2019年3月30日土曜日

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「アリョーシャ」の話のつづきです。

「・・・・いいですか、これからの人生にとって、何かすばらしい思い出、それも特に子供のころ、親の家にいるころに作られたすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つないのです。君たちは教育に関していろいろ話してもらうでしょうが、少年時代から大切に保たれた、何かそういう美しい神聖な思い出こそ、おそらく、最良の教育にほかならないのです。そういう思い出をたくさん集めて人生を作りあげるなら、その人はその後一生、救われるでしょう。そして、たった一つしかすばらしい思い出が心に残らなかったとしても、それがいつの日か僕たちの救いに役立ちうるのです。もしかすると、僕たちはわるい人間になるかもしれないし、わるい行いの前で踏みとどまることができないかもしれません。人間の涙を嘲笑うかもしれないし、ことによると、さっきコーリャが叫んだみたいに『僕はすべての人々のために苦しみたい』と言う人たちを、意地わるく嘲笑うようになるかもしれない。そんなことにはならないと思うけれど、どんなに僕たちがわるい人間になっても、やはり、こうしてイリューシャを葬ったことや、最後の日々に僕たちが彼を愛したことや、今この石のそばでこうしていっしょに仲よく話したことなどを思いだすなら、仮に僕たちがそんな人間になっていたとしても、その中でいちばん冷酷な、いちばん嘲笑的な人間でさえ、やはり、今この瞬間に自分がどんなに善良で立派だったかを、心の内で笑ったりできないはずです! そればかりではなく、もしかすると、まさにその一つの思い出が大きな悪から彼を引きとめてくれ、彼は思い直して、『そうだ、僕はあのころ、善良で、大胆で、正直だった』と言うかもしれません。内心ひそかに苦笑するとしても、それはかまわない。人間はしばしば善良な立派なものを笑うことがあるからです。それは軽薄さが原因にすぎないのです。でも、みなさん、保証してもいいけれど、その人は苦笑したとたん、すぐに心の中でこう言うはずです。『いや、苦笑なぞして、いけないことをした。なぜって、こういうものを笑ってはいけないからだ』と」

「アリョーシャ」はここでいろいろな悪い人間のタイプを不自然なくらいしつこく具体的に列挙しています、それはまるで人が大人になると悪い人間になるのが当たり前のことだと言っているようにも聞こえます、そして彼の言いたかったことは「子供のときのいい思い出が将来自分を救うだろう」だから「勇気を持っていいことをしよう」ということです、私は何かキリスト教的な感動的な言葉を最後の言葉として、またこの小説の締めくくりの言葉としてみんなに送るのだろうと期待していましたが、肩透かしをくらわされました、しかし「いいことをしよう」というのは当たり前のことだからこれでいいのかもしれませんね、つまり「いい思い出」が大人になって役立つと言っているわけですから言われている子供たちは「いい思い出」を作ろうとするでしょう、それは子供たちの現在にとっては、「いいこと」をするようにということですから。

「きっとそうなりますとも、カラマーゾフさん、あなたの言葉はよくわかります、カラマーゾフさん!」

目をきらりとさせて、「コーリャ」が叫びました。

少年たちは感動して、やはり何か言いたそうにしましたが、感激の目でじっと弁士を見つめたまま、我慢しました。

「僕がこんなことを言うのは、僕らがわるい人間になることを恐れるからです」

「アリョーシャ」はつづけました。


「でも、なぜわるい人間になる必要があるでしょう、そうじゃありませんか、みなさん? 僕たちは何よりもまず第一に、善良に、それから正直になって、さらにお互いにみんなのことを決して忘れないようにしましょう。このことを僕はあらためてくりかえしておきます。僕は君たちのだれ一人として忘れないことを約束します。今僕を見つめている一人ひとりの顔を、僕はたとえ三十年後にでも思いだすでしょう。さっきコーリャがカルタショフに、『彼がこの世にいるかどうか』を知りたいとも思わないみたいなことを言いましたね。でも、この世にカルタショフの存在していることや、彼が今、かつてトロイの創設者を見つけたときのように顔を赤らめたりせず、すばらしい善良な、快活な目で僕を見つめていることを、はたして僕が忘れたりできるでしょうか? みなさん、かわいい諸君、僕たちはみんな、イリョーシャのように寛大で大胆な人間に、コーリャのように賢くて大胆で寛大な人間に(もっとも、コーリャは大人になれば、もっと賢くなるでしょうけど)、そしてカルタショフのように羞恥心に富んだ、それでいて聡明な愛すべき人間に、なろうではありませんか。それにしても、どうして僕はこの二人のことばかり言っているのだろう! みなさん、君たちはみんな今から僕にとって大切な人です。僕は君たちみんなを心の中にしまっておきます。君たちも僕のことを心の中にしまっておいてください! ところで、これから一生の間いつも思いだし、また思いだすつもりでいる、この善良なすばらしい感情で僕たちを結びつけてくれたのは、いったいだれでしょうか、それはあの善良な少年、愛すべき少年、僕らにとって永久に大切な少年、イリューシェチカにほかならないのです! 決して彼を忘れないようにしましょう、今から永久に僕らの心に、あの子のすばらしい永遠の思い出が生きつづけるのです!」


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