2017年8月7日月曜日

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しかし、ドアを開けて階段の上に出たとたん、どこからともなくふいに当の「ホフラコワ夫人」が目の前に立ち現れました。

最初の一言で「アリョーシャ」は、夫人がわざわざここで自分を待ち受けていたのだと察しとりました。

「アレクセイ・フョードロウィチ、ひどいじゃありませんか。あんなのは子供のたわごとです、何もかもでたらめですわ。あなたはまさか本気で空想したりなさらないと思いますけれど・・・・ばかばかしい、本当に愚劣でばかばかしい話ですわ!」

夫人は彼に食ってかかりました。

「ただお嬢さんにそんなことはおっしゃらないでください」

「アリョーシャ」は言いました。

「でないと興奮するでしょうし、今はお身体に毒ですから」

「分別ある青年の分別あるお言葉としてうかがっておきますわ。そうしますと、あなたご自身は、あの子の病気に対する同情から、反対などして怒らせたくないために、同意なさったにすぎないと、そう理解していてよろしいんですのね?」

「いえ、違います、まるきり違いますよ、僕はお嬢さんとまったく真剣に話し合ったのですから」

「アリョーシャ」は毅然として言い放ちました。

「この場合、真剣なんてことはありません、考えられませんわ。第一、あたくし、今後はあなたを絶対に家へお通ししませんし、第二に、あの子を連れてこの町を離れますから、よくご承知おきねがいますわ」

「リーズ」は「アリョーシャ」にドアの向こうで「ホフラコワ夫人」が立ち聞きしていないか確かめてくれと二度も言いましたね、実際確かめたのは一度ですが。

最初は「アリョーシャ」も言うことを聞き、「ドアを細目に開け」て、いないことを確認していますが、この「細目に開け」というところが肝心なところでしょう、その裏にたぶん「ホフラコワ夫人」がいたのでしょうから。

しかし、たいへんなことになりましたね。

もう会うなと言っているのです。

「でも、なぜです」

「アリョーシャ」は言いました。

「だってまだそんな近い話じゃないんですよ。ことによると、この先一年半くらい待たなけりゃならないんですし」

「ああ、アレクセイ・フョードロウィチ、もちろんそのとおりですわ、そしてその一年半の間にあなたたちは千回も喧嘩をして、仲たがいをするにきまっています。それにしても、あたくしはなんて不幸せなんでしょう、なんて不幸なのかしら! すべて取るに足らぬことにせよ、度肝をぬかれましたわ。今のあたくしは最後の幕のファームソフと同じですわ、あなたがチャーツキイ、あの子がソフィヤというところね(訳注 いずれもグリボエードフの戯曲『知恵の悲しみ』の人物)。考えてもごらんなさいませな、あたくし、あなたにお目にかかるためにわざわざ階段の上に走りでてきたのですけれど、あのお芝居でも宿命的な出来事はすべて階段の上で起るじゃございませんか。あたくし何もかも聞きました、立っているのがやっとでしたわ。ゆうべの恐ろしい騒ぎも、さっきのヒステリーも、すべて解明する鍵はここにあったんですのね! 娘の恋は母の死、ですもの。さっさと棺桶に入れ、と言うわけですわね。ところで今度はもう一つ、いちばん大事な点ですけれど、あの子があなたに書いた手紙って、何ですの。今すぐあたくしに見せてください、今すぐに!」

ここで出てくる戯曲『知恵の悲しみ』は、「ロシアの劇作家グリボエードフの四幕喜劇。1824年作。舞台は1820年代のモスクワ。3年ぶりに外国の旅から帰ったチャツキーが旧知のファームソフ家でみたものは尊大と追従(ついしょう)、因習と愚昧(ぐまい)の世界であった。彼は舞踏会でこの汚辱に満ちた上流階級を面罵(めんば)するが、かえって狂人扱いされる。封建的農奴制ロシアに対する痛烈な風刺喜劇として、多くの台詞(せりふ)が慣用句となり登場人物の名が普通名詞となったほどである。戯曲は厳しい検閲にあい、作者の生前には上演を許されず、本文は写本として流布、1858年国外で、62年ロシア本国で初めて出版された。[野崎韶夫]米川正夫訳『知恵の悲しみ』(『ロシア文学全集35』所収・1959・修道社)』」とのことで、読んでみたいです。

また、私は知りませんでしたが、台詞の中で「娘の恋は母の死」という言葉が出てきますが、これは「ドストエフスキーの名言・格言」ということで、ネットでは多数紹介されています。

「いえ、いけません。それより、カテリーナ・イワーノヴナのお加減はどうなんですか、僕はぜひ知りたいんです」

「いまだにうわごとを言いつづけていますわ、意識が回復しないんです。叔母さまたちはここに見えてますけれど、ただ嘆息したり、あたくしに威張りちらしたりするだけですし、ヘルツェンシトゥーベ先生はお見えにはなったものの、すっかり腰をぬかしてしまって、あたくしのほうがその先生をどうすればよいのか、どうやってお助けすればいいのかわからない始末なので、よほど別のお医者さまをよびによろうかと思ったほどですの。うちの馬車でお引き取りねがいましたわ。そんなこんなの仕上げに突然あなたの手紙の一件ですもの。たしかに、まだ一年半も先の話ですけれど。すべての偉大な聖なるものの御名にかけて、今まさに世を去ろうとなさっておられるあなたの長老さまの御名にかけて、その手紙を見せてくださいませな、アレクセイ・フョードロウィチ、母親であるあたくしに! なんでしたら、指でつまんでいてくだっても結構ですわ、あなたに持っていただいたまま読みますから」

「ヘルツェンシトゥーベ先生」にはいつも笑ってしまいますね。

この町に、彼以外にも医者がいるということをはじめて知りました。

「いいえ、お見せしません、奥さま、たとえお嬢さんがよいとおっしゃっても、僕はお見せしません。明日また伺いますから、よろしければ、いろいろなことを話し合いましょう、今はこれで失礼します!」

こう言って「アリョーシャ」は階段から通りに走りでました。

そうです、これ以上「ホフラコワ夫人」と話してもらちがあきませんので立ち去るというのはいい判断ですね。

しかし、「アリョーシャ」は「カテリーナ」にも会っていません。

彼女はまだ快復せずに、うわ言を言って意識が回復していないのですが、彼は顔を出すことさえもしていませんね。


そして、肝心の例の二百ルーブルを受け取ってもらえなかったことも伝えることができませんでした、「リーズ」にだけは少し話したのですが。


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