しかし、神は自分のしもべたちを救いたもうであろう。
なぜなら、ロシアはその謙譲さによって偉大であるからだ。
わたしはわが国の未来を見ることを常に夢見ているし、すでにはっきりと見えるような気がする。
やがて、もっとも堕落しきった富者さえ、最後には貧者に対しておのれの富を恥じるようになるだろうし、貧者はその謙虚さを認めて、理解し、喜んで譲歩してやり、富者の美しい羞恥にやさしさで答えるようになるだろう。
信ずるがよい、最後にはきっとこうなる、現にそうなりつつあるではないか。
人間の精神的な徳の内にのみ平等は存するのであり、それを理解できるのはわが国だけである。
兄弟ができれば、兄弟愛も生れるが、兄弟愛より先に公平な分配の行われることは決してない。
ここの部分がどういうことなのかわかりません。
「公平な分配」はあとからやってくるということでしょうか。
キリストの御姿を大切に守ってゆこうではないか、そうしてこそそれは高価なダイヤモンドのように全世界に輝きわたるのである・・・・アーメン、アーメン!
神父諸師よ、あるときわたしの生活に感動的な出来事が起った。
巡礼の旅をしているとき、ある日、県庁所在地のK市でかつての従卒のアファナーシイに出会ったのである。
彼と別れてから、すでに八年たっていた。
市場で偶然わたしを見かけ、わたしだと知ると、駆けよってきたが、それこそたいへんな喜びようで、「旦那さま、旦那さまじゃございませんか? こんなところでお目にかかれるなんて?」と、いきなりとびついてきた。
彼は自分の家にわたしを案内した。
もう退役して結婚し、幼い二人の子供をもうけていた。
女房と市場に露店を出して細々と商いをしているのだ。
粗末でこそあるが、こざっぱりした、明るい部屋だった。
わたしに椅子をすすめ、サモワールを支度し、女房をよびにやるなど、まるでわたしが来たのでお祭りでもはじまったかのようだった。
子供たちをわたしのところに連れてきて、「旦那さま、祝福してやってくださいまし」と言うので、わたしは答えた。
「わたしは祝福なぞできないのだよ、ただのつつましい修道僧にすぎないのだからね。でも子供さんたちのことは神さまにお祈りしてあげよう。アファナーシイ・パーヴロウィチ、お前のことはあの日からずっと、毎日神さまにお祈りしているんだよ。なぜって、そもそものきっかけはお前なのだもの」
そしてわたしはできるだけわかりやすく、事情を説明した。
ところが、どうだろう、相手はまじまじとわたしを見つめたまま、どうにもぴんとこないらしく、ついには泣きだすほどだった。
「何を泣いているんだね」
わたしは言った。
「お前はわたしにとって忘れられぬ人だ。それよりわたしのために心から喜んでおくれ。わたしの道は喜ばしい明るいものなのだから」
彼は多くを語らず、のべつ嘆声を洩らしては、感動したようにわたしにうなずいてみせるのだった。
「財産はどうなさいました」ときかれたので、わたしは答えた。
「修道院に寄付したよ、わたしたちは共同生活をしているからね」
お茶のあとで別れを告げにかかると、ふいに彼は修道院への寄付として五十カペイカ銀貨を一枚取りだし、見ているとさらに一枚をわたしの手に握らせて、そそくさと言った。
五十カペイカは大体五百円ですから、まあそんなものではないでしょうか。
「これは巡礼の旅をなさっておられるあなたさまにです。何かのお役に立つかもしれませんから」
わたしは銀貨を受けとり、彼と妻におじぎをすると、喜びに包まれながら辞去し、道々考えた。
「きっと今、家にいるあの男も、旅をしているわたしも、ともに神さまのお引き合せでめぐりあえたことを思い起し、うなずきながら、感嘆の声をあげ、晴ればれした心持で嬉しそうに笑っていることだろう」
そして、それ以来、一度も彼には会っていない。
わたしは彼の主人であり、彼は従卒であったが、愛情をこめ、心を感動させて接吻を交わした今、わたしたちの間に偉大な人間的結合か生れたのである。
わたしはこのことをいろいろ考えてみたが、今ではこう思っている。
やがて時がくれば、この偉大で素朴な結合がわれわれロシア人に間で随所に生れるにちがいない、はたしてそれが人間の知恵にとってそんなに考え及ばぬことだろうか?
それはきっと生れるだろうし、その時期も間近であると、わたしは信じている。
ここで切ります。

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