2018年9月6日木曜日

889

「いえ、べつに!」

「コーリャ」は無造作に言ってのけました。

「この町で僕の悪評をいちばん広めたのは、あのいまいましい鵞鳥の一件なんだよ」

彼はまた「イリューシャ」をかえりみました。

だが、話す際に彼は無造作な様子を見せようとしてはいたものの、やはり自分を抑えることができず、なにか調子が狂いつづけていました。

ここで次の流れに行きたい気持ちを押し殺し、立ち止まってこのような何気ない細かい描写することはなかなかできるものではありませんね。

「ああ、鵞鳥の話もきいたっけ!」

顔をかがやかせて、「イリューシャ」が笑いだしました。

「話はきいたけど、よくわからなかった。ほんとに裁判官に調べられたの?」

「およそばかげた、ごく下らないことだったのに、この町の人が例によっておおげさな事件にでっちあげたのさ」

「コーリャ」はくだけた口調で話しだしました。

「あるとき僕がここの広場を歩いていたら、ちょうど鵞鳥を追ってきたんだ。僕は立ちどまって、鵞鳥を眺めていた。するとふいに、この町のヴィシニャコフって若い衆が、こいつは今プロトニコフの店で配達をしてるけどね、僕をにらんで、こう言うんだよ。『どうして鵞鳥なんぞ眺めてるんだい?』って。見れば、まんまるい間抜け面でさ、二十歳くらいの若い衆なんだ。君たちも知ってるとおり、僕は決して民衆を避けたりしないよ。民衆と接するのは好きなんだ・・・・われわれは民衆から立ちおくれてるからね。これは自明の理だよ。カラマーゾフさん、あなたは笑ってらっしゃるようですね?」

(864)の「スムーロフ」の「ただ、からかうのはやめてよ。頼むからさ。でないとまた、いつかの鵞鳥のときみたいな騒ぎになるよ」というセリフで出たところですね。

「いいえ、とんでもない、ちゃんときいてますよ」

「アリョーシャ」がきわめて正直な様子で答えましたので、疑り深い「コーリャ」もとたんに元気づきました。

「僕の理論はね、カラマーゾフさん、明快かつ単純なんです」

彼はすぐにまた嬉しそうに急いで言いました。

「僕は民衆を信じてるし、いつだって喜んで民衆は正当に認めすけれど、決して甘やかしはしません、これがSine qua(絶対条件)です・・・・そうだ、鵞鳥の話だっけね。そこで僕はそのばか者に向って、こう答えたんだよ。『僕は、鵞鳥が何を考えてるんだろうって考えてたのさ』そいつは僕をまるきり愚かしげに眺めて、『じゃ、鵞鳥は何を考えてるんだい?』なんて言うのさ。だから僕は言ってやった。『ほら、あそこに燕麦を積んだ馬車がとまってるだろ。袋から燕麦がこぼれ落ちるもんで、鵞鳥が車輪の下に首をのばして、殻粒をついばんでるじゃないか、見えるだろ?』『それくらい、よく見えらあ』と言うから、僕は『それじゃね、もし今あの荷馬車をちょっと前に動かしたら、鵞鳥の首は車輪で切れちまうだろうか、どうかね?』って言ったんだ。そしたら『きっと切れちまうだろう』って言って、大口を開けて笑って、すっかりでれでれしてるじゃないか。『それじゃ行こうぜ、やってみよう』『よしきた』ってな調子でさ。そんなに手間もとらずにすんだよ。そいつが気づかれぬように馬の口綱のわきに立つし、僕は横から鵞鳥を追い込む役さ。ところが、ちょうどそのとき百姓がぼやっとして、だれかと話してたもんだから、追いこむ手間なぞ全然ないんだ。鵞鳥のやつ、燕麦をつっつくために自分から荷馬車の車輪の真下へ首を伸ばしたからね。僕が目くばせして、そいつがぐいと引くと、くわっと一声たてて、鵞鳥の首はころりさ。と、当然のことながら、とたんに百姓たちがみんなで僕らを見つけて、いっせいにがなりたてるんだ。『こいつがわざとやったんだ!』『違うよ、わざとじゃないよ』『いいや、わざとだ!』しまいには『さ、治安判事のとこへ連れて行け』って騒ぐ始末さ。僕も捕まっちまった。『貴様もここにいたのか。貴様がそそのかしたんだな。貴様のことは市場じゅうが知っているんだ』実際また、どういうわけか市場じゅうの者が僕を知ってるんだよ」


「コーリャ」は得意顔で言い添えました。


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