2018年1月14日日曜日

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三 一本の葱

「一本の葱」とは何でしょう。

「グルーシェニカ」は、ソボールナヤ広場に近い、町のいちばん目抜きの場所にある、商人の未亡人「モロゾワ」の屋敷のうちの、小さな木造の離れを借りて暮していました。

「ソボールナヤ広場」はモスクワのクレムリンにあるようですが、ここでは「寺院広場」という方がわかりやすですね。

「モロゾワ」の屋敷は石造の大きな二階建てでしたが、古ぼけて、見た目にはおよそぱっとしませんでした。

屋敷にはもう老齢の当の女主人が、これもきわめて年寄りのオールドミスである二人の姪と、ひっそり生活していました。

離れを人に貸す必要なべつになかったのですが、周知のように、「グルーシェニカ」を借家人として入れたのは(もう四年ほど前のことだ)、もっぱら自分の親戚であり、彼女の公然のパトロンである商人「サムソーノフ」の気に入られたい一心からでした。

噂によると、この嫉妬深い老人は《愛妾》を「モロゾワ」のところに囲うにあたって、何よりもまず、老女の鋭い眼力を当てにし、新しい借家人の素行を監視させるつもりだったといいます。

だが、ごく間もなく、鋭い眼力なぞ必要ないことがわかり、結局、「モロゾワ」はめったに「グルーシェニカ」と顔を合わせることもなく、しまいには監視で煙たがらせることも全然なくなりました。

たしかに、老人が県庁のある町から、十八歳の内気ではにかみ屋の、ほっそりときゃしゃな、もの思わしげに愁いを秘めた少女を、この屋敷に連れてきてから、すでに四年の歳月がたち、さまざまなことがありました。

しかし、この少女の来歴に関して、この町ではほんのわずかの、あやふやな知識しか持ち合わさず、最近になって、それもきわめて多くの人たちが、四年の間に《絶世の美女》になり変った「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ(訳注 ちゃんとしたレディ扱いした感じ)に関心を示すようになってからでさえ、それ以上のことはわかりませんでした。

ただ噂によると、十七のときに彼女は、なんでも将校か何からしいが男に欺され、そのあとすぐ棄てられたといいます。

その将校は町を離れて、その後どこかで結婚し、「グルーシェニカ」は恥辱と貧困の中にとり残されたのでした。

もっとも、「グルーシェニカ」が今の老人によって貧困から救いあげられたのは事実だとしても、元来が堅気の聖職者の家庭の出で、非常勤の助祭か何かの娘だという説もありました。

ところが四年の間に、この感受性の強い、傷ついた哀れなみなし児が、血色のいい、むっちりしたロシア美人に生れ変ったのです。

大胆な決断的な性格の女性になり、傲慢で人を人とも思わず、利殖の才にたけ、けちで慎重で手段を選ばぬ、儲け上手であって、世間の評判では、いち早くもう自分の財産を作りあげたといいます。

たたみかけるような人物描写で彼女が実在するかのように明確に浮かび上がってきます。


まだこの後も「グルーシェニカ」のことが説明されています。


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