「そう、リーズ、秘密の悲しみもあるんですよ」
沈んだ口調で「アリョーシャ」は言いました。
「それを察してくださったとすると、僕を愛してくださるようですね」
「どんな悲しみなの? 何のことで? 話していただける?」
おずおずと哀願するように「リーズ」が言いました。
「いずれ話しますよ、リーズ・・・・あとで」
「アリョーシャ」はどぎまぎしました。
「今お話ししても、たぶんわかっていただけないでしょうからね。それに僕自身だってうまく話せそうもありませんし」
「アリョーシャ」が「この二、三日」沈んでいる「秘密」とは何なのか気になりますが、いろいろな理由の中で最も彼の心に痛みを与えているのは、「ゾシマ長老」のことではないでしょうか、彼は他のいろいろなことで行ったり来たりして死をむかえつつある長老の側に付いていることができないでいますから。
「あたし知ってるんです、それ以外にもあなたはお兄さまたちや、お父さまのことで苦しんでらっしゃるんでしょう?」
「ええ、兄たちのこともね」
瞑想に沈むかのように、「アリョーシャ」はつぶやきました。
「あたし、あなたのお兄さまのイワン・フョードロウィチはきらいよ、アリョーシャ」
だしぬけに「リーズ」が言いました。
「アリョーシャ」はこの言葉をある種のおどろきをこめて心にとめましたが、取りあげはしませんでした。
「兄たちは自分を滅ぼしにかかっているんです」
彼はつづけました。
「父もそうですしね。そして道連れにほかの人たちまで滅ぼしてしまうんですよ。ここには、いつぞやパイーシイ神父の言われた《地上的なカラマーゾフの力》が働いているんです。地上的な、狂暴な、荒削りの力が・・・・この力の上にも神の御心が働いているのか、それさえ僕にはわからない。わかっているのは、そういう僕自身もカラマーゾフだってことだけです・・・・僕は修道僧です、修道僧ですよね? 僕は修道僧でしょう。リーズ? あたなはたった今、僕のことをお坊さんて言いましたっけね?」
「パイーシイ神父」は《地上的なカラマーゾフの力》と、いつ「アリョーシャ」に言ったのでしょうか、これは聖職者としては問題のある発言かと思いますが。
「ええ、言ったわ」
「でも僕は、ひょっとすると、神を信じていないかもしれませんよ」
「修道僧」と正式の「僧」との違いはわかりませんが、この告白は問題発言ですね。
今までの「アリョーシャ」のイメージすべてがひっくり返ってしまいそうです。
本来なら、この場で言ってはならない言葉です。
彼が先ほど言った「秘密の悲しみ」というのは、このことに関係があるのでしょうか。
「あなたが信じていないなんて、どうかなさったの?」
「リーズ」は小さな声で慎重につぶやきました。
だが、「アリョーシャ」はそれには答えませんでした。
このあまりに唐突な言葉の中には、あまりにも神秘的で、あまりにも主観的な、そしておそらく彼自身にも明らかではないが、すでに疑いもなく彼を苦しめている何かがありました。
「それに今、それらすべてを別にしても、僕の真の友がこの世を去ろうとしているんです。世界で第一の人がこの大地を棄て去ろうとしているんですよ。ああ、リーズ、僕がどれほど精神的に固くその人と結ばれているか、わかっていただけたらな! 僕はたった一人残されてしまうんです・・・・そしたらあなたのところへ来ますよ、リーズ・・・・これからはずっといっしょにいましょう・・・・」
なんだか、翻訳のせいかもしれませんが、「ゾシマ長老」を「友」と言うのはおかしいですね、それに、長老がなくなったら彼女のところへ来るというのも、本人はそう思ってないにしろ調子がいいように聞こえます。
「ええ、いっしょにいましょうね、いっしょに! これからは一生の間いつもいっしょよ。ねえ、あたしにキスしてちょうだい、してもよくってよ」
「アリョーシャ」は彼女にキスしました。
「さ、それじゃ、もういらっしゃいな。気をつけてね! (そして彼女は彼に十字を切った)。あの方が生命のあるうちに、早く行っておあげになるといいわ。どうやら、あたし冷酷にあなたを引きとめてしまったようね。今日はあの方とあなたのために祈ってます。アリョーシャ、あたしたち幸せになりましょうね! 幸せになれるでしょう、なれるわね?」
「きっとなれるでしょう、リーズ」
「リーズ」の部屋を出たあと、「アリョーシャ」は「ホフラコワ夫人」のところに寄るのはうまくないと判断したので、別れの挨拶をせずに、家を出ようと玄関に向いかけました。

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