「冗談じゃありませんよ、あなたは服従と神秘主義を望んでいるんです。でも、いいですか、たとえばキリスト教の信仰は、下層階級を奴隷状態にとどめておくために、金持や上流階級にだけ奉仕してきたんですよ。そうでしょう?」
「ああ、君がどこでそんなことを読んだのか、僕にはわかりますよ。それに、きっとだれかが君に吹きこんだんだ!」
「アリョーシャ」は叫びました。
「冗談じゃない、なぜ読んだと決めてかかるんですか? それに、だれにも吹きこまれなんぞしませんよ。僕は十分ひとりで・・・・なんでしたら言いますけど、僕はキリストに反対じゃないんですよ。キリストは申し分なく人道的な人物だし、もし現代に生きていたら、すぐさま革命家に身を投じて、ことによると有力な役割を演じてたかもしれませんしね・・・・きっとそうですとも」
「いったいどこで、どこでそんなことを憶えたんです! どこのばか者とかかり合いになったんですか?」
「ばか者」とは、「アリョーシャ」にしては、過激な発言ですね。
「アリョーシャ」が叫びました。
「とんでもない、真実は隠せませんよ。もちろん、あるきっかけから、ラキーチンさんとはよく話をしますけど・・・・でも、このことはベリンスキー老人(訳注 有名な進歩的評論家)も言ったそうですしね(訳注 『作家の日記』の中でドストエフスキーはベリンスキーと交わした会話を引用しているが、そこでベリンスキーはコーリャと同じようなことを言っている)」
「ベリンスキーが? 憶えていないな。そんなこと、どこにも書いていませんよ」
「書かなかったとしても、そう言ったって話ですよ。ある人からきいたんですが・・・・もっとも、どうだっていいけど・・・・」
「じゃ、君はベリンスキーを読んだことがあるんですか?」
「ベリンスキー」がよく登場しますが、彼は「現フィンランドのスヴェヤボルクに退役海軍軍医の子として生まれる。国費給付される学生としてモスクワ大学に在学中、農奴制を攻撃した戯曲『ドミトリー・カリーニン1831年』を書いて、〈能力が薄弱で不熱心〉という名目で放校される。『文学的空想』によって批評活動をはじめ、スタンケーヴィチ、ゲルツェン、バクーニンなどと親交を結んだ。1839年から雑誌『祖国の記録』を中心にいろいろな雑誌に論文・時評・書評を書き続け、1846年に『祖国の記録』を辞し、ネクラーソフなどの雑誌『同時代人』に参加した。肺患が悪化したため、1847年にドイツに転地し、最後の論文『1847年のロシア文学の概観』を口述した後まもなく、サンクトペテルブルクで没する。」とのことです、また「ロシア文学においてベリンスキーは、チェルヌイシェフスキー・ドブロリューボフにより継承発展させられ、ロシア・マルクス主義の〈社会主義リアリズム〉へと連なる文学観・芸術観の伝統を創設した人である。彼は純粋芸術を否定し、芸術は特殊な社会関係を背景とすると考え、この見地から18世紀以来のロシア作家・詩人を評価した。最初の国民詩人としてプーシキンの意義を確定し、それをついだレールモントフを高く評価し、〈現実生活の詩人〉としてゴーゴリを、またはゴンチャロフやコリツォーフ、ツルゲーネフ、ドストエフスキーを発見し、熱烈に紹介した。批評家としてのベリンスキーは、ヘーゲル哲学の影響を受けた、ドイツ・ロマン派の弟子として、「詩はそれを越える目的を持たない。それ自体が目的である」と言い、芸術の機能に関する〈教訓的・功利主義的〉見解をとらなかった。偉大な古典作品は、それが自立して自発的に生み出されたものならば、世界そのものの真の諸関係をあらわし、その読者の道徳・政治への見方を変化させることによって、あらゆる諸問題を解決するであろう、と考えていた。政治的な著作を書かなかったが、ベリンスキーは専制とドグマ、同調主義に対して、生涯をかけて戦った。ゴーゴリが自らの使命に反してロシア正教・農奴制を擁護したことを責めた、ベリンスキー晩年の『ゴーゴリへの手紙』は、彼の情熱・真剣さ・不正への怒りが入り交じった文体の代表であろう。この志の高さと音調が1860年代のロシア左翼の著述家たちに長く続く影響を残し、プレハーノフやレーニンなどの社会主義者にロシア革命の先達として、ゲルツェンと並ぶ地位を与えられた。〈ロシアのレッシング〉という評価は、当たっていなくもない。」とのことです。
「実は・・・・いえ、すっかり読んだわけじゃありませんけど・・・・・タチヤーナを論じて、なぜ彼女がオネーギンといっしょに行かなかったかという個所は、読みました」
「タチヤーナ」は、プーシキンの『エヴゲーニイ・オネーギン』の登場人物のことで、この小説は「1820年冬から1825年春のロシア帝国が舞台である。この小説は「ロシア生活の百科事典」と呼ばれる。 サンクト・ペテルブルクの上流社会の夜会から、田園での田舎地主の生活、農奴の娘たちの歌、迷信や占いまで描かれている。 この作品がロシア語に果たした最大の功績は、平易な日常語で、高邁な思想から日常生活まで語ることが可能にする文体を作りだしたことである。」とのこと、内容は「(第一章)この物語は、プーシキンと思われる人物「ぼく」によって語られる。 「ぼく」は主人公たるオネーギンの友人であった。オネーギンは18歳でサンクト・ペテルブルクでの上流社会の遊蕩児となり、恋愛の手練手管に長けていた。何年も無為な暮らしを続けた末、心は冷え『ふさぎの虫』に取り憑かれてしまう。(第二章)オネーギンは叔父の領地を受け継ぎ、田園に隠棲する。そこで、遊学先のプロイセンから帰郷したばかりのレンスキイという純情な詩人と知り合い、友人となる。レンスキイは地元の貴族ラーリン家の姉妹のうち妹のオリガの婚約者であった。オリガの姉タチヤーナは陰気で一人でいることを好む乙女である。フランスの小説に夢中になり、小説のヒロインに感情移入し、魅力的な小説の男性主人公たちに憧れている。(第三章)レンスキイに連れられてオネーギンがラーリン家に現れると、タチヤーナは今まで読んだ小説の男性主人公がオネーギン一人に収斂したように見える。タチヤーナはオネーギンに恋をする。苦しみのあまり小説のヒロインのように、率直な恋情を綴った手紙をオネーギンに届けさせる。だが、当時のロシア貴族社会では、婚前の令嬢が母親の許可もなく男性に手紙を書くのはとうてい許されない行為であった。(第四章)オネーギンはタチヤーナの手紙に心を動かされたが、むしろ年上の分別のある男性として誠実に応対する。自分は結婚に向かず、タチヤーナを幸せにできないと語り、また、男性に手紙を書くといった世間知らずなことはやめるよう厳しく忠告をする。(第五章)降誕祭期間中、タチヤーナは恐ろしい夢を見る。雪に埋もれた森の中を、熊に担がれ、化物でいっぱいの小屋に連れて行かれた。彼らの主はオネーギンだ。オネーギンは怪物たちに対し、タチヤーナを「俺のものだ」と怒鳴る。いっぽうレンスキイはオネーギンを、タチヤーナの名の日(ユリウス暦 1月13日)の祝いに無理に誘う。 オネーギンの予想通り、会は俗っぽい。レンスキイへの意趣返しに、オネーギンは舞踏にオリガを誘い散々戯れる。(第六章)レーピンの手による、オネーギンとレンスキー 嫉妬のあまりレンスキイはオネーギンに決闘を申し込む。決闘の介添人ザレツキイは悪質な人物で決闘を止める義務を怠り、またオネーギンは世間体を気にしてしぶしぶ決闘に臨む。決闘はレンスキイの死で終わる。オネーギンは激しい衝撃を受ける。(第七章)間もなくオリガは別の男性と結婚し、ラーリン家を出て行く。オネーギンも領地を去った。タチヤーナはオネーギンの留守宅に行き、彼の蔵書を読み浸る。タチヤーナは彼を理解し始め、「ぼく」はオネーギンの空虚さを激しく非難する。(第八章)約二年後、オネーギンは相変わらず無為に苦しんでいた。モスクワの社交界で公爵夫人となったタチヤーナと再会する。タチヤーナはすっかり威厳ある貴婦人である。放蕩に飽きた二十六歳のオネーギンであったが、そのとき突然タチヤーナに対し、子供のような恋に落ちる。 彼はタチヤーナの出席する夜会にせっせと出かけ、思いの丈を綴った手紙を何通も書く。思い詰めるあまり、やつれていく。あるとき、彼の手紙を読んで泣いているタチヤーナに会う。 タチヤーナはオネーギンを愛していると言いつつも、彼を拒み、去って行く。」とのこと。
「なぜオネーギンといっしょに行かなかったか、ですって? でも、ほんとに君はそんなことが・・・・もう、わかるの?」
「よしてくださいよ、あなたは僕をスムーロフのチビ扱いしてるようですね」
「コーリャ」が苛立たしげに苦笑しました。
「もっとも、僕がもうちゃんとした革命家だなんて、思わないでください。僕はラキーチンさんと意見が合わないことが始終あるんです。タチヤーナの話をしたからといって、僕はまったく女性解放の味方じゃありませんよ。女性が隷属的な存在で、服従するのが当然であることは、僕も認めます。ナポレオンの言ったように、女の仕事は編物ですよ」
なぜか、「コーリャ」はせせら笑いました。
「少なくともこの点では、僕はあのえせ(二字の上に傍点)偉人の考えに完全に同意しますね。たとえば僕も、祖国を棄ててアメリカに逃れるなんて、卑怯だと思いますよ。卑怯以下だ、愚劣ですよ。この国にいても人類のために多くの利益をもたらしうるというのに、なぜアメリカに行くんですか? それも、まさに今こんな時代に。有意義な活動が山ほどあるというのに。僕はそう答えてやったんです」
「答えてやった? だれに? まさか、もうだれかがアメリカに君を誘ったんじゃないでしょうね?」
「実を言うと、だいぶたきつけられたんだけど、断わったんです。もちろん、ここだけの話ですよ。カラマーゾフさん。いいですね、だれにも洩らさないでください。あなたにだけ話すんですから。僕だって第三課(訳注 ニコライ一世の作った国家秘密警察)の網にかかって、ツェプノイ橋のほとりで勉強するのなんか、まったく望んでいませんからね。
ツェプノイ橋のそばに立つ
あの建物を忘れるな!
ですよ(訳注 十九世紀の詩人ミナーエフの風刺詩の一節)。おぼえてらっしゃるでしょう? 傑作ですよね! どうして笑うんです? 僕が嘘ばかりついてると、思ってらっしゃるんじゃないでしょうね?」
『だけどもし、お父さんの形見の本棚に『警鐘』(訳注 ゲルツェンが亡命地ロンドンで出していた革命的な雑誌)のその号がたった一冊あるきりで、その雑誌の中でも僕がこの詩以外何一つ読んでいないことを、この人が知ったらどうだろう?』
「コーリャ」はちらと思って、身ぶるいしました。
「いえ、とんでもない、僕は笑ってなんかいませんし、君が嘘をついてるなんて全然考えてませんよ。そうですとも、そんなことを考えるもんですか。だって悲しいことに、すべてまぎれもない真実ですからね! それはそうと、プーシキンは読んだんですか、『オネーギン』は?・・・・たった今タチヤーナの話をしてましたね?」
「いいえ、まだ読んでません。でも読みたいと思っています。僕は偏見を持たない人間ですからね。両方の側の意見をきくつもりですよ。なぜ、そんなことをきくんです?」
「べつに」
「あのね、カラマーゾフさん、あなたはひどく僕を軽蔑しているんでしょう?」
突然「コーリャ」が語気鋭く言って、まるで身構えでもするように、「アリョーシャ」の前にまっすぐ身体を起しました。
「君を軽蔑してるって?」
「アリョーシャ」はびっくりして彼を見つめました。
「何のために? 僕はね、君のようなすばらしい天性が、まだ生活もはじめないうちに、もうそんな粗雑なたわごとでゆがめられているのが、悲しいだけですよ」

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