2018年10月12日金曜日

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三 小悪魔

「リーザ」の部屋に入ると、彼女は以前まだ歩けなかった時分にに運んでもらっていた例の車椅子に、半ば横たわっていました。

「彼女は出迎えに立とうとはしませんでしたが、すべてを見ぬくような鋭いその眼差しはひたと彼に注がれました。

その眼差しはいくらか熱っぽく、顔が蒼白に黄ばんでいました。

この三日間で彼女がすっかり変り、やつれてさえいるのに、「アリョーシャ」はびっくりしました。

彼女は手をさしのべようとしませんでした。

彼は自分のほうから、服の上にじっと置かれたままの彼女の長い細い指にそっと触れたあた、無言のまま向い側に腰をおろしました。

「あたし知っているわ、あなたは刑務所に急いでらっしゃるのに」

「リーザ」が語気鋭く言い放ちました。

「ママが二時間も引きとめて、たった今もあたしのことだの、ユーリヤのことを話していたでしょ」

五分だったはずが、二時間にもなったようですね、「あたしのことだの、ユーリヤのことを話していたでしょ」というのがおかしいですね、「リーザ」は立ち聞きしていたらしいのですが、そんなところが聞こえてきて何か噂しているとでも思ったのでしょう。

「どうして知ったんです?」

「アリョーシャ」はたずねました。

「立ち聞きしたんですもの。なぜそんなふうに見つめるの? あたし、立ち聞きしたくなれば、するわ。べつにわるいことはないでしょ。赦しなんか乞わなくってよ」

この辺の強気を装った「リーズ」はかわいいですね。

「何かで気分をこわしたんですか?」

「反対よ、とっても嬉しいわ。つい今しがたも考えてたところなの、これでもう三十遍くらいよ、あなたをお断わりして、あなたの奥さんにならなくて、よかったなって。あなたは夫に向かないもの。あなたと結婚したら、あたし、あなたのあとで好きになる男の人に届けてもらうために、突然あなたに手紙を渡すわ。あなたはそれを預かって、きっと届けてくれるし、そのうえ返事まで待ってきてくれるに違いないわ。あなたは四十になっても、相変わらずあたしのそういう手紙を運んでくれそうな人ね」

彼女はふいに笑いだしました。

「あなたには、何か意地わるな、それでいて純真なところがあるんですね」

「アリョーシャ」はにっこりしました。

「純真なのは、あなたを恥ずかしがらないってことね。恥かしがらないばかりか、恥ずかしがるつもりもないわ。あなたが相手だと。あなたならね。アリョーシャ、なぜあたし、あなたを尊敬しないのかしら? あなたを大好きだけれど、尊敬してはいないわ。もし尊敬していたら、恥ずかしがらすにこんなこと言ったりしないはずですもの、そうでしょう?」

「そうでしょうね」

「あたしがあなたを恥ずかしがらないってことは、信ずる?」

「いいえ、信じませんね」

「リーザ」はまた神経質な笑い声をたてました。

彼女は早口に話していました。

「あたし、刑務所のお兄さまにお菓子を差し入れたのよ。ねえ、アリョーシャ、あなたってほんとにいい人ね! こんなに早く、あなたを愛さないでもいいって承知してくれるなんて、あたし、すごくあなたを愛してしまいそうだわ」

「今日は何の用で僕をよんだんです、リーズ?」

「あたしの望みを一つ、お話ししときたかったのよ。あたしね、だれかにひどい目に会わせてもらいたくって。だれかがあたしと結婚して、ひどい目に会わせて、欺したあげく、そのまま行ってしまってくれたら、と思うわ。あたし、幸福になるのなんかごめんだわ!」

「でたらめが好きになったんですか?」


この「アリョーシャ」の返し方は爆笑ものです。


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