七 二度目のスメルジャコフ訪問
「スメルジャコフ」はこのときまでには、すでに退院していました。
「イワン」は彼の新しい住居を知っていました。
ほかならぬ例の、傾きかけた丸太組みの小さな家で、玄関の土間で仕切られた二軒の小屋から成っていました。
一方の小屋には「マリヤ・コンドラーチエヴナ」が母親と住み、もう一方に「スメルジャコフ」がひとりで暮していました。
これは、「フョードル」の家の隣にある「マリヤ・コンドラーチエヴナ」が住んでいたかつての住居のことではなく、(946)で書かれている別の住居のことです、つまり「彼の下宿から二キロほど離れたところにある、さる小さな、傾きかけた丸太組みの家に向ったのですが、そこにはかつての隣人で、『フョードル』の台所によくスープをもらいにきたこともあり、またあの当時『スメルジャコフ』が得意の歌をきかせたり、ギターをひいてやったりした『マリヤ・コンドラーチエヴナ』が住んでいるのでした。彼女は以前の家を売り払い、今は母親とほとんど掘立小屋にひとしいその家に暮しているのですが、『フョードル』の死以来、ほとんど瀕死の病にかかっている『スメルジャコフ』もそこに住んでいました。」とあるように別の家です。
どんな条件で彼がここに住むことになったのか、ただで厄介になっているのか、それとも金を払っていたのか、それはわかりません。
後日の推測では、彼は「マリヤ・コンドラーチエヴナ」の婚約者という形でこの家に入り、さしあたりただで厄介になっていたようでした。
なぜわざわざ「後日の推測では・・・・」という形にしたのでしょうか、この辺は作者は書き流しているように思います。
母も娘も彼を非常に尊敬し、自分たちより偉い人間として見ていました。
さんざノックしてドアを開けてもらうと、「イワン」は、玄関に入り、「マリヤ」の教えてくれたとおり、「スメルジャコフ」が使っている左側の《煙突つきの小屋》へまっすぐ通りました。
この小屋にはタイル張りの暖炉があり、ひどく暖房がきいていました。
壁にはきれいな青い壁紙が張ってありました。
もっとも一面に破れていて、その下の裂け目をおそろしい数のゴキブリが這いまわっているため、たえずがさごそと音がしていました。
昔の一般的な家はこんなひどい状態だったのですね。
家具はごく粗末なもので、両側の壁沿いにベンチが二脚と、テーブルの横に椅子が二つありました。
テーブルはただの木製でしかありませんでしたが、それでもバラの花模様のついたクロースが掛けれれていました。
小さな二つの出窓には、どちらにもゼラニウムの鉢植えが置かれてありました。
片側には聖像を飾ったケースがあります。
テーブルの上にひどくでこぼこになった小さな銅のサモワールと、茶碗を二つのせた盆が置かれていました。
しかし、「スメルジャコフ」はもうお茶を飲み終っており、サモワールの炭火も消えていました・・・・当の本人はテーブルの前の腰掛けに坐って、ノートを見ながら、ペンで何やら買いていました。
インクと壜と、さらに、それでも一応ステアリン蝋燭を立てた低い鋳物の燭台が、わきに置かれていました。
「ステアリン蝋燭」とは何でしょうか、「脂肪酸、特にステアリン酸を主原料とするろうそく。煤 (すす) が少なく、光も強い。」蝋燭とのことでした、調べましたらその材料も通販で売られていました。
「スメルジャコフ」の顔を見て、「イワン」はすぐに、病気がすっかり癒ったのだなと推しはかりました。
顔がずっと生きいきして、太り、前髪もきれいにふくらませて、小鬢の毛がポマードで撫でつけてありました。
彼は派手な綿入れのガウンを着ていましたが、それはひどく着古したもので、かなりぼろぼろになっていました。
これまで「イワン」が見たこともなかった、眼鏡まで鼻にかけていました。
しごく下らぬこんなことが、突然「イワン」を倍以上も憤らせたかのようでした。
なぜか「イワン」の憤る気持ちもわかるような気がします、つまり身の程知らずということでしょうが、これは裕福かどうかとは別問題のことでしょう。
『なんてろくでなしだ、おまけに眼鏡なんぞかけやがって!』
「スメルジャコフ」はゆっくり顔を上げ、入ってきた客を眼鏡ごしにまじまじと見つめました。
それから静かに眼鏡をはずし、椅子からゆっくり腰をうかしましたが、その態度はまったくいんぎんでないばかりか、面倒くさそうでさえあり、もはやそれなしにはすまされぬ最小限の礼儀さえ守ればよいといった感じでした。
それらすべてが一瞬のうちにちらと「イワン」の目にとまったので、彼はただちにすべてを見ぬいて心にとめました。
「彼はただちにすべてを見ぬいて心にとめました。」というこの表現も作者が意図するところがあってわざわざ書いたものですね、
何より気にさわったのは「スメルジャコフ」の眼差しで、敵意を露骨に見せ、無愛想で、傲慢でさえあり、まるで『どうしてうろうろやってくるんだ、万事あのときに話をつけたじゃないか、それなのに何しに来たんだ?』とでも言わぬばかりでした。
「イワン」はかろうじて自分を抑えました。

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