「お前のところは暑いな」
まだ立ったままで彼は言い、外套のボタンをはずしました。
「お脱ぎなさいまし」
「スメルジャコフ」が許可を与えました。
「スメルジャコフ」は精神的には「イワン」より上位に立ちたいのでしょう、今後も微妙なところで言動にそれがあらわれてきます。
「イワン」は外套を脱いで、腰掛けに放ると、ふるえる両手で椅子をつかみ、手早くテーブルを引きよせて、坐りました。
いつものことながらこれは具体的にどういう状態なのか私にはわかりません。
「スメルジャコフ」は彼より先にいち早く自分の腰掛けに坐っていました。
「まず第一に、ここは俺たちだけだろうな?」
「イワン」は気負いたったきびしい口調でたずねました。
「向うにはきこえないな?」
「だれにも何一つきこえませんですよ。ごらんのとおり、玄関が間にありますからね」
「おい、この前、俺が病院から帰ろうとしたとき、もしお前が癲癇のふりをする名人だってことを俺がしゃべらずにいたら、お前も門のわきでの俺たちの話を予審調査官に全部は申し立てずにおくとかって、妙なことを言ってたな? 全部は(三字の上に傍点)ってのは、どういうことだ? あのとき何を言おうとしたんだ? 俺を脅したつもりなのか、え? 俺がお前とぐるにでもなったというのか、俺がお前をこわがっているとでも思っているのか?」
自分はいっさいの小細工や遠まわしな言い方を軽蔑し、手の内を見せて勝負するのだということを、明らかにわざと相手に知らせるつもりらしく、「イワン」はこの言葉をすっかり怒りに燃えて言い放ちました。
「スメルジャコフ」の目が憎しみをこめてきらりと光り、左目がまばたきしはじめました。
そして彼は、いつもの習慣で控え目な落ちついた態度でこそありましたが、すぐに返事を示しました。
『ざっくばらんにというんなら、それこそ正直にやろうじゃありませんか』と言いたげな態度でした。
「あのときわたしの申しあげたかったことは、つまりそのためにあんなことを口にしたわけですが、あなたが実のお父さまの殺されるのをあらかじめ承知のうえで、見殺しになすったということでございますよ。その結果、世間の人たちがあなたのそんなお気持ちや、そのほかいろいろなことについて、けしからぬことを推論しないようにと思いましてね。あのときお上に申し立てないと約束したのはそのことだったんです」
「スメルジャコフ」は見るからに自分を抑えて、あわてずに話してはいたものの、その声音には何かしっかりした、粘り強い、憎憎しげな、不遜に挑むようなひびきさえききとれました。
彼はふてぶてしく「イワン」を見つめましたので、「イワン」は最初の瞬間、目がちらちらしたほどでした。
「なに? 何だと? お前は、正気なのか、え?」
「完全に正気ですとも」
「俺があのとき、殺しのことを知っていた(五字の上に傍点)とでもいうのか?」
ついに「イワン」はどなりつけ、力いっぱい拳でテーブルを殴りつけました。
「『そのほかいろいろなこと』とは、どういう意味だ? 言ってみろ、卑劣漢め!」
「スメルジャコフ」は何も言わずに、相変わらず不遜な眼差しでじろじろと「イワン」を眺めつづけていました。
「言ってみろその臭い(スメルジャーシチヤヤ)悪党め、『そのほかいろいろなこと』とは何なんだ?」
「わたしがいま『そのほかいろいろなこと』と申しあげたのは、たぶんあなたご自身もあのときお父さまの死を望んでおられたはずだ、という意味でございますよ」

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