このほかまだいろいろなことがあったが、それはもはや思いだせないし、ここに書くこともできない。
だが、ある日、兄の部屋にだれもいないとき、わたしが一人で入っていったことをおぼえている。
晴れた夕方の時刻で、太陽が沈みかけ部屋全体を斜光で照らしていた。
わたしを見ると、兄は手招きした。
そばに行くと、兄はわたしの肩を両手でおさえ、感動と愛情をこめてわたしの顔を見つめた。
何も言わずに、そのまま一分ほど見つめているだけだったが、やがて「さ、もう行ってもいい、遊んでおいで。僕の代りに生きておくれ!」と言った。
そこでわたしは部屋を出て、遊びに行った。
だが、そのあと一生の間に、わたしは幾度となく、兄が自分の代りに生きてくれと言いつけたのを、もはや涙とともに思い起したものだった。
このほかにも、当時こそわれわれに理解できなかったものの、こうしたすばらしい美しい言葉を数多く兄は語ってくれた。
復活祭のあと三週間目に、兄はしっかりした意識のまま、息を引き取った。
もはや口こそきけなかったけれど、最後の瞬間まで少しも変らず、嬉しそうな顔をして、目には快活な色をたたえ、眼差しでわたしたちを探しては、微笑を送ってよこし、わたしたちを呼んでいた。
兄の死は町じゅうでしきりに語られたほどだった。
これらすべてのことがわたしを感動させはしたが、当時はさほどでもなかった。
もっとも、そんなわたしでも、兄の葬儀のときはひどく泣いたものである。
わたしはまだ若く、子供だったけれど、これらすべてが心にぬぐいきれぬ跡をとどめ、一つの感情が胸奥に秘められるようになった。
それらはいずれ、いっせいに立ちあがり、よびかけに応ずるにちがいなかった。
事実そのとおりのことが起ったのである。
お兄さんが亡くなる前に「ジノーヴィイ」を感動させて、今後の生き方に影響を与えるような言葉を言ったのだと思っていましたが、そうではないようですね。
「ジノーヴィイ」が兄とふたりきりになったとき、一分間何も言わずに見つめ合った時に、言葉ではない何かが伝わったのですね。

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