2018年5月8日火曜日

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「カーチカ? あのお嬢さんね? いいえ、あなたは盗んだんじゃないわ。返してしまいなさいよ、あたしのお金を持っていくといいわ・・・・何を騒ぎ立てているの? これからは、あたしのものはみんなあなたのものよ。あたしたちにとって、お金なんか何になって? それでなくたって、あたしたちは遊びに使ってしまうもの・・・・遊びに使わずにはいられない人間なのに。それより二人で畑を耕しに行くほうがいいわ。あたし、この両手で土を掘り起したくって。働かなければいけないわ、ねえ? アリョーシャの言いつけだもの。あたしはあなたの情婦になるんじゃなくて、貞淑な奥さんになるのよ。あなたの奴隷になるわ。あなたのために働くの。二人でお嬢さんのところへ行って、赦してくださるようにって頭を下げて、旅立ちましょう。赦してくれなければ、そのまま行ってしまうのよ。お金は返してしまうのね、でもあたしを愛してね・・・・あの人を愛しちゃいや。これからはあの人を愛しちゃいやよ。もし愛したりしたら、あの人を殺しちゃうから・・・・両目を針でくりぬいてやるわ・・・・」

ついさっきまで、別の男と一緒になるはずだった彼女がどうしてここまで急に変われるのでしょう、しかも新しい生活についてもこんなに具体的に話しています、そもそも彼女はいろいろなことについてさまざまなことを空想していたのかもしれません、そうでなければこのようなことは言えません。

「君が好きだ、君だけを愛してるよ、シベリヤへ行っても愛しつづけるよ・・・・」

「ドミートリイ」は自分の罪を認めていて、逃亡しようなんてことは考えておらず、シベリヤ送りになることを覚悟しているのですね。

「どうしてシベリヤへ行くの? でも、いいわ、あなたが望むなら、シベリヤへでもどこへでも、どうせ同じですもの・・・・二人で働きましょうね・・・・シベリヤは雪ね・・・・あたし雪野原に橇をとばすのが大好き・・・・鈴を鳴らして・・・・あら、きこえる、鈴が鳴っているわ・・・・どこで鈴が鳴ってるのかしら? だれか来たのね・・・・ほら、鳴りやんだもの」

彼女はけだるそうに目を閉じ、ふいに一分ほど眠りにおちたようでした。

本当にどこか遠くで鈴の音がしていましたが、突然鳴りやみました。

「ミーチャ」は彼女の胸に頭をもたせかけました。

鈴が鳴りやんだのに彼は気づきませんでしたが、歌声まで突然とだえ、歌声や酒宴の騒ぎに代ってふいに死のような静寂が家じゅうを支配したことにも気づきませんでした。

「グルーシェニカ」が目を開けました。

「あら、あたし眠っていたのかしら? そうね・・・・鈴がきこえてた・・・・あたし眠っていて、夢を見たわ。なんでも、雪野原を橇で走っているの・・・・鈴が鳴って、あたしはうとうとしていたわ。好きな人と、あなたといっしょだったみたい。そして、どんどん遠くへ行くのよ・・・・あたし、あなたを抱きしめて、キスして、ぴったり貼りついていたわ。なんだか寒くてね、雪がきらきら光っているのよ・・・・ねえ、夜中に雪が光っているのなら、月が出ていたわけね。まるでこの地上の世界じゃないみたいだったわ・・・・目をさますと、大好きな人がそばにいてくれて、とってもすてきだわ・・・・」

鈴の音に託した、はかない想像上の天国とこれからはじまるだろう地獄の橋渡しのような幻想的な情景が見事ですね。

「そばにいるとも」


彼女の服や胸や腕にキスしながら、「ミーチャ」はささやきました。


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