「しかし、癇癪というのは、これこれの時間に起るなんてあらかじめ予測できないと言うじゃないか。明日起りそうだなんて、どうして言えるんだ?」
一種特別な苛立たしい好奇心を示して、「イワン」はだずねました。
「予測できないというのは確かです」
「おまけに、そのときは屋根裏から落ちたんだろうに」
「屋根裏へは毎日のぼりますからね、明日だって屋根裏から落ちるかもしれませんですよ。屋根裏からでないとすれば、穴蔵へ落ちるでしょうね。穴蔵へも毎日行きますから。自分の用事で」
「イワン」はまじまじと相手を見つめました。
「嘘をつけ、わかってるぞ。それにお前に言うことはどこか辻褄が合わんよ」
低いが脅しのきく声で彼は言いました。
「明日から三日間、癲癇の仮病を使うつもりだな? え?」
たしかに、「イワン」の言うように癲癇の予測の理由としてはいいかげんです、ここで癲癇の予測の話が出てきたのは、「スメルジャコフ」の行動の何かの伏線かもしれないということを暗示させるものです。
地面を見つめて、また右足の爪先をひょこつかせていた「スメルジャコフ」は、右足を元に戻し、代りに左足を前に出して、顔を起すと、せせら笑って言いました。
「かりにわたしがそんな芸当までしかねないとしても、つまり、経験のある人間にとっちゃいたって簡単なことですから、仮病を使うかもしれないとしても、その場合だって、わたしの生命を死から救うためにそんな手段を用いるのは、しごく当然の権利でございますからね。なにしろわたしが病気で寝ているとあっちゃ、たとえアグラフェーナさまがお父上のところへいらしたにせよ、お兄さまだって『なぜ知らせなかった』と病人を糾明するわけにもまいりますまい。ご自分が恥をおかきになるだけですから」
「えい、畜生」
ふいに「イワン」は憤りに顔をゆがめてどなりつけました。
「なんだってお前はのべつ自分の生命ばかり、びくびく恐れてやがるんだ! 兄貴のそんな脅し文句は、かっとなったあまり出た言葉にすぎんよ、それだけのことさ。兄貴はお前を殺したりせんよ。殺すとしてもお前なんぞじゃない!」
「蝿でもつぶすようにあっさり殺しますとも。それも真っ先にこのわたしをですよ。ところが、それ以上に心配なことがもう一つあるんです。お父上に何か大それたことをなさった場合、わたしまでお兄さまのぐると見なされやしないかと、それが心配でして」
ふたりとも、「ドミートリイ」が父親を殺すことを暗に前提として話していますね、話の大筋として大きな力でそういう方向にどんどん押し進んでいます。
「イワン」は「スメルジャコフ」を徹底的に嫌っているようですが、「スメルジャコフ」は「イワン」のことを表向きは尊敬して彼だけが自分の味方だと思っているようですが、本当のところはどう思っているのでしょうか。
「なぜお前がぐると見なされるんだ?」
「ぐると見なされる理由は、極秘になっている例の合図をわたしがあの方に教えてしまったからでして」
「何の合図を? だれに教えたんだ? いまいましいやつだな、もっとはっきり言え!」

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