2018年10月11日木曜日

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「ええ、よばれたんです。だからすぐに行ってみます」

「アリョーシャ」は断固として立ちあがりかけました。

「あら、あのね、アレクセイ・フョードロウィチ、ひょっとすると、ここがいちばん肝心な点かもしれませんわ」

大事なことから先に話してくれないと、「アリョーシャ」が裁判前日の大事な時に「ドミートリイ」に会うことができなくなりますね。

「ホフラコワ夫人」がふいに泣きだして、叫びました。

「神かけて申しますけれど、あたくしリーズは本心からあなたにお任せしていますのよ。ですから、あの子が母親に内緒であなたをおよびしたからといって、そんなこと何でもございません。でも、あなたのお兄さまのイワン・フョードロウィチには、失礼ですけど、そう気軽に娘を任せるわけにはまいりませんのよ、そりゃ今でもあの方をこの上なく騎士的な青年と見なしておりますけれどね。だって考えてもごらんなさいませな、お兄さまはだしぬけにリーズのところにいらしたんですのよ、あたくしそんなこと少しも存じませんでしたのに」

「え? 何ですって? いつです?」

「アリョーシャ」はひどくおどろきました。

ほんとうに驚きますね、「ドミートリイ」との面会もおどろきましたが、それらを「アリョーシャ」に話してないのはどういう理由からでしょうか。

彼はもう坐ろうとせず、立ったままきいていました。

「今お話ししますわ。ことによると、そのためにあなたをおよびしたのかもしれませんもの。だってあたくし、何のためにあなたをおよびしたのだったか、わからなくなってしまいましたのよ。実は、イワン・フョードロウィチはモスクワから戻られたあと、全部で二度うちへお見えになったんです。最初は知人として挨拶に見えられたんですし、二度目はついこの間のことで、カーチャがうちにいらしていたところ、それを知ってお兄さまもお寄りになりましたの。あたくしももちろん、あの方が今、それでなくても心配事を山ほどかかえておられることを存じてますので、ひんぱんに来ていただくことなどおねがいしませんでしたわ。おわかりになるでしょう、あの事件と、あなたのお父さまの恐ろしい死。ところが寝耳にだっだんですけれど、お兄さまはまたお見えになりましたのよ、ただ今度はあたくしのところへではなく、リーズのところへ。あれはもう六日ほど前のことですが、お見えになって、五分ほどいらして、お帰りになったんですって。あたくし、その話をまる三日もたってグラフィーラからきいたものですから、それはびっくりいたしましてね。すぐにリーズをよびつけましたところ、あの子は笑って、ママが寝てらっしゃると思って容態をききにあたしのところにお寄りになったのよ、という申すんですの。もちろん、そのとおりなんですけれど。ただ、リーズは、リーズって子は、ほんとうに悩みの種ですわ! そうじゃございませんか、ある夜なぞ、あれは四日前、あなたが最後にいらしてお帰りになった直後ですけれど、突然、夜中に発作を起して、泣くやら、叫ぶやら、ヒステリーを起しましたのよ! どうしてあたくしは一度もヒステリーを起さないんですかしら? その翌日も、次の日も、昨日も発作を起して、昨日はとうとう心神喪失ですわ。あたくしにこう叫ぶんです。『イワン・フョードロウィチなんか、あたし大きらいよ。あんな人、家に上げないで。出入りをお断わりしてちょうだい!』あたくし、あまりの思いがけなさに呆然として、反対してやりましたわ。いったいどういう理由で、あんな立派な青年をお断わりしろというの、それもあんなに学識がおありで、あんなご不幸に見舞われた方だというのにって。だって、やはり今度の一件は、幸福なことではなく、不幸ですもの、そうじゃございませんこと? ところがあの子はあたくしのそんな言葉をきくと、いきなり笑いだすじゃございませんか、それもさも人をばかにしたみたいに。でも、あたくしは、やっとあの子を笑わせることができた、これで発作もおさまるだろうと思って、喜んでおりましたのよ。ましてあたくし自身も、あたくしの承諾もなしに妙な訪問をなさったりしたことに対して、イワン・フョードロウィチに釈明を求めて、お出入りをお断わりするつもりでしたから、なおさらのことですわ。ところが突然、今朝リーズが目をさますなり、ユーリヤに腹を立てて、どうでしょう、顔に平手打ちを食わせたじゃございませんか。あたくしだって小間使たちには丁寧な言葉を使うようにしているというのに、滅相もないことですわ。そして一時間後には、あの子はだしぬけにユーリヤを抱きしめて、足に接吻するんだそうですの。そのうえ、あたくしのところへ女中をよこして、もうママのところへなんか行かない、今後も絶対に行くつもりはないから、なんて言伝てさせましてね。あたくしのほうから足をひきずって出向いて行くと、いきなりとびついて接吻するやら泣くやら大騒ぎをしたうえ、接吻しながら、一言も言わずに、そのまま部屋から押しだすんですのよ。ですから結局何もわかりませんでしたわ。アレクセイ・フョードロウィチ、今やあたくしの期待はすべてあなたにかかっておりますのよ、ですから、もちろん、あたくしの人生の運命はあなたに握られているわけですわ。おねがいですから、どうかリーズのところへいらして、あなたでなければできない流儀であの子からすべてをききだして、母親のあたくしに話しにいらしてくださいませな。だって、おわかりになっていただけるでしょうけれど、もしすべてがこの調子でつづくとしたら、あたくし死んでしまうか、この家から逃げだしてしまいますもの。これ以上とてもだめですわ、あたくしも忍耐力はあるほうですが、それも失くしかねませんもの。そうなったら・・・・そうなったら、恐ろしいことになりますわ。あら、まあ、やっとペルホーチンさんがいらしたわ!」

「ホフラコワ夫人」は「ラキーチン」も出入り禁止にしていますね、娘の「リーズ」も自分がコントロールできていません、めちゃくちゃなのは母親だけかと思っていましたが、娘もたいした暴れん坊ぶりです、母娘とも情緒不安定でたいへんな状態ですが、このままだと良くないですから、なんだかわからないのですが、どうにかしなければならないでしょう。

入ってくる「ペリホーチン」を見るなり、「ホフラコワ夫人」は急に顔じゅうをかがやかせて、叫びました。

「ずいぶん遅かったじゃございませんの! さ、どうぞお掛けになって、話してくださいませな、運命を決めてください、あの弁護士さんはどうでした? あら、どこへいらっしゃるの、アレクセイ・フョードロウィチ?」

「リーズのところへ」

「あ、そうでしたわね! それじゃお忘れなくね、あたくしがおねがいしたことをお忘れにならないで! ここが運命ですわ、運命の別れ道ですから!」

「もちろん忘れませんよ、できさえすればの話ですが・・・・それにしても、すっかり遅くなっちゃた」

一刻も早く退却しようとしながら、「アリョーシャ」はつぶやきました。

「いいえ、きっと寄ってくださいませね、きっとよ。『できさえすれば』なんておっしゃらないで。でないと、あたくし死んでしまいますわ!」


そのうしろ姿に「ホフラコワ夫人」は叫びましたが、「アリョーシャ」はもう部屋を出ていました。


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