2019年2月6日水曜日

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「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・よろしいですか、陪審員のみなさん、犯行当夜、フョードルの屋敷にいたのは、というより、さまざまな時間に居合せたのは、五人であります。まず第一に当のフョードルですが、彼は自殺したわけではない。これは明らかです。第二に召使のグリゴーリイ、しかし彼自身も危うく殺されそうになっております。第三がグリゴーリイの妻である女中のマルファ、だが彼女を主人殺しの犯人と想像するのは、それだけで恥ずかしいことです。となると、残るのは二人、被告とスメルジャコフということになる。しかし、殺したのは自分ではないと被告が言い張っている以上、犯人は当然スメルジャコフということになってしまう。それ以外に道はないのです。なぜなら、ほかにはだれも見いだせず、ほかに犯人のあげようがないからです。ここです。つまりこれが、ゆうべ自殺した不幸な白痴に対する《老獪な》、とてつもない有罪説の源にほかなりません! ほかにだれ一人あげようがないという、それだけの理由にすぎないのです! せめてだれかほかの人物に、だれか六人目の人物に、疑惑の影なりとあれば、当の被告でさえ、スメルジャコフを名ざすことを恥じて、六人目の人間をあげたにちがいないと、わたしは確信しております。なぜなら、この殺人事件でスメルジャコフに容疑をかけるのは、まったくの不合理だからであります。みなさん、心理学はやめにします。医学もやめましょう。論理そのものもやめて、事実だけを、単に事実だけを取り上げ、事実が何を語るかを検討してみます。スメルジャコフが殺したとすれば、どうやってでしょうか? 彼一人でか、それとも被告と共謀してでしょうか? まず最初の場合、すなわちスメルジャコフの単独犯行である場合を検討してみましょう。もちろん殺すからには、何らかの理由が、何らかの利益があるはずです。しかし、被告がいだいていたような殺人の動機、つまり憎悪や嫉妬などを影ほども持っていないところから、スメルジャコフが殺しうるとすればもっぱら金目当て、すなわち主人が封筒に入れるところを自分の目でたしかに見とどけた例の三千ルーブルを、わがものにするためということになる。ところが殺人を企てると、彼はあらかじめ別の人物、それもこのうえなく利害のからんでいる人物である被告に、金だの合図だのに関して、封筒がどこにあるか、封筒に何と上書きしてあるか、何でゆわえてあるか、などといういっさいの事実を教え、何よりふしぎなことに、主人の部屋に入ることのできる例の《合図》を通報しているのです。これはどういうことでしょう、自分を売るためにこんな真似をしたのでしょうか? それとも、やはり忍び入って封筒を取ることを望んでいそうな競争相手を見つけるためでしょうか? そう、彼は恐怖のあまり教えたのだ、と言う人がいるかもしれない。だが、どうしてそんなことがあるでしょう? こんな不敵な残忍な犯行をためらうことなく思い立って実行した人間が、世界じゅうで自分一人しか知らぬ、そして自分さえ黙っていれば、世界じゅうのだれ一人決して感づかぬような情報を、教えてしまうなんて。そんなはずはない、たとえその男がどんなに臆病であろうと、これほどの犯行を企てた以上、もはやどんなことがあっても、少なくとも封筒や合図のことだけはだれにも言うはずがありません、なぜならそれは何よりも先に自分を売ることになるからです。たって情報を求められたとしても、わざとほかのことをでっちあげて、嘘をつき、このことは黙っていたはずです! くりかえして言いますが、むしろ反対に、せめて金のことだけでも黙っていて、あとで殺してその金を着服すれば、世界じゅうのだれ一人として、少なくとも金目当ての殺人という容疑を彼にかけることはできないでしょう。なぜなら、そんな金など、彼以外のだれも見ていないのだし、そんな金が屋敷に存在することもだれ一人知らなかったからです。たとえ嫌疑をかけられたとしても、必ず何かほかの動機から殺したと見なされるはずであります。ところが事前にはだれも彼にそんな動機を認めていなかったし、むしろ反対に、彼が主人のお気に入りで、主人の信用を得ていたことはだれもが知っていたわけですから、彼に嫌疑が及ぶのはもちろんいちばん最後であり、真っ先に疑われるのは、そうした動機を持っていた人間、俺には動機があるとみずからわめきちらしていた人間、動機を隠そうともせず、みんなに吹聴していた人間、つまり一口に言うなら、被害者の息子ドミートリイが疑われるにちがいないのです。スメルジャコフが殺して金を取ったのに、息子が罪をかぶる-この方がもちろん犯人のスメルジャコフにとっては有利なはずではないでしょうか? ところがスメルジャコフは、殺人を企てたあと、まさにその息子ドミートリイに、金や、封筒や、合図のことを前もって教えているのです-なんと論理的で、明快な話でしょうか!・・・・」

ここで一旦会話を切ります。


「イッポリート」は巷に流布している「スメルジャコフ有罪説」は、「ドミートリイ」の発言を信用することに基づいた単純な消去法での犯人探しを根拠としています、仮に「スメルジャコフ単独犯説」をとるならば、動機は金銭しか考えられず、そうだとすれば「フョードル」の情報を同じく金目当ての「ドミートリイ」に教えるはずはないので、その説は成り立たないとしています、それでは二人の共犯についてはどうでしょうか。


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