「今あなたがそんな供述をなさったのも、われわれに対する苛立ちと、われわれのおたずねする質問に対するお腹立ちからであることは、よくわかります。われわれの質問をあなたは瑣末なものとお考えのようですが、実はきわめて本質的なことなんですよ」
検事が答えて素っ気なく言いました。
こういう検事の発言内容等は作者が現実の検事になりきって書かれているためか非常にリアリティがありますね、こういうところで違和感を感じたとすれば読者は読みづらくなるでしょう。
「だって、そうでしょうが、みなさん! 杵は持っていきましたよ・・・・しかし、こんな場合、何かを手につかむのに、理由なんぞありますかね? 僕には理由なんかわからない。ひっつかんで、とびだした。それだけの話ですよ。よく恥ずかしくありませんね、みなさん、いい加減にしてくださいよ、でないと、誓ってもいいが、僕は話をやめますよ!」
彼はテーブルに肘をつき、片手で頭を支えました。
二人の方に横顔を向け、不快な気持に打ち克とうと努めながら、壁を見つめていました。
「不快な気持に打ち克とうと努めながら」という「ドミートリイ」の描写がすばらしいです、これは心理描写とも言えますし、客観的描写とも言えると思うのですが、こういった状況の中で普遍性の広がりを持ちます。
本当に席を立って、《たとえ死刑台に曳かれようと》、もう一言もしゃべらぬぞと言い渡してやりたくてなりませんでした。
「いいですか、みなさん」
やっと自分を抑えながら、彼はふいに言いました。
「あのね。あなた方の話をきいていると、こんな気がしてくるんです・・・・実は、ときおり僕はある夢を見るんですがね、いつも同じ夢なんだけど、しょっちゅう見るんですよ。何度もくりかえして。だれかに追われる夢です、だれか、僕がひどく恐れている相手が、夜中に、暗闇の中で追いかけてきて、僕を探しまわる。僕はどこかドアなり戸棚なりのかげに隠れる。屈辱的な隠れ方をするんですよ。ところで、何よりいけないのは、僕がどこへ隠れたのか、ちゃんと知っているくせに、相手はわざと僕のいる場所を知らないふりをするんだ。僕を苦しめるのを長引かせるために。僕の恐怖を楽しむためにね・・・・それとまったく同じことを、今あなた方もやってるんですよ! そっくりじゃないですか!」
この夢は詳しく分析すればいろいろと解釈できるでしょうが、一言で言えば、嘘に対する罪悪感ではないでしょうか。
「そんな夢を見るんですか?」
検事がたずねました。
「ええ、そういう夢を見るんです・・・・記録なさりたいんじゃありませんか?」
「ミーチャ」は皮肉な微笑をうかべました。
「いいえ、記録するにはおよびませんよ。それにしても興味深い夢ですね」
「それが今や夢じゃないんだ! リアリズムです、みなさん、現実生活のリアリズムですよ! 僕は狼で、あなた方は狩人ってわけだ、さ、狼を捕まえなさいよ」
「そんな比較は無意味ですよ・・・・」
「ネリュードフ」がきわめて穏やかに言おうとしかけました。
「無意味じゃない、みなさん、無意味なもんですか!」
またもや「ミーチャ」はいきり立ったが、それでもどうやら、突然の憤りにかられた今の振舞いで心が軽くなったらしく、もはやまた一言ごとに善良そうになってきました。
「あなた方の尋問に苦しめられている犯人や被告の話なら、信用しなくてもかまわないでしょうがね、みなさん、高潔な人間の言葉は、高潔な魂の叫びは(僕はあえてこう叫びます)、そうはいくもんですか! これを信じぬわけにはいかないんだ・・・・そんな権利さえありませんよ・・・・でも、
沈黙せよ、わが心、
堪えよ、心を和らげ、沈黙せよ!
と言いますからね。さて、どうします、話をつづけますか?」
(797)でも「ドミートリイ」の心の中の声として『堪えよ、心を和らげ、沈黙せよ』という詩の一節が
出てきましたが出典はわかりませんでした。
彼は暗い顔で言葉を切りました。
「もちろん、おねがいします」
「ネリュードフ」が答えました。

0 件のコメント:
コメントを投稿