「イワン」の顔の中で何かがゆがみ、ふるえたかのようでした。
彼はふいに真っ赤になりました。
「だったらお前はなぜ」
突然「スメルジャコフ」をさえぎって彼は言いました。
「そんなことを言ったあとで、俺にチェルマーシニャ行きをすすめたりするんだ? それでいったい何を言いたかったんだ? 俺が行ってしまったあと、ここでそんなたいへんなことが起るんじゃかいか」
「イワン」はやっとのことで息を継ぎました。
「まさにそのとおりでございます」
「スメルジャコフ」は静かに分別くさく言いましたが、それでいて食い入るように「イワン」を見守っていました。
どうも「スメルジャコフ」の方が「イワン」より上手のようですね。
「まさにそのとおりとは、どういうことだ?」
「イワン」は必死に自分を抑え、恐ろしく目を光らせながら、きき返しました。
「あなたをお気の毒と思えばこそ、申しあげたんでございますよ。わたしが若旦那さまの立場に置かれたら、即座に何もかも放りだしてしまいますがね・・・・こんな事件の巻添えをくよりは・・・・」
ぎらぎら光る「イワン」の目をいたって率直な態度で見つめながら、「スメルジャコフ」が答えました。
自分が「イワン」の立場なら「即座に何もかも放りだして」逃げ出すとは、「スメルジャコフ」の卑怯さが出ていますね。
普通なら、これから起こることを食い止めるためにここに居残ると思うのですが、これは「スメルジャコフ」が自分と同じ「イワン」の卑劣さを見抜いているから言った皮肉でしょうか。
二人ともちょっと沈黙しました。
「貴様はどうやらたいへんなばか者らしいな、それにもちろん・・・・恐るべき卑劣漢だ!」
「イワン」はだしぬけにベンチから立ちあがりました。
それからすぐに木戸をくぐろうとしかけましたが、ふと立ちどまり、「スメルジャコフ」の方に向き直りました。
何やら異様なことが起こりました。
「イワン」が痙攣でも起したように突然、唇を嚙み、拳を固めたのです。
あと一瞬したら、もちろん、「スメルジャコフ」にとびかかったにちがいありません。
少なくとも相手はその瞬間それに気づいて、びくりと身をふるわせ、全身をうしろに引きました。
だが、「スメルジャコフ」にとってその一瞬は無事に過ぎ、「イワン」は無言のまま、しかし何かためらいがちに木戸の方に向き直りました。
ここでも、暴力をふるおうとした「イワン」は完全に負けていますね。
「知りたけりゃ教えてやるが、俺は明日モスクワへ発つよ。明日の朝早くな。言うことはそれだけだ!」
ふいに憎しみをこめて、一語一語はっきりと大声で「イワン」は言いましたが、どうしてこのとき「スメルジャコフ」にこんなことを言う必要があったのか、後日われながらふしぎに思ったものでした。
「それがいちばんよろしゅうございますよ」
まるでその一言を待っていたとばかり、相手は相槌を打ちました。
「ただ、何かあった場合、ここから電報を打って若旦那さまにモスクワからご足労ねがうかもしれませんが」
何かもう「スメルジャコフ」はこれから先のことをわかっているようです。
「イワン」はまた立ちどまり、ふたたびすばやく「スメルジャコフ」の方に向き直りました。
だが、相手にも何かが起ったかのようでした。
狎れなれしさやぞんざいさはすべて、一瞬のうちに消しとび、顔全体が極度の注意と期待をあらわしていましたが、それはもはや小心な、卑屈なものでした。
『ほかに何かおっしゃることはありませんか、付け加えることは?』
食い入るように「イワン」に釘付けにされたその眼差しに、こう読みとれました。
この「イワン」と「スメルジャコフ」の会話は木戸のところの立ち話ですが、内容は恐ろしことを話しており、二人の様子も尋常じゃなく、鳥肌立つようなシーンです。

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