2018年6月5日火曜日

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「それを言うのは、はっきりお断りします、みなさん! いいですか、言えないからでもなければ、その勇気がないからでもないし、それがまるきり取るに足らぬ下らないことだから、言うのを恐れているわけでもない。僕が言わないのは、それが僕の主義だからですよ。これは僕の私生活なんだ、僕の私生活に干渉するのは許しませんよ。それが僕の主義です。あなたの質問は事件に関係ないし、事件に関係ないことはすべて、僕の私生活ですからね! 僕は借金を返したかった、僕の名誉にかかわる借金を返そうと思ったんです、しかし相手の名は言えません」

「それは記録させていただきます」

検事が言いました。

「結構ですよ、どうぞ。どうしても言おうとしない、と書いてください。それを言うのは恥知らずとさえ思っていると、そうお書きになるといい。そんなことまで書くなんて、あなた方もずいぶん暇なんですね!」

「失礼ですが、もしご存じないとすれば、あらかじめお断わりして、再度ご注意申しあげておきます」

一種特別な、きわめてきびしい訓戒の口調で、検事が言いました。

「これからされる質問に対して、あなたは黙秘なさる完全な権利を持っておられますし、反対にわれわれは、もしあなたご自身が何らかの理由で返事を避けるような場合には、ご返事を強要する何の権利も持たぬわけです。これはあなたの個人的な判断の問題ですからね。しかし、今のような場合、何らかの供述を拒否なさることによって、あなたご自身のこうむる損害の度合いをはっきりさせ、説明しておくのが、やはりわれわれの仕事ですから。それでは、つづけていただきましょうか」

150年以上も前の話ではありますが、黙秘権もあるし、この紳士的な尋問の状況を見るかぎりで言えば、今の日本の司法制度とほとんど変わらないように思います、場合によるでしょうが、むしろ今の方が強権的かもしれません。

「みなさん、僕はべつに怒ってるわけじゃないんですよ・・・・僕は」

今の訓戒にいささかうろたえて、「ミーチャ」はつぶやきかけました。

「いえ、実は、みなさん、僕がその日訪ねて行ったサムソーノフという男は・・・・」

もちろんわれわれは、読者もすでにご承知の彼の話をくわしく紹介するつもりはありません。

ここで「わたし」ではなく「われわれ」という言葉が使われています、と言うことはこの文章を書いているのは、いわゆる語り手として話を進めているのは、一人ではなく、当時の現場のことを知っている複数の人間だということになります、読者として、複数人の共同意識としてそう言っているということで、物語の信憑性をさらに担保されたかのような気持ちになります。

語り手はもどかしげにごく細かな点にいたるまですべてを話そうとしていましたが、同時にまた、なるべく早く片づけたい気持もありました。

ここでまぎらわしいのですが「語り手」という言葉が使われていますがもちろん「ドミートリイ」のことです。

しかし、供述に応じて調書も作られていましたので、どうしても何度か中断させることになりました。

「ミーチャ」はそれを非難しましたが、結局は従いましたし、腹を立ててはいたものの、今のところまだ善良でした。

「今のところ」と言っていますので、この後何かがあるのかもしれません。

たしかにときおり、「みなさん、それじゃ神さまだって怒りますよ」とか、「みなさん、あなた方は不必要に僕を苛立たせるだけだってことが、わかってるんですか?」などと、どなることはありましたが、そうどなりながらも、相変らず好意をすぐにさらけだす気分は、今のところ変えていませんでした。


ここでもまた「今のところ」と言う言葉を使っていますね。


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