千ルーブルを奪い、あとですべてを若旦那にかぶせてしまおうという考えです。今なら若旦那以外の、だれの仕業とも考えられない、若旦那以外のだれに嫌疑がかかるというのだ、証拠は揃っているし、若旦那はここに来ていたではないか? 金に対する、獲物に対する恐ろしい渇望が、完全犯罪という思惑と一体になって、彼の心をとらえたかもしれない。そう、こういう突然の抑えがたい衝動は、きわめて多くの場合、何らかのきっかけで起るものですし、何よりも、つい一分前まで殺してやろうなどと思ってもいなかった殺人者には、唐突に起るものであります! こうしてスメルジャコフは主人の部屋に入り、計画を実行したかもしれないのです。・・・・」
ここで切ります。
「フェチュコーウィチ」の「スメルジャコフ」の行動についての見方はただしいように思います、しかし「スメルジャコフ」が「自分をフョードルの私生児と見なしていた」ことや、(これを裏付けるいくつかの事実)があること、また、「フランス人に帰化」したいと思い、「その資金が足りぬことをこぼしていた」ことなど、はじめて知りました。
ここで「フェチュコーウィチ」は先ほど否定していた「イッポリート」の裏返しのような「スメルジャコフ犯人論」を創作しています。
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