「あのね、いいですか!」
「カルガーノフ」がすっかり熱中して言いました。
「かりに嘘をつくにしても、そりゃこの人はしょっちゅう嘘ばかりついてますけれど、でもこの人の嘘は、もっぱらみんなを楽しませるためなんです。これは卑劣なことじゃないでしょう、卑劣じゃありませんよね? 実は、僕はときおりこの人が好きになるんですよ。この人はとても卑劣ではあるけれど、その卑劣さがごく自然でしょう、え? どう思います? ほかの人なら、何か理由があって、利益を得るために卑劣な行為をするものですが、この人はただなんとなく、天性からそうするんですものね・・・・考えてもごらんなさいよ、たとえばね、この人は(昨日も道中ずっと議論してきたんですが)、ゴーゴリが『死せる魂』の中で自分のことを書いているなんて、言い張るんですからね。おぼえてらっしゃるでしょう、あの中にマクシーモフという地主が出てきますね。ノズドリョフがたたきのめして、『酔いにまかせて地主マクシーモフに靴で個人的侮辱を加えたかどで』裁判にかけられるでしょうが。おぼえてらっしゃるでしょう? どころが、どうです、この人ときたら、あれは俺のことだ、殴られたはこの俺だ、なんて言い張るんですよ! そんなことがありえますか? チチコフが旅行してたのは、いちばん最後のころでも、二十年代はじめでしょう、だから年代がまるきり合わないんです。そんなころこの人が殴られるはずはないじゃありませんか。ありえない話でしょう? ありえませんよね?」
『死せる魂』は、「1842年に出版されたニコライ・ゴーゴリの長編小説である。彼は叙事詩、ロシア版のダンテ『神曲』を作り出すつもりだった。しかし、アレクサンドル・プーシキンの死が伝えられるとショックを受けて何も書けなくなり、イタリアに移ってから少しずつ執筆を再開した。1841年に第1部が完成するが、モスクワでは検閲に通らず、翌年サンクトペテルブルクで出版された。本来は第2部も書かれたが、最晩年になってゴーゴリが暖炉に投げ込んでしまったので、ほとんど残っていない。」
あらすじは「アレクサンドル2世の時に農奴解放令が出されたが、その前まで地主は次の国勢調査まで死亡した農奴の人頭税も支払わなければならなかった。彼らは何とかしてその税を逃れる方法を探していた。そこに注目したチチコフは、死亡した農奴の名義を買い集めて書類を捏造し、中央政府から金を騙し取ろうと計画を練る。それを実現するためにチチコフは、広大なロシア全土を旅して歩き、至る所で一癖二癖持っている人々と出会う。」とのこと。
「カルガーノフ」はこの本を「おぼえてらっしゃるでしょう」と言っているのですが、この長編は当時の誰もが知っていると言うことでしょうか、そんなはずはないですね。
なぜ「カルガーノフ」がこんなにむきになるのか、容易には想像できませんでしたが、彼は本気でいきまいていました。
この「カルガーノフ」がむきになる理由は何でしょうか。
「ミーチャ」は打算ぬきに彼の興味に釣りこまれていきました。
「ほう、でももし本当に殴られたとしたらどうです!」
爆笑しながら、彼は叫びました。
「殴られたというわけじゃございませんが、ただちょいと」
突然「マクシーモフ」が口をはさみました。
「ちょいと、どうしたんです? 殴られたんですか、殴られなかったんですか?」
「何時だい、君(クトウラ・ゴジーナ、パーネ)?」
パイプをくわえたポーランド人が、椅子に坐っている大男に、退屈そうな顔つきで声をかけました。
相手は返事の代りに肩をすくめてみせました。
二人とも時計を持っていなかったのだ。
「どうして話をしちゃいけないの? ほかの人たちにも話させてあげればいいじゃないの。あなたが退屈だから、ほかの人まで話しちゃいけないなんて」
どうやらわざと喧嘩を売るつもりらしく、「グルーシェニカ」がまた食ってかかりました。
「ミーチャ」の頭に、はじめて何かがひらめいたかのようでした。
今度はポーランド人ももう、傍目にもわかるほど苛立たしげに答えました。
「わたしはべつに反対してませんし、何も言っていませんよ(パーニ、ヤー・ニツ・ムヴィーエン・プローチフ ニツ・ニエ・ポヴエジャーウエム)(訳注 ルビで示したポーランド語の中に、ときおりロシア語もまじっている)」
ロシア語まじりでなければ、「グルーシェニカ」にも通じませんからね。
「そう、なら結構だわ、話してちょうだい」
「グルーシェニカ」が「マクシーモフ」に叫びました。
「なんでみんな黙りこんじゃったの?」
「べつにお話しするほどこともないんですよ、みんなばかげたことばかりですので」
明らかに満足の色を見せ、ちょぴり気どって、すかさず「マクシーモフ」が応じました。

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