六 早熟
「医者が何て言うと思いますか?」
「コーリャ」が早口に言いました。
「それにしても、実に嫌味な面でしたね、そうじゃありませんか? 僕は医学なんてとても我慢できないな」
「イリューシャは死にますよ。きっとだめなような気がするんです」
「アリョーシャ」は簡単に「死にます」と、しかも何度か言っていますが、日本人のわれわれとしては、縁起でもないということになって、こういうことは普通は口にしませんね。
「アリョーシャ」が沈んだ口調で答えました。
「ペテン師め! 医学なんてペテンですよ! それはそうと、あなたを知ることができて、とても嬉しかったです、カラマーゾフさん。ずっと前から知合いになりたかったものですから。ただ、こんな悲しい気持でお会いしたのが残念ですけど・・・・」
「コーリャ」はもっと何か熱っぽい、感情にあふれたことを言いたくてならぬところでしたが、なんとなく気おくれしたようでした。
「アリョーシャ」はそれに気づいて、にっこりし、彼の手を握りました。
こういう微妙なところの描写はすばらしいですね。
「僕はずっと以前に、あなたをまれにみる人物として尊敬することを学んだんです」
「コーリャ」はとり乱し、もたつきながら、さらにつぶやきました。
「あなたが神秘主義者で、修道院にいらしたことは、きいています。あなたが神秘主義者だってことは承知していますけど、そんなことも僕には妨げになりませんでした。現実との接触がそれを癒してくれるでしょうし・・・・あなたのような性質の人は、そうなるにきまっていますよ」
この発言は上から目線的ですね。
「君は何を神秘主義者と名づけているんです? 何を癒してくれるんです?」
「アリョーシャ」いささかあっけにとられました。
「そりゃ、神とか、その他いろいろです」
「何ですって、それじゃ君は神を信じないんですか?」
「むしろ反対で、僕は神に対して何の異存もありませんよ。もちろん、神は仮説にすぎませんけど・・・・でも・・・・神が必要だってことは認めます、秩序のために・・・・世界の秩序とか、その他もろもろのために・・・・また、かりに神がなかったら、やはり考えださなければならないでしょうしね(訳注 ヴォルテールの言葉の請け売り。第五編三章を参照)」
一見「コーリャ」などは無神論者のように思えますが、また「イワン」もそうですが、案外神を全否定しているわけではなさそうですね、ただ「ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ」だけは違うようですが、これも真偽はわかりません。
「訳注のヴォルテールの言葉の請け売り、第五編三章を参照」とは(509)の「イワン」と「アリョーシャ」の「都」での会話に出てくる「・・・・冗談じゃないよ。昨日も長老のところで、俺はふざけてるって言われたっけね。あのね、十八世紀に一人の罪深い老人がいたんだが、その老人が、もし神が存在しないのなら、考えだすべきである、S’il n’existait pas Dieu,il faudrait I’inventer.(訳注 ヴォルテールの『三人の偽君子に関する書の著者へあてた手紙』の一節)、と言ったんだ。そして本当に人間は神を考えだした。ここで、神が本当に存在するってことは、ふしぎでもなければ、別段おどろくべきことでもないんだ。」との部分ですね、ということは「イワン」も「コーリャ」も「ヴォルテール」の『三人の偽君子に関する書の著者へあてた手紙』を読んだんですね。
「コーリャ」は顔を赤くしはじめながら、付け加えました。
彼は突然、「アリョーシャ」が今すぐ、この子は知識をひけらかしたがっているのだ、自分が《大人》であることを見せたがっているのだ、と思うにちがいないという気がしました。
『僕はこの人の前で知識をひけらかすつもりなんか全然ないのに』
「コーリャ」はいまいましい気持で思いました。
と、ふいにひどく腹立たしくなってきました。

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