事実そのとおりになった。
その晩のわたしは、翌日がちょうど彼の誕生日にあたっていることを知らなかった。
最近どこへも出かけないため、だれからも教えてもらえなかったのである。
例年その日は彼の家で大々的なパーティが催され、町じゅうの人が集まることになっていた。
今年もみなが集まった。
さて、食事が終ったあと、彼は中央にすすみでた。
その手に一枚の紙が握られている–当局へあてた正式の自白書だった。
たまたま当局の者がその席に居合せたので、彼はその場で集まった人々すべてに自白書を朗読したのだが、それには犯行の全貌が微細な点にいたるまであますところなく記されていた。
『人でなしの自分を、ここに人間社会から放逐する。神がわたしを訪れたもうたのだ』
書類はこう結んであった。
『わたしは苦しみを欲する!』
そして彼は自分の犯行を証明しうると信じて十四年間しまっておいた品を取りだし、テーブルの上にならべた。
嫌疑をそらすつもりで盗んだ被害者の金製品や、頸からはずしとったロケットと十字架(ロケットは彼女の婚約者の写真が入っていた)、手帳、そして最後に二通の手紙だった。
手紙は、間近い帰還を知らせてよこした婚約者からのと、書きかけのまま翌日郵便で出すつもりでテーブルの上に置いておいた彼女の返事とであった。
二通とも彼は持ってきてしまったのだが、何のためにだったのだろう?
証拠品として破り棄ててしまう代りに、何のつもりで十四年間も大事にしまっていたのだろうか?
とにかくたいへんな騒ぎが持ち上がった。
ついに彼は実行したのですね。
いずれそうしようと思っていたからこそ、証拠品を取って置いたのでしょう。
もし、忘れるつもりならさっさと棄てていたでしょう。
すぐに自首すれば、妻子を不幸にすることもなかったと思いますが、中途半端な覚悟で犯行を行ったのですね。
それに、その婚約者はどうなったのでしょうか。
だれもがおどろき、恐怖にかられたが、だれ一人信じようとする者はなく、みなが極度の好奇心を示して話をききはしたものの、まるで病人のうわごとでもきくような具合で、それから数日たつと、もうどこの家でも、気の毒にあの人は気がふれたのだと、すっかり決めてかかっていた。
当局や裁判所としても、事件を取り上げぬわけにはいかなかったが、彼らも二の足を踏んだ。
提出された品物や手紙が彼らに考えこませはしたものの、たとえ証拠が確実なものとわかったにせよ、やはりこの証拠だけにもとづいて最終的に有罪を宣告するわけにはいかない、という結論になった。
それに、これらの品物はすべて、知人である彼が委任されて、被害者自身から預かったのかもしれなかった。
もっとも、あとでわたしがきいた話では、これらの品物の事実性はのちに被害者の知人や身内たち大勢を通じて確認され、その点では疑いはなかったということである。
だが、この事件はまたしても完結する定めにはなっていなかった。
五、六日すると、苦悩者が病気にかかり、生命も危ぶまれていることが、みなにわかった。
どんな病気にかかったのか、わたしには説明できないが、人の話では心臓の機能障害だということだった。
しかしやがて、妻の懇望によって数人の医師の立会い診察が行われ、精神状態をしらべた結果、すでに精神錯乱が認められるという結論に達したことが明らかになった。
人々がわたしのところに殺到して根掘り葉堀りだずねたけれど、わたしは何一つ明かさなかった。
ここで切ります。

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