2018年2月15日木曜日

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「ミーチャ」はびくりとして、腰をうかしかけましたが、また坐り直しました。

それからすぐ、神経質な早口の大声で、身ぶりをまじえながら、すっかり夢中になって話しだしました。

この男がのっぴきならぬところまで追いつめられて、破滅し、最後の逃げ道を探しまわり、もしそれに失敗したら、すぐにでも水にとびこみかねぬことは、明らかでした。

「サムソーノフ老人」は、顔こそ偶像のように冷たく無表情のままであったとはいえ、どうやら一瞬のうちにそれらすべてを読みとったようでした。

彼も感覚の敏感ないわゆる人の心を「読み取る」側の人間なのですね。

今まで気がついた中ではこの「読み取る」側の人間は、「フョードル」「ドミートリイ」「アリョーシャ」「グルーシェニカ」がいます、もっといるかもしれませんし何を「読み取る」のかはそれぞれ違いますが。

「サムソーノフさん、母の死後わたしの遺産を着服した父フョードル・カラマーゾフとわたしとのいざこざの話は、おそらくあなたももう、一度ならずお耳になさったことと思います・・・・なぜって、町じゅうがもうこのことを騒ぎたてていますからね・・・・それというのも、ここの連中はみな、必要もないことを騒ぎたてるもんだから・・・・それだけじゃなく、この話はグルーシェニカからも・・・・いや、失礼、アグラフェーナ・アレクサンドロヴナです・・・・わたしの深く尊敬するアグラフェーナ・アレクサンドロヴナの口からもお耳に達したはずですし・・・・」

「ミーチャ」はこんな調子で切りだし、たちまち絶句しました。

しかし、彼の話を言葉どおりにそっくり引用するのはやめて、要点だけを記すことにしましょう。

話というのはつまり、彼「ミーチャ」がつい三カ月ほど前に県庁所在地の町に行って、弁護士にわざと相談したことにありました(わざわざと言わずに、まさしく彼は《わざと》と口走ったのである)。

「あの有名な弁護士パーヴェル・パーヴロウィチ・コルネプロードフにです。たぶんあなたも名前をおききになったことがあるでしょう、サムソーノフさん? 博識で、まさに国家的とも言える頭脳の持主です・・・・先方もあなたのことを知っていて・・・・とてもほめておられました・・・・」

「ミーチャ」はふたたび言葉につまりました。

なぜ彼はこんなに言葉につまるのでしょう、相手が相手だから緊張しているということだけではなく、それはたぶん自分の目的を達するためとはいえ、「わざわざ」というところを「わざと」と言ったりして普段は気にしないところまで気を使いながら意に添わぬ話し方で会話しているからでしょう。

しかし、再度にわたる絶句も彼の話を止めることなく、彼はすぐにそれらをとびこえて、ますます先へと突き進みました。

ほかならぬそのコルネプロードフは、ことこまかく質問し、「ミーチャ」の提示しえた書類を検討したあと(この書類についてはミーチャは曖昧な表現をし、この個所はとりわけ急いでとばした)、チェルマーシニャ村は母の遺産として当然「ミーチャ」の所有すべきものであるから、これに関しては実際に訴訟を起して、恥知らずな老人の鼻をあかすこともできるはずだ、と述べたと言います・・・・「なぜならば、すべての戸口が閉ざされているわけではなく、法律は抜け道をちゃんと知っているからですよ」

一口に言えば、「フョードル」からさらに六千ルーブル、いや、七千ルーブルの足し前を期待してもよさそうだ、それというも、とにかくチェルマーシニャは少なくとも二万五千ルーブル、いや確実に二万八千ルーブル、「いや三万です、三万ルーブルの値打ちはあるんですからね、サムソーノフさん、ところがどうです、わたしはあの冷酷な男から一万七千ルーブルも引きだしてないんですよ!」

しかし、彼は法律が不得手なものだから、当時この件をうっちゃっておいたけれどこの町へ来てみたら、逆にこっちが訴訟を起されて面くらってしまいました(ここでミーチャはまた口ごもり、ふたたび急に飛躍した)。

彼は「また口ごもり」と書かれていますが、ここでも「彼は法律が不得手なものだから、当時この件をうっちゃっておいたけれどこの町へ来てみたら、逆にこっちが訴訟を起されて面くらってしまいました」というのが本当の自分の思いではなく、嘘を喋っていることに気が引けた様子が出ています。


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