こうして彼は、おととい「サムソーノフ」に《一杯くわされた》話をしてきかせました(今では彼はもう、あのとき一杯くわされたのを完全にさとっていました)。
旅費を作るために六ルーブルで時計を売ったことは、予審調査官と検事もまだ全然知らぬ話でしたので、すぐに並々ならぬ関心をよび、「ミーチャ」を極度に憤慨させました。
この事実は、前夜の彼がほとんど文なしにひとしかった状況の補足的な裏付けとして、詳細に記録する必要が認められました。
このことは、(690)に出て来ましたね、「しかし、このような形で、『ある事件の前日、正午には、ミーチャは文なしだったのであり、金を作るために彼は時計を売り、家主に三ルーブル借りた。これにはすべて証人がある』という事実が記憶され、チェックされたのです。」ということでした。
しだいに「ミーチャ」は不機嫌になりはじめました。
それから、「セッター」をたずねての小旅行や、一酸化炭素のこもった小屋ですごした一夜などを語ったあと、町へ戻ったところまで話を持っていきましたが、ここで彼は特に乞われもしない自分からすすんで、「グルーシェニカ」に対する嫉妬の苦しみをくわしく話しはじめました。
この話は注意深く静聴され、彼がもうだいぶ以前から「フョードル」の家の《裏手》にあたる「マリヤ・コンドラーチエヴナ」の家に、「グルーシェニカ」を見張るための監視所を設けていたことや、「スメルジャコフ」が情報をもたらしていたことに関しては、特にその間の事情を突っこまれました。
この話は非常に重視され、記録されました。
嫉妬については、熱っぽい口調で事こまかに語り、自分のもっとも内密な感情をいわば《世間のさらしもの》にすることを内心では恥じながらも、正直にするために明らかにその恥ずかしさを抑えている様子でした。
話の間ずっと食い入るように注がれている、予審調査官や、特に検事の眼差しの冷淡なきびしさが、しまいには、かなりひどく彼をうろたえさせました。
『つい四、五日前に俺と、女のことでばかな話をした、こんな青二才の「ネリュードフ」や、病身の検事なんぞに、こんな話をしてやるのはもったいないんだ。恥さらしな!』
悲しい思いがちらと頭をかすめました。
『堪えよ、心を和らげ、沈黙せよ』
こんな詩の一節で彼はその思いをしめくくり、さらに先をつづけるために、また気持ちを立て直しました。
「ホフラコワ夫人」の話に移ると、また快活にさえなって、この婦人に関するごく最近の、事件におよそふさわしくない、特別の一口話を披露しようとまでしかけましたが、予審調査官がそれを押しとどめて、《もっと本質的な話》に移るよう、いんぎんにすすめました。
(701)で「ドミートリイ」は「ホフラコワ夫人」を嘲笑し、一度なぞ『おっそろしく生きがよくて、くだけているけど、それと同じくらい教養のない女だ』と形容したことさえあったからですと書かれており、「ごく最近の、事件におよそふさわしくない、特別の一口話」というのはこのことかもしれません、かりにそうだとするとずいぶん距離のはなれた伏線ということになりますね。
最後に、自分の絶望を物語り、あのとき「ホフラコワ夫人」の家を出たあと、《いっそだれかを斬り殺してでも、三千ルーブルを手に入れよう》とさえ考えたあの瞬間について話すと、また話をさえぎられ、《斬り殺したいと思った》ことを記録されました。
「ミーチャ」はおとなしく記録させました。
さらに話がすすんで、「グルーシェニカ」が彼を欺し、「サムソーノフ」のところに夜中までいると自分で言ったくせに、彼が送りとどけたあとすぐに逃げ帰ったことを、ふいに知ったという一点までくると、『あのときフェーニャを殺さなかったのは、そんな暇がなかったからにすぎないんですよ、みなさん』という言葉が、話のこの個所でだしぬけに彼の口をついて出ました。
これも入念に記録されました。
予審調査官と検事は、そして誰がみてもそうなのですが「ドミートリイ」の父親殺しの犯人だと確信していて、それについてのわかりやすいドラマを作り上げようとしているようですね、また「ドミートリイ」もわざとそれに協力しているようでもあります。
「ミーチャ」は暗い顔で待ち、さて父の庭にとびこんだことを話そうとしかけたとたん、ふいに予審調査官が彼を押しとどめ、すぐ横のソファに置いてあった大きな鞄を開けて、中から銅の杵を取りだしました。
このことはかなり重要なことですが、「ドミートリイ」は話さなかったですね。

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