2019年3月28日木曜日

1092

「アリョーシャ」と「コーリャ」が彼を抱き起し、頼んだり言いきかせたりしました。

「大尉さん、いい加減になさいよ、男らしい人間だったら我慢しなけりゃ」

「コーリャ」がつぶやきました。

「花をつぶしちゃいますよ」

「アリョーシャ」も言いました。

「《かあちゃん》が花を待ってるんでしょう。じっと坐ったままで、泣いていますよ。あなたがさっきイリューシャの花をあげなかったんで。お家にはイリューシャの寝床もまだ敷いてあるし・・・・」

「そう、そうだ、かあちゃんのところへ行ってやらなけりゃ!」

「スネギリョフ」はふいにまた思いだしました。

「あの子の寝床が片づけられちまう、片づけられちまう!」

本当に片づけられてしまうのを怯えるかのように、彼は付け加えると、跳ね起きて、またわが家に向って走りだしました。

しかし、もうすぐ近くだったので、みんながいっしょに走りつきました。

「スネギリョフ」は勢いよくドアを開け、さっきあんなに薄情に言い争った妻に向って叫びました。

「かあちゃん、イリューシェチカがこの花をお前によこしたよ、お前は足がわるいんだものね!」

今しがた雪の上にころがったときに、花弁がちぎれ、凍りついた花束をさしだして、彼は叫びました。

しかし、まさにその瞬間、彼は片隅にある「イリューシャ」のベッドの前に、家主のおかみが片づけてくれたばかりの「イリューシャ」の小さな長靴が、二つ並んできちんと揃えてあるのに気づきました-古ぼけ、赤茶けて、ごわごわになった、つぎだらけの長靴でした。

それを見るなり、彼は両手を上げて、そのまま長靴にとびつき、ひざまずいて、長靴の片方をかかえこんで、唇を押しあて、「坊主、イリューシェチカ、かわいい坊主、小さなあんよはどこにあるんだ?」と絶叫しながら、むさぼるように接吻しはじめました。

「あの子をどこへ連れて行ったの? どこへ連れて行ったのさ?」

張り裂けるような声で狂女が泣き叫びました。

これをきいて、「ニーノチカ」もわっと泣きくずれました。

「コーリャ」が部屋をとびだし、少年たちもあとにつづきました。

最後に「アリョーシャ」も出ました。

「気のすむまで泣かせておきましょう」

彼は「コーリャ」に言いました。

「こんなときには、もちろん、慰めることなどできませんからね。しばらく待って、戻りましょう」

「ええ、むりですね、悲惨だな」

「コーリャ」が相槌を打ちました。

「あのね、カラマーゾフさん」

ふいに彼は、だれにもきこえぬように声を低くしました。

「僕はとても悲しいんです。あの子を生き返らせることさえできるなら、この世のあらゆるものを捧げてもいいほどです!」

「ああ、僕だって同じ気持ですよ」

「アリョーシャ」は言いました。

「どうでしょう、カラマーゾフさん、僕たち今晩ここへ来たほうがいいでしょうか? だって、あの人はきっと浴びるほどお酒を飲みますよ」

「たぶん飲むでしょうね。君と二人だけで来ましょう、一時間くらいお母さんとニーノチカの相手をしてあげれば、それで十分ですよ。みんなで一度に来たりすると、また何もかも思いださせてしまうから」

「アリョーシャ」が忠告しました。

「あそこじゃ今、家主のおばさんが食卓の支度をしてますよ。追善供養って言うんですか、神父さんも来るそうです。僕たちもすぐに戻るべきなんでしょうか、カラマーゾフさん、どうなんですか?」

「ぜひ行くべきです」

「アリョーシャ」は言いました。

「なんだか変ですよね、カラマーゾフさん、こんなに悲しいときに、突然ホットケーキか何かが出てくるなんて。わが国の宗教だとすべてが実に不自然なんだ!」

「鮭の燻製も出るんだって」

トロイの創設者を見つけた少年が、突然、大声ですっぱぬきました。

この少年は(891)で「カルタショフ」と紹介されていますが、ここでは「トロイの創設者を見つけた少年」ですね。

「僕はまじめに頼むけどね、カルタショフ、ばかみたいな話で口出ししないでくれよ、特に君と話してるんでもなけりゃ、君がこの世にいるかどうかさえ知りたくもないような場合には、なおさらのことさ」

「コーリャ」がその方を向いて苛立たしげにきめつけました。

少年は真っ赤になりましたが、何一つ口答えする勇気はありませんでした。


その間にも一同は小道を静かに歩いて行きましたが、突然「スムーロフ」が叫びました。


0 件のコメント:

コメントを投稿