2018年5月10日木曜日

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眼鏡の青年がだしぬけに前にすすみでて、「ミーチャ」に近よると、いかめしい口調ではあるが、ややあわて気味に言いはじめました。

「眼鏡の青年」とは最近赴任してきたばかりの《法律学校出》の予審調査官で若い小柄な男ですね。

ところで「予審」とは、「検察官の公訴提起を受けて、予審判事が被告事件を公判に付すべきか否かを決定するために必要な事項を取り調べる公判前の訴訟手続をいう(旧刑事訴訟法295条1項参照)。公判に付するに足りる嫌疑があるときは、予審判事は決定をもって、被告事件を公判に付する言渡しをなすべきものとされていた。この予審の制度は、フランス法を継受した日本の治罪法(1880年公布)以来、旧刑事訴訟法(1922年公布)に至るまで採用されていたが、この手続は非公開で、被告人の尋問には弁護人の立会いを認めず、また予審調書は公判期日において無条件で証拠能力を有するなど、かなり糾問主義的制度であったので、現行刑事訴訟法(1948年公布)は公判中心主義を強化し、この制度を廃止した。なお、ドイツも1975年に予審制度を廃止した。フランスは、予審の糾問主義的要素を改善したうえで、今日でも予審制度を維持している。」(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)とのこと。

「われわれはあなたに・・・・つまり、こちらへ来ていただきたいんです、こちらの、ソファのほうへ・・・・あなたとお話しせねばならぬ緊急の事態で生じましたもので」

「老人のことだ!」

「ミーチャ」は夢中で叫びました。

「老人とあの血ですね! わかってます!」

「ドミートリイ」は「グリゴーリイ」のことだと思っているのですね。

そして、足を払われたように、そばにあった椅子に倒れこむように坐りました。

「わかっているだと? わかったんだな! 父親殺しの極悪人め、年老いた父親の血が貴様のうしろで泣き叫んでおるわ!」

突然「ミーチャ」につめよりながら、老人の郡署長がわめきたてました。

署長は分別を失い、真っ赤になって、全身をふるわせていました。

この老人の郡署長は「ドミートリイ」と懇意な分署長の「マヴリーキイ・マヴリーキチ」で、彼は長身で太っており、外套を着て徽章のついた帽子をかぶっています。

「それじゃだめですよ!」

小柄な青年が叫びました。

「小柄な青年」はさっきの「眼鏡の青年」ですね、最近赴任してきたばかりですが、郡署長より身分が上のようですね。

「ミハイル・マカールイチ、署長さん! それじゃだめだ、だめですよ・・・・僕だけに話させてください・・・・あなたがそんな態度をなさるなんて、まったく予期してませんでしたよ・・・・」

「しかし、これはまさに悪夢だ、諸君、悪夢じゃありませんか!」

郡署長はわめきました。

「この男を見てください。真夜中に、飲んだくれて、あばずれ女とでれつきよって、しかも父親の血にまみれたままで・・・・悪夢だ! まさに悪夢だ!」

「わたしも折り入っておねがいします、ミハイル・マカールイチ、この場はご自分の感情を抑えてください」

検事補が早口で老人にささやきかけました。

この「検事補」は《いつもぴかぴかの長靴をはいている》、四百ルーブルもする高級時計をみせびらかしている《肺病やみの》、一分の隙もない洒落者ですね。

「さもないと、やむをえずしかるべき手段を・・・・」

「しかるべき手段」とは何のことでしょう。

しかし、小柄な予審調査官はしまいまで言わせておきませんでした。

彼は「ミーチャ」の方に向き直ると、しっかりした大声で重々しく言い渡しました。

「退役陸軍中尉カラマーゾフさん、わたしはあなたが、今夜生じたご尊父フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ殺害事件の容疑者であることを、申し渡さねばなりません・・・・」

彼はほかにも何か言ったし、検事補も何やら口をはさんだみたいでしたが、「ミーチャ」はきいてはいたものの、もはや理解できませんでした。


彼はふしぎそうな眼差しでみなを見まわしていました・・・・


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