2018年10月16日火曜日

929

「アリョーシャ、はっきり言うけれど、これはひどく重大なことよ」

「リーザ」は何かもはや極度のおどろきにかられて、言葉をつづけました。

「重大なのは夢じゃなくて、あなたはあたしに決して嘘をつかないんだから、今も嘘を言ったりしないでね。それ、本当? からかっているんじゃないの?」

「本当ですとも」

「リーザ」は何事かにひどく心を打たれ、三十秒ほど黙りこみました。

「アリョーシャ、時々あたしのところに来てね、もっとひんぱんに来て」

突然、祈るような声で彼女は言いました。

「僕はいつになっても、一生あなたのところへ来ますよ」

「アリョーシャ」がしっかりした口調で答えました。

「だってあたしが言えるのは、あなただけですもの」

「リーザ」がまた話しはじめました。

「自分自身と、あなただけ。世界じゅうであなた一人よ。それに、自分自身に言うより、あなたに言うほうが、すすんで話せるわ。あなたなら、全然恥ずかしくないし。アリョーシャ、なぜあなただと全然恥ずかしくないのかしら、全然? ねえ、アリョーシャ、ユダヤ人は過越(すぎこし)の祭に子供たちをさらって、斬り殺すっていうけど、あれは本当なの?」

「知りませんね」

「あたし、ある本で、どこかの裁判のことを読んだのよ。ユダヤ人が四歳の男の子を、最初まず両手の指を全部斬りおとして、それから壁にはりつけにしたんですって。釘で打ちつけて、はりつけにしたのね。そのあと法廷で、子供はすぐに死んだ、四時間後に、と陳述しているのよ。これでも、すぐに(三字の上に傍点)ですってさ! その子供が呻きつづけ、唸りつづけている間、ユダヤ人は突っ立って、見とれていたそうよ。すてきだわ!」

(928)で「リーザ」が「読んでいるわ。ママが読んで、枕の下に隠しておくから、失敬してくるの」と言っていましたが、「ある本」とはこのことでしょう。

「すてき?」

「すてきよ。あたし時々、その子をはりつけにしたのはあたし自身なんだって考えてみるの。子供がぶらさがって呻いているのに、あたしはその正面に坐って、パイナップルの砂糖漬を食べるんだわ。あたし、パイナップルの砂糖漬が大好きなんですもの。あなたも好き?」

「アリョーシャ」は何も言わずに、彼女を見つめました。

蒼白な黄ばんだ彼女の顔がふいにゆがみ、目が燃えあがりました。

「ねえ、あたしこのユダヤ人の話を読んだあと、夜どおし涙を流してふるえていたわ。小さな子供が泣き叫んで呻いているのを想像しながら、(だって、四歳の子供なら、わかるはずよ)、一方では砂糖漬のことが頭を去らないのよ。翌朝、ある人のところへ、必ず(二字の上に傍点)来てくれるようにって、手紙を届けさせたわ。その人が来ると、あたし、男の子の話や砂糖漬のことをふいに話してきかせたの。何もかも(四字の上に傍点)話したわ、何もかも(四字の上に傍点)。《すてき》だってことも言ったのよ。そしたらその人、突然笑いだして、本当にすてきだと言ってくれたわ。それから立ちあがって、行ってしまったの。全部で五分くらい坐っていたかしら。その人あたしを軽蔑したのね、軽蔑したんでしょう? ねえ、教えて、アリョーシャ、その人あたしを軽蔑したのよね、それとも違う?」

「リーザ」が会った「ある人」というのは「イワン」のことですね、先ほど(924)で「ホフラコワ夫人」は「イワン」が「・・・・あれはもう六日ほど前のことですが、お見えになって、五分ほどいらして、お帰りになったんですって。・・・・」と言っていましたから。

この「ユダヤ人」の話の内容はいわゆるサディスティックな傾向のことですが、このような心理状態は心理学では十分に解明できない部分もあると思います、人間全般のある普遍性のようなことを考えなければならないと思いますので哲学の課題でもあるでしょう。

彼女は目をきらりとさせ、車椅子の上で身体をまっすぐ起こしました。

「それじゃ」

「アリョーシャ」は興奮して言いました。

「あなたのほうからよんだんですね、その人を?」

「そうよ」

「手紙をやって?」

「ええ」

「わざわざその子供の話をだずねるためにね?」

「違うわ、全然そうじゃないの、全然。でも、その人が入ってきたとたんに、あたしは突然そのことをきいてしまったのよ。その人は返事をして、笑いだすと、立ちあがって、出て行ってしまったわ」

「リーザ」が「イワン」をわざわざ手紙で呼び寄せたのはなぜなんでしょうか、気になります。

「その人はあなたに対して誠実に振舞ったわけだ」

「アリョーシャ」は小さな声で口走りました。

「でも、あたしを軽蔑したのね? ばかにしたのね?」

「そうじゃありませよ、だってその人自身、パイナップルの砂糖漬を信じてるかもしれないんですからね。その人も今、病気が重いんですよ、リーザ」

「アリョーシャ」は「イワン」のことを重い病気にかかっていると言っているのですね、「リーザ」が「ホフラコワ夫人」の隠してあった本を勝手に読み、その内容から物語が「イワン」の方へ繋がるのは見事ですね。

「そうねあの人も信じているんだわ!」


「リーザ」は目をきらりとさせました。


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