そう言いながらも彼女は「ペルホーチン」に椅子をすすめ、自分も向い側に腰をおろしました。
「ホフラコワ夫人」は少し前には「あなたを訴えますから」とまで言っていましたが、美男子できちんとしている若い男を見てだんだんと気持ちが変わってきたようです。
「ペルホーチン」は手短かにではありますが、かなり明快に事件の経過、少なくとも自分が今日じかに目撃した経過の一部を述べ、自分が今夜「フェーニャ」を訪問したことも語って、杵の一件を伝えました。
これらすべての詳細な話がたかぶった婦人の心をこの上なく揺さぶり、彼女は叫び声をあげたり、両手で目を覆ったりしていました・・・・
「実を言うと、何もかも予感しておりましたわ! わたくし、そういう素質に恵まれておりますのよ。何を予想してもみなそのとおりになるんです。わたくし今までに幾度となくあの男を眺めては、そのたびにこの男は最後にはわたくしを殺すにちがいないと思っていましたわ。そのとおりになりましたのね・・・・つまり、今回は殺されたのがわたくしでなく、父親だけだったとしても、きっとそれは目に見えぬ神の指がわたくしを守ってくれたからですわ。そのうえ、あの男自身もわたくしを殺すのは気がとがめたにちがいありませんわ。なぜって、わたくしここで、この部屋であの男の頸に大殉教者「ワルワーラ」さまの遺品の聖像を、この手でかけてやりましたんですもの・・・・それにしても、あの瞬間わたくしは死と紙一重でしたのね、だってあの男のそばへぴったり寄り添って、あの男は首を突きだしていたんですもの! あのね、ピョートル・イリイチ(失礼、たしかピョートル・イリイチというお名前だとおっしゃいましたわね)・・・・実は、わたくし奇蹟など信じていないのですけれど、この聖像といい、今度わたくしの身に起った奇蹟といい、すっかり心を打たれたので、またどんなことでも信じたくなってきましたわ。ゾシマ長老のことはおききになられましたでしょ? もっとも、わたくし何を申しあげているのやら・・・・ところが、どうでしょう、あの男ときたら聖像を頸にかけたままで、わたくしに唾を吐きかけたじゃございませんか・・・・もちろん、唾を吐きかけただけで、殺しはしませんでしたけれど・・・・そのままどこかへとびだして行きましたわ! ところで、わたくしたちどこへ、今からどこへ行けばよろしいでしょう、どうお思いになります?」
「ホフラコワ夫人」は前にも自分は勘がいいと自惚れていましたが、そして何でも自分に結びつけて理解する癖があるようです、「今回は殺されたのがわたくしでなく・・・・」という話など相手がまいってしまうくらに自己中心的で感情的な婦人です。
「ペルホーチン」は立ちあがり、今から自分はまっすぐ警察署長のところへ行って、すべてを話してくる、そのあとのことは向うのほうがよく承知しているだろうから、と告げました。
「ああ、あの人はすばらしい、とてもすばらしい方ですわ、わたくしミハイル・マカーロウィチならよく存じあげておりますのよ。ぜひあの方のところに限りますわ。あなたはとても頭の切れるお方ですわね、ピョートル・イリイチ、何から何までよく思いつきになりますこと。だって、もしわたくしがあなたの立場に置かれていたら、とてもそこまで気がつきませんもの!」
「ミハイル・マカーロウィチ」は、外套を着て徽章のついた帽子をかぶっている長身の太った老人、郡の警察署長「ミハイル・マカールイチ」のことですね。
「ましてわたし自身も署長とは懇意な間柄ですし」
いっこうに別れを告げて立ち去らせようとしてくれない気ぜわしい婦人から、なんとか一刻も早く逃れたいという気持を露骨に示しながら、「ペルホーチン」はなおも立ったままで言いました。

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