2017年11月11日土曜日

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この家庭の思い出に加えてわたしは、親の家にいたころ、まだ子供ではあったが、ひどく知識欲をそそられた聖書物語の思い出もあげておきたい。

当時わたしは、美しい挿絵のたくさん入った『旧・新約聖書の百四の物語』(訳注 ドストエフスキーはこの本で読み方を学んだ)という表題の本を持っており、読み方の勉強をしたのもこの本によってだった。

その本は今もここの書棚にあるし、大切な思い出として大事にしまっている。

だが、読み方をすっかりおぼえる前にも、まだ八歳のころ、はじめてある種の精神的洞察が訪れたのを、おぼえている。

神聖週間の月曜日に、母がわたし一人を(そのとき、兄がどこにいたのか、おぼえていないが)教会の昼の礼拝に連れて行ってくれた。

明るく澄んだ日で、今こうして思いだしていても、香炉からかぐわしい煙が立ちのぼって、静かに上に舞いあがってゆき、上からは円天井の小さな窓を通して、教会の中にいるわれわれに神の光がさんさんと降りそそぎ、香の煙がその方へのぼってゆきながら、光の中に融けこむかのようであったのが、改めて目のあたりに見える心地がする。

わたしは感動して見つめ、生れてはじめてそのとき、神の言葉の最初の種子を、自覚して心に受け入れたのだった。

やがて一人の少年が分厚い、運ぶのもやっとのように当時のわたしには思われたほど大きな本を捧げて、会堂の中央にあらわれ、経卓の上にのせると、本を開いて読みはじめた。

そのとき突然わたしははじめて何かを理解し、神の会堂で何を読んでいるかを生れてはじめてさとったのである。

これから、この少年が「ヨブ記」を読みはじめますが、その前に一旦切ります。

ネットで『旧・新約聖書の百四の物語』を探していて、次のような文章を見つけました。


「ヨブ記との出会いは、ドストエフスキーの宗教的感性や意識を全生涯にわたって揺り動かしたもののようである。伝記上よく知られていることだが、彼が幼少期に読み方を習った最初の読本は『旧・新約聖書の百四つの物語』であった。この子供向けの聖書読本について、弟のアンドレイは次のように回想している。「私たち兄弟は、一冊の本を使って最初の読み方を教わった。それはロシア語訳の旧新約聖書(ギブネルのドイツ語本からの訳と思われる)で、『旧新約聖書の百四つの物語』という書名だった。その本には、天地創造、エデンの園でのアダムとイヴ、洪水その他の聖書の主要な出来事を描いたかなり粗末な版画がついていた。ずっと後になって、というのは70年代のことであったが、フョードル兄と子供時代について話ししていた時に、私がこの本のことにふれた。すると兄は感きわまったような口調で、あれと同じ本(つまり子供時代の)を一冊探し当てたよ、いま宝物のように大事にしまっていると語った」)『カラマーゾフの兄弟』の中でゾシマ長老が、自分の子供時代の思い出として、「当時、私のもとには『旧・新約聖書の百四つの物語』という美しい絵入りの本があった。その本で私は読み方を習った」のべている。『カラマーゾフの兄弟』に付されたアンナ夫人の注でも、「この本でフョードル・ミハイロヴィチは読み方を習った」と記されている。この子供向け聖書物語の中でも、ドストエフスキーにはヨブ記が最も印象に残り、生涯を通じて心を揺さぶられるものであったらしい。作家晩年(54歳)の1875年6月22日(露暦10日)、療養先のドイツの温泉地バッド・エムスからのアンナ夫人宛の手紙では「ヨブ記を読んでいる。この書には病的なほどの感奮に誘われる。読むのを途中でやめて、泣きたい思いで、室内を一時間ほども歩き回る。翻訳者の実にくだらない注釈さえなければ、幸せなのだが。アーニャ、この本は不思議なことに、私が生涯において感動を受けた最初の書物の一つで、それを体験したのは、私がまだ幼い頃だったのだよ」とのべている。またアンナ夫人は「子供時代のこの思い出をフョードル・ミハイロヴィチから、私は何度か聞きました」と証言している。」


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