2019年2月12日火曜日

1048

ここで「イッポリート」は、「ミーチャ」の支度の詳細な光景や、「ペルホーチン」の家だの、食料品店だの、馭者たちを相手にしたときだのの情景をくりひろげてみせました。

彼は、すべて証人の裏付けのあるおびただしい数の言葉や、言いまわしや、しぐさなどを引用してみせたので、その光景は傍聴人の確信におそろしく影響しました。

何より、それらの事実の総和が影響を与えました。

狂おしいばかりに混乱し、もはや自己を大切にしようともせぬこの男の有罪性が、消しがたい強さで浮彫りにされました。

「もはや彼にしてみれば、自分を大切にする必要などなかったのです」

「イッポリート」は言いました。

「二、三度彼はすんでのところですっかり自白しそうになり、匂わせかけたのですが、最後までは言いきらなかったのです。(ここで証人たちの供述が紹介された)途中で馭者に『おい、お前が運んでいるのは人殺しなんだぞ!』と叫びさえしたのですが、やはり最後まで言いきることはできませんでした。まず、モークロエ村について、そこでこの叙事詩に終止符を打つことが必要だったからです。だが、この不幸な男を待ち受けていたものは、いったい何だったでしょうか? ほかでもない、モークロエに着いてほとんど最初の数分間で彼は、《まぎれもない》ライバルが、ひょっとすると、まぎれもないなどと言えるほどの男ではないかもしれぬことや、新しい幸福への祝辞や祝杯など、だれも望んでいないし、受けてもくれないことに気づき、最後にははっきりと理解したのです。しかし、陪審員のみなさん、みなさんはすでに予審によって、事実をご存じです。ライバルに対するカラマーゾフの勝利は、争う余地のないものであることがわかりました。そして、そのとたん、そう、そのとたん彼の魂の中にもはやまったく新しい局面が生じたのです。それはこの魂がこれまでに経験し、この先いつか経験するに違いないあらゆる局面のうちで、もっとも恐ろしいものとさえ言えるのです! 陪審員のみなさん、はっきり認めることができます」

「イッポリート」は叫びました。

「損われた本性と、罪を犯した心とが、いかなる地上の裁判よりも完全に、みずから復讐したのでした! そればかりではなく、地上の裁判と刑罰は本性の刑罰をむしろ軽くするものであり、そのような瞬間の犯罪者の心にとって、絶望からの救いとして必要でさえあるのです。なぜなら、彼女が愛してくれており、彼のために《まぎれもない以前の男》を振って、彼《ミーチャ》を面目一新した生活へいざない、幸福を約束してくれていることを知ったときの、カラマーゾフの恐怖と精神的苦悩を、わたしは想像することさえできないからです。しかも、それがどういうときだったか? 彼にとってもはやすべてが終り、もはや何一つ不可能になった矢先ではありませんか! ついでながら、このときの被告の状態の真の本質を説明するために、きわめて重要な指摘を一つしておきます。この女性は、彼の恋人は、最後の瞬間まで、逮捕されるその瞬間まで、彼にとっては手の届かぬ存在だったのであり、熱烈に求めながらついに手を触れることのできぬ存在だったのであります。それにしても、いったいなぜ彼はあのとき、自殺しなかったのでしょうか、なぜいったん決めた意図をわきへ押しやり、ピストルの置き場所さえ忘れてしまったのでしょう? まさしく、情熱的な愛の渇望と、その渇望をその場ですぐに充たせるという期待とが、彼を引きとめたのであります。酒宴に理性も麻痺し、彼はいっしょに杯を干してくれる、かつてないほど美しく魅力的な恋人にへばりついて、そばを離れようともせず、彼女に見とれ、今にも消えてしまわんばかりの風情でした。この情熱的な渇望が、一瞬の間、逮捕の恐怖だけではなく、良心の呵責そのものまで、踏みつぶしたにちがいないのです! それは一瞬の間、そう、ほんの一瞬の間だけのことでした!・・・・」

ここで切ります。


モークロエに着いたときの「ドミートリイ」は「グルーシェニカ」と《まぎれもない以前の男》との門出を祝福するために最後のどんちゃん騒ぎをもくろみ、そのあとで自分は自殺しようと考えていましたが、事情が急変しました、「グルーシェニカ」がその男を振って自分を選んだのですから、彼としては地獄から天国です、しかし、自分は「グリーゴーリイ」を殴ったのであり、その経過によってはもしかすると殺人者になるかもしれないと思い、再び天国の状態から突き落とされたのです、しかし、「グリーゴーリイ」の怪我が大したことがなければ、わずかではありますが希望は見えるのであり、最悪の場合は地獄のどん底ということなのです、このような精神状態が上下から引き裂かれるような「ドミートリイ」のこの時の苦しい気持ちを「イッポリート」は上手に表現していると思います、彼は「地上の裁判と刑罰は本性の刑罰をむしろ軽くするものであり、そのような瞬間の犯罪者の心にとって、絶望からの救いとして必要でさえあるのです」と言っていますがこれは神の存在を信じ、人間の良心に絶対的な信頼を置いている人の発言であると思います。


2019年2月11日月曜日

1047

九 全速力の心理分析。ひた走るトロイカ。論告の結語

論告のこの個所までくると、明らかに「イッポリート」は、あらゆる神経質な弁論家が、性急な熱中を抑えるために、厳格に設けられた枠をことさら求めて好んで用いる、厳密に歴史的な叙述法を選んだらしく、《まぎれもない以前の男》のことを特にくわしく説明し、この問題に関していくつか、それぞれの興味深い考えを述べました。

ここからの論告のモークロエでの《まぎれもない以前の男》に関する部分は、「イッポリート」が「性急な熱中を抑えるために」自分を抑える枠を意識しつつ描写しているとのことでしょうか、「厳密に歴史的な叙述法」がよくわかりません。

「だれに対しても気違いじみた嫉妬を燃やしていたドミートリイ・カラマーゾフが、この《まぎれもない以前の男》を前にして、突然いっぺんにしゅんとなって、姿を消そうとしたのです。思いがけないライバルという形でいずれ現われるはずの、この新しい危険に、それまで彼がほとんどまったく注意を払っていなかっただけに、これはいっそう奇妙なことであります。しかし彼は常に、それはもっとずっと先の話であり、このカラマーゾフは現在の瞬間だけに生きるのだ、と考えていたのでした。おそらく彼はそれを作り話とさえ見なしていたにちがいありません。ところが、あの女性がこの新しいライバルのことを隠していたのも、先ほど彼女が自分を騙したのも、つまりはふたたび舞い戻ってきたこのライバルが彼女にとって空想でも作り話でもなく、人生における希望のすべてであるためかもしれぬことを、病める心で一瞬のうちにさとり、一瞬のうちに理解するや、彼はとたんにおとなしくなったのであります。陪審員のみなさん、わたしは被告の心にあらわれたこの思いがけない一面を、語らずにすごすことはできません。被告は絶対にそんな一面を示しえぬ人間であるような気がしていたのに、真実と、女性への尊敬と、彼女の心の権利の承認との、やみがたい欲求がふいに生れたのです。それも、彼女のために自分の手を父親の血で染めた、その瞬間にでありました! 流された血がもはやこの瞬間に復讐を叫びはじめたことも事実です。なぜなら、自分の魂と地上の運命とを滅ぼした彼は、その瞬間、思わずこう感じ、自分に問いかけたにちがいないからです。『あの《まぎれもない以前の男》、すっかり後悔して、かつて自分が破滅させた女のもとへ、新しい愛と誠実な結婚の申し込みとをたずさえ、生れ変った幸福な人生への約束を持って帰ってきた男にくらべて、俺はいったいどんな意味を持っているんだ? 自分の魂よりも愛する存在である彼女にとって、いまさら(四字の上に傍点)俺がどんな意味を持ちうるというのだ? 不幸なこの俺がいまさら(四字の上に傍点)彼女に何を与え、何を提供できるのか?』カラマーゾフはそれを理解したのです。自分の犯罪があらゆる道を閉ざし、自分はこれから生きてゆくべき人間ではなく、刑を宣告された犯罪者にすぎぬことを、彼はさとったのでした!  この思いが彼を圧しつぶし、打ちのめしたのです。そしてすぐさま、カラマーゾフの性格からすれば、この恐ろしい状態からの唯一絶対の逃れ道と思われざるをえない、狂おしい一つの計画にとびつくのです。その逃れ道とは、自殺であります。彼は官吏ペルホーチンに担保として預けたピストルを請けだしに走り、同時にその途中、走りながら、たった今そのために自分の手を父親の血で汚した金を全部、ポケットからつかみだすのです。そう、金こそ今や何よりも必要なものでした。カラマーゾフは死ぬんだ、ピストル自殺をするんだ、あとあとまでそれをおぼえていてもらわなければ! 被告が詩人であったのも当然です。蝋燭を両端から燃すように生命を燃焼させたのも、むりはありません。『彼女のところへ、彼女のところへ行こう。そしてあそこで、世界じゅうに鳴りひびくような、酒宴を開くんだ。末永く人々の記憶に残り、語りぐさになるような、いまだかつてないくらい豪勢な酒宴を。派手な喚声や、狂おしいジプシーの歌声や踊りのただなかで、酒杯をあげ、尊敬する女性の新しい幸福を祝うのだ。それから、その場で、彼女の足もとで、この頭を射ち砕き、わが生命を処刑しよう! いつの日か彼女がミーチャ・カラマーゾフを思いだし、どんなにミーチャが彼女を愛していたかを知り、ミーチャを不憫に思ってくれるにちがいない!』絵のような美しさや、ロマンチックな熱狂、カラマーゾフ一流の野生的な奔放さと感受性などが、ここにはおびただしく氾濫しています。だが、陪審員のみなさん、そのほかにさらに何かがあるのです。魂の中で絶叫し、たえず理性をたたいて、死ぬほど心を苦しめている、何かがあるのです-それは良心であります。陪審員のみなさん、良心の裁きであり、恐ろしい良心の呵責であります! しかし、ピストルがすべてを鎮めてくれる、ピストルこそ唯一の逃れ道であり、ほかに道はない、だがその先は-その瞬間カラマーゾフが『その先には何があるか(十字の上に傍点)』と考えたかどうか、またカラマーゾフがハムレット的に、その先に何があるかを考えたりできるのかどうか、わたしにはわかりません。そう、陪審員のみなさん、ハムレットはあちらの話で、わが国では今のところまだカラマーゾフなのであります」


「被告が詩人であったのも当然です」と言う「イッポリート」も言葉によって聴衆を感動させるという意味で相当な詩人だと思います。


2019年2月10日日曜日

1046

「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・わたしがこんなことを申しあげるのは、わたしの考えによればきわめて特徴的な一つの状況に注目していただくためです。かりにこれが場数を踏んだ殺人者であり、盗みだけを目的とした殺人者であるなら、はたしてこの封筒を床の上に、死体のわきで発見されたような状態で置きすててゆくでありましょうか? たとえば、かりにスメルジャコフが金目当てに殺したとするなら、彼は被害者の死体の上で封を切るような手間をかけずに、あっさり封筒ごと持ち去ったでありましょう。彼は封筒の中に金が入っていることをたしかに知っていました。なぜなら、彼の見ている前で金を封筒に入れ、封をしたからです。ですから、彼が袋ごとそっくり持ち去ってしまえば、盗みが行われたかどうか、わからずに終るはずなのです。陪審員のみなさん、わたしはみなさんにおたずねしたい、スメルジャコフがそんな振舞いをするでしょうか、わざわざ封筒を床の上に置きすててゆくでしょうか? そんなはずはありません。まさしくこんな振舞いをするにちがいないのは半狂乱になってもはや判断もろくにできなくなった殺人者であります。泥棒ではないし、これまで一度として何一つ盗んだこともなければ、今寝床の下から金を奪ったのも泥棒として盗んだわけではなく、むしろ泥棒に盗まれた自分の品を取り返したつもりでいる殺人者なのであります。なぜなら、この三千ルーブルに関して、もはや偏執狂にまで立ちいたっていた、ドミートリイ・カラマーゾフの考えは、まさしくこういうものだったからです。さて、それまで一度も見たことがなかった封筒をひっつかむと、彼は本当に金が入っているかどうかを確かめるために、封筒を引き裂き、それから金をポケットに突っこんで逃げたのですが、引き裂いた封筒という、自分に対する重大な告発状を床に置きすてたことさえ、考えるのを忘れてしまったのでした。すべては、スメルジャコフではなく、ドミートリイ・カラマーゾフだったからであり、彼はそんなことなど考えも、思いめぐらしもしなかったのです。それに、どうしてそんな余裕がありましょうか! 彼は逃げる途中、追いかけてくる召使の叫び声を耳にします。召使は彼に組みつき、引きとめようとしたのですが、銅の杵で一撃されて倒れます。被告は憐れみからそのそばへとびおりたのです。どうでしょう、被告はここで突然、あのときとびおりたのは、なんとか召使を助けられぬものかとしらべてみるためで、憐れみと同情の気持からだと、われわれに言い張るのです。だが、そんな同情を示しているような場合だったでしょうか? とんでもない、彼がとびおりたのはまさしく、犯行の唯一の目撃者が生きているかどうかを見とどけるためにほかなりません。それ以外のどんな感情も、どんな動機も、不自然でありましょう! 注目すべきことに、被告はグリゴーリイを介抱し、額をハンカチでぬぐってやりはしたものの、相手が死んでいると確信するや、呆然となって全身血まみれのまま、ふたたび恋人の家へ駆け戻ったのです。自分が血まみれであり、すぐに疑いがかかるにちがいないことを、どうして考えなかったのでしょうか? だが、被告自身、血まみれだったことなど注意も払わなかったと主張しております。これは認めても差支えありますまい。これは大いにありうることで、こんな瞬間には常に犯人にありがちのことだからです。一方では悪魔のような計算を働かせ、もう一方では思慮が欠けているのです。だが、その瞬間に彼が考えていたのは、彼女(二字の上に傍点)がどこにいるかということだけでした。被告は一刻も早く彼女の居場所を突きとめなければならなかった。こうして彼は彼女の住居に駆け戻り、彼女が《まぎれもない以前の男》によばれてモークロエに行ったという、思いもかけぬ、おどろくべき知らせをきいたのであります!」


まさに「イッポリート」の主張は、「スメルジャコフ」が善良であり、「ドミートリイ」が半狂乱の嘘つきだという思い込みを前提とした推測だと思います、床に落ちていた「封筒」については、「スメルジャコフ」が自分に疑いがかかるのを避け、半狂乱者の仕業と見せかけるためにそうしたのであるという可能性も考えられるのですが、全く触れていませんし、「グリゴーリイ」を介抱したのも死んだかどうかの確認のためであって、同情して助けようとしたという「ドミートリイ」の主張など無視しています。


2019年2月9日土曜日

1045

「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・ところで、先ほど当法廷に三千ルーブルの金が提出されました。『証拠物件ののったテーブルにある、その封筒に入っていた金で、ゆうべスメルジャコフから預かった』という三千ルーブルです。しかし、陪審員のみなさん、みなさんも先ほどの悲しい光景はご記憶のことでしょう。わたしはその詳細を蒸し返すつもりはありませんが、それでも、きわめて些細な事実から選んで二、三の検討を加えたいと思います。なぜなら、それらは取るに足らぬ事実であるだけに、だれもが思いうかべるとは限らず、忘れ去られてしまうからであります。まず第一に、くどいようですが、スメルジャコフは良心の呵責から、ゆうべ金を返して、首をくくりました(良心の呵責がなかったら、金を返したりしなかったはずです)。そして、イワン・カラマーゾフ氏自身が供述しているように、やっと昨夜になってはじめてイワン・カラマーゾフ氏に自分の犯行を打ち明けたのであります。さもなければ、同氏が今まで黙っているはずがないではありませんか? というわけで彼は自白をした。しかし、再度くりかえしますが、それならなぜ、明日が無実の被告にとって恐ろしい公判であることを知りながら、遺書の中ですべての真実を告白しなかったのでしょうか? 金だけでは証拠になりません。たとえばわたしも、さらに当法廷におられるあと二人の人物も、もう一週間も前に、まったくの偶然から、イワン・カラマーゾフ氏がそれぞれ額面五千ルーブルの五分利付債権を二枚、しめて一万ルーブル分の債権を県庁所在地の町へ、現金に換えるために送ったという事実を知っております。わたしがこんなことを申しあげるのも、金なんてものが一定の期限までにはだれにでも作りうるものであり、三千ルーブルを提出したからといって、それが問題の金で、問題の引出しなり封筒なりにあった金にちがいないという証拠にはならぬからであります。最後に、イワン・カラマーゾフ氏は昨夜これほど重大な情報を真犯人から得たのに、落ちつきはらっていたのです。なぜ、すぐにそれを届けないのでしょうか? なぜ朝まで延ばしていたのでしょう? わたしはその理由を推測する資格があると考えます。すでに一週間ほど前から健康を害して、幻覚を見たり、もう死んだはずの人に出会ったりすることを、医師や親しい人々にみずから打ち明け、本日あのように見舞われた譫妄症の一歩手前まできていた同氏は、突然スメルジャコフの死を知って、にわかに次のような判断を下したにちがいありません。『相手は死んじまったんだから、あいつのせいにしてもかまうまい。兄を救おう。金は俺の手もとにあるから、札束を持って行って、スメルジャコフから死の直前に預かったと言うんだ』そんなやり方は汚いと、あなた方はおっしゃるかもしれない。たとえ相手が死人であれ、また兄を救うためにせよ、嘘をつくのは汚い、と。しかし、もし彼が無意識に嘘をついたとしたら、どうでしょう。召使の急死の報で決定的に理性にショックを受け、実際にそうだったと本人が思っていたとしたら、どうでしょうか? みなさんは先ほどの光景をごらんになった。あの青年がどんな状態にあったか、ごらんになったはずです。彼はちゃんと立って、話はしていましたが、はたして正気だったでしょうか? あの譫妄症患者の先ほどの証言につづいて、被告がカテリーナ・ヴェルホフツェワ嬢にあてて犯行の二日前に書いた、あらかじめ犯行の詳細な計画の記してある手紙が、あの証拠文書が提出されました。となれば、どうしていまさら犯行計画やその作成者を探すことがあるでしょうか? その計画どおり正確に遂行されたのであり、それを実行したのは計画の作成者以外にはないのです。そう、陪審員のみなさん、《書かれてあるとおりに実行された》のであります! だから決して被告は父親の窓の下から、おじけづいて、うやうやしく、しかも恋人が現在そこにいることを固く信じながら、逃げ帰ったわけではありません。そう、それはいかにもばかげており、見えすいています。彼は部屋に入って行き、仕事を片づけたのです。おそらく彼は憎むべきライバルの姿を見たとたん、かっとなり、憎悪に燃えて殺したのでしょう。しかし、たぶん銅の杵を握った手の一振りで、一撃のもとにやってのけたのでしょうが、殺害したあと、今度は念入りな探索の末に彼女が来ていないと確信したものの、それでも枕の下に手を突っこんで、金の入った封筒を取りだすことを忘れなかったのです。引き裂かれたその封筒は現在、証拠物件ののっているそのテーブルの上にあります。・・・・」

ここで切ります。

「イワン」が法廷に提出した「スメルジャコフ」が着服していたという三千ルーブルについて、「イッポリート」の反証は、①提出した「イワン」が譫妄症であること、②昨夜「スメルジャコフ」が自白したのにすぐに届けなかったこと、です、私も「イワン」がすぐにその事実を届けていれば「ドミートリイ」を救えたのではないかと思います、ここで「イッポリート」は妙なことを言っています、「イワン」がすぐにその重大な情報を伝えなかったのは、彼が病気であったからであり、彼が嘘をついたのは、譫妄症でありながら「スメルジャコフ」の死に決定的に理性にショックを受け、無意識に嘘をついたのではないかと言うのです、これは相当の無理がある解釈だと思いますが、もしかして「イッポリート」は偽証した「イワン」の罪を救おうと考えていたのかもしれません、しかし、「イッポリート」はそのあとに続く「ドミートリイ」の殺害の場面を「おそらく彼は憎むべきライバルの姿を見たとたん、かっとなり、憎悪に燃えて殺したのでしょう」と言っていますが、「犯行計画書」の「手紙」の存在を重視する立場からは矛盾すると思いますが。

要するに「ドミートリイ犯行説」の根拠はいろいろありますが、私は次の三つが重大な理由と思います、それは①「ドミートリイ」の行状、②「手紙」、③「イワン」の届けの遅れ、です。

私は、③「イワン」の届けの遅れについて、たいへん残忍に思います、その時のことは(977)に書かれています、「イワン」は「わが家に帰りつくと、彼は突然、唐突な疑問をいだいて立ちどまりました。」そして『今すぐ、これから検事のところへ行って、すべてを申し立てる必要はないだろうか?』と思ったのです、病気であってもこれを実行できなかったのでしょうか、すぐに彼はこの疑問を解決しました、つまり『明日、全部ひとまとめにしよう!』ということです、この判断が間違いなのです。


確認のために記しますが、(968)で「スメルジャコフ」ははっきりと「あなたといっしょにやっただけです。あなたといっしょに殺したんですよ。ドミートリイさまは本当に無実なんです」と言っています、また(969)で「もちろん、仮病ですとも。何もかも芝居ですよ。階段をいちばん下までおりて、静かに横になったんです。そして横になるなり、大声でわめきだしたんですよ。担ぎだされる間、もがきまわっていました」とも言っています、そして、三千ルーブルについて(976)で「イワン」が「明日、法廷でこれを見せてやるさ」と言ったときに、「スメルジャコフ」は「だれも信じやしませんよ。幸い、今ではあなたにはご自分のお金がたくさんおありだから、手文庫から出して、持ってきたとしか思わないでしょうね」とも言っていますが、だいたいそのとおりになっていますね。


2019年2月8日金曜日

1044

「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・『それなら』と鋭い人たちは言うでしょう。『二人が共謀していたとしたら? 二人でいっしょに殺して、金を山分けしたのだったら、そのときはどうなる?』そう、たしかに、この疑惑は重大であり、だいいち、それを裏付ける多くの証拠がすぐに見つかります。一人が殺して、いっさいの仕事を引き受け、もう一人の内通者のほうは癲癇のふりをして横になっている-それももっぱら、みんなの心にあらかじめ疑念をいだかせ、主人やグリゴーリイに不安をいだかせるためだけにです。興味深いことに、いったいどんな動機からこの二人の共犯者は、こんな気違いじみた計画を考えだすことができたのでしょうか? だが、ことによると、スメルジャコフにすれば、まったく積極的な共犯ではなく、いわば受身の、受難的な共犯だったかもしれません。ひっとすると、スメルジャコフは脅迫されて、殺人に反対しないことだけを同意し、叫びも抵抗もせずにみすみす主人を殺させたとあとで非難されるのを予感して、あらかじめドミートリイから、その間ずっと癲癇のふりをして寝ている許可をとりつけたのかもしれません。『あんたは勝手に殺しなさい、わたしは何も知りませんから』というわけです。しかし、かりにそうだとしても、やはり癲癇の発作は屋敷じゅうに騒動をひき起すにちがいないのですから、それを予想すれば、ドミートリイがそんな取決めに同意するはずは決してありえないのです。ですが譲歩して、彼が同意したことにしましょう。それでもやはり、ドミートリイ・カラマーゾフが殺人犯、それも直接の下手人で首謀者であり、スメルジャコフは受動的な共犯者にすぎない、いや、共犯者でさえなく、恐怖のあまり意に反して黙認していたにすぎないことになりますし、法廷もそれは必ず見分けられるはずです。ところが実際にはどうでしょうか? 被告は逮捕されるやいなや、とたんにいっさいをスメルジャコフ一人にかぶせ、彼一人(三字の上の傍点)に罪を着せようとしたのであります。共犯の罪どころか、彼一人に罪をかぶせようとしたのです。あいつがこれをやったのだ、あいつが殺して金を奪ったのだ、あいつの仕業なんだ、と被告は言ったのです。とたんにお互いに罪をなすりつけ合う共犯者などあるでしょうか、そんな話はついぞきいたことがありません。しかも注意すべきことに、ドミートリイにとってもたいへんな危険をおかすことになるのです。主犯は彼であり、スメルジャコフは共犯でなく、ただ黙認して、衝立のかげでずっと寝ていただけというのに、その寝ていた男に罪をかぶせようというわけです。なにしろ、寝ていた男にしても腹を立てて、自衛のためだけからも急いで真相を告白しかねないからです。二人とも事件に加わったけれど、わたしは殺しはやっていません、恐ろしさのあまり見て見ぬふりをしていただけです。彼はこう言うでしょう。なぜならスメルジャコフとて、裁判所がすぐに自分の罪の程度を見分けるにちがいないことを理解するはずですし、とすれば、たとえ罰せられるにしても、彼にすべてをかぶせようとしている殺人の主犯より、比較にならぬほど軽い刑ですむくらいの計算はつくはずです。しかし、そうだとしたら、不本意ながらでも自供したことでしょう。ところが、そういうことはなかった。被告が断固として彼を告発し、終始彼を殺人の単独犯として指摘しつづけたにもかかわらず、スメルジャコフは共犯のことなぞ、おくびにも出さなかったのであります。それどころか、スメルジャコフは予審で、金の入った封筒や合図のことを被告に教えたのはほかならぬ自分(七字の上の傍点)であり、自分が教えなければ被告は何一つ知らなかったはずだ、と打ち明けています。もし本当に共犯であり、有罪であるとしたら、予審でそんなことを、つまり、それらすべてを被告に教えたのが自分であるなどということを、これほど軽々しく告げるでしょうか? むしろ反対に、しらを切りつづけ、きっと事実をゆがめたり、数少なくしたりするにちがいありません。しかし彼はゆがめも、減らしもしませんでした。こんなふうに振舞えるのは、共犯の容疑をかけられる心配のない、無実の者だけであります。そして彼は癇癪の持病と、突発した惨劇とのため、病的な抑鬱症の発作にかられて、昨夜、首をくくりました。首をくくって、『だれにも罪を着せぬため、自己の意志によってすすんで生命を絶つ』という独特の言葉で書かれた遺書を残したのです。この遺書に、殺したのは自分であり、カラマーゾフではないと、書き加えるくらい何ほどのことがあるでしょう。ところが彼はそれを書き加えなかった。つまり、一方に対しては責任を感ずるほどの良心がありながら、もう一方に対してはそれがないのでありましょうか?・・・・」

ここで切ります。

「スメルジャコフ」の仮病の癲癇は「それももっぱら、みんなの心にあらかじめ疑念をいだかせ、主人やグリゴーリイに不安をいだかせるためだけにです」の意味がわかりませんが、みんなの注意を自分に集めておくためということでしょうか。

「イッポリート」の「共犯説」の反証です、仮に共犯だとしたら、仮病の癲癇でも屋敷じゅうに騒動を起こし犯行をしずらくさせるのでそんなことを計画するはずはない、また「ドミートリイ」は罪を「スメルジャコフ」にかぶせようとしたが、共犯ならばそんなことはしないだろうし、相手が真相を全部話してしまう危険性もあるので共犯ではありえない、また、「スメルジャコフ」は自分が「ドミートリイ」に合図など教えたことを正直に供述していますが、共犯なら自分の罪を軽くするためにそういうことはあまり話さないであろうし、そして、遺書には事実は書かれなかったとことでで「共犯説」はありえないということです、しかし、この反証の部分の言葉の意味は大筋ではだいたいわかるように思いますが私は正確には理解できませんでした。


「とたんにお互いに罪をなすりつけ合う共犯者などあるでしょうか、そんな話はついぞきいたことがありません」という部分もわかりません、一般的にはよくあるのではないでしょうか。


2019年2月7日木曜日

1043

「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・さてスメルジャコフのたくらんだ殺害の当日がやってくる。彼は癲癇の発作という仮病を使って(六字の上に傍点)倒れます。何のためにでしょうか? もちろん、まず第一に、治療を思いたっていた召使のグリゴーリイが、家を番する人間がまったくいないことに気づいて、おそらく治療を延期し、見張り番に立ってくれるためにです。第二はもちろん、当の主人がだれも番をしていないことに気づいて、かねて公言していたとおり息子の来るのをひどく恐れ、不信と警戒を強めてくれるためにです。そして最後に、何より肝心な点ですが、もちろん、発作で倒れた彼、スメルジャコフが、いつもみんなと別に寝起きしている、専用の出入口のある台所から、離れの反対側のはずれにあるグリゴーリイの部屋へ移してもらうためであります。昔から癲癇の発作が起こるとすぐ、主人と親切なマルファとの指図で、グリゴーリイの部屋の、夫婦の寝室から三歩ほどのところにある衝立のかげに寝かされるのが、きまりになっていたからです。そこの衝立の奥に寝ながら、彼はおそらく、なるべく病人らしく見せるために、もちろん呻きはじめる、つまり、夜どおしみんなを起しておこうとしはじめるのです(グリゴーリイとその妻の証言でも、そのとおりでした)。そして、これらすべてが、なんとあとで突然起きだして主人を殺しに行くのに、なるべく都合よくするため、ということになるのであります! しかし、もしかすると、病気の自分に嫌疑がかからぬように仮病を使ったのかもしれないし、金や合図のことを被告に教えたのは、被告が誘惑にのってみずから乗りこみ、殺害するためにちがいない、と言う人もなかにはあるでしょう。しかも、被告が殺人を犯して立ち去り、金を持ち逃げするとなれば、その際におそらく騒々しい物音をたて、証人たちの目をさませるだろうから、そしたらスメルジャコフも起きだして、行ってみるつもりだったのだ、と。しかし、それならいったい何をしに行くのでしょうか? ほかでもない、主人をもう一度殺して、すでに持ち去られた金をあらためて盗みだしに行くことになるのです。みなさん、あなた方は笑っておいでですね? わたし自身もこんな推理をめぐらすのは気がひけます。が、それにもかかわらず、どうですか、まさに被告の主張しているのは、こういうことなのです。自分がグリゴーリイを殴り倒して騒ぎを起してから、もう屋敷を逃げだしたあとになって、スメルジャコフが起きだして、出かけて行き、殺して、金を奪ったのだ、と言っているのであります。いったいどうしてスメルジャコフが事前にそこまですべて計算できたか、すべてを、つまり苛立ち憤った息子がもっぱらうやうやしく窓からのぞくだけの目的で乗りこんで、せっかくの合図を知りながら、獲物をそっくりスメルジャコフに残して退散することを、予見できたのか、などということはもはや申しますまい! みなさん、わたしはまじめに問題を提起します。いったいどこに、スメルジャコフが犯行をやってのける機会があるでしょう? その機会を示していただきたい、なぜならそれなしに彼を有罪にすることはできないからです。『ことによると、癲癇は本物だったかもしれない。病人はふいに意識をとり戻し、叫び声をきいて、出て行ったのだ』と言う人もいるでしょう。それで、どうなったのでしょうか? 様子を見て、よし、行って主人を殺してやろう。と自分に言ったのでしょうか? しかし、どうして彼は屋敷の様子を、屋敷で起ったことを知ったのでしょう? それまで彼は意識不明で寝ていたのではありませんか? しかし、みなさん、空想にも限度があります。・・・・」

一旦切ります。

「治療を思いたっていた召使のグリゴーリイが」とはどういう意味でしょうか、あとの文章を読むと、「治療をしようとしていた」ということですね。

また、「イッポリート」はもって回った言い方ではありますが「スメルジャコフ単独犯説」を否定しています、「スメルジャコフ」が倒れたことによってもたらされた三つのことを述べています、①「グリゴーリイ」を見張番に立たせた、②「フョードル」がより警戒心を持った、③自分の部屋を二人の寝室に移動してもらった、以上によりこれらすべては、「スメルジャコフ単独犯説」を否定する根拠というわけです。

さらにまた「イッポリート」は他に考えられる根拠にも反論しようとします、①病気の自分に嫌疑がかからぬように仮病を使ったのかもしれない、②金や合図のことを被告に教えたのは、被告が誘惑にのってみずから乗りこみ、殺害するためにちがいない→①も②も、お金はすでに被告が持ち去っているのでこれらはありえませんね、しかし①については「スメルジャコフ」が「ドミートリイ」の犯行を確かなことと認識していたならが、ありうることですね。

ここで「スメルジャコフが、いつもみんなと別に寝起きしている、専用の出入口のある台所」とありますが、「スメルジャコフ」の部屋は「台所」だったようですね。

「イッポリート」は「いったいどこに、スメルジャコフが犯行をやってのける機会があるでしょう?」と言い、「それまで彼は意識不明で寝ていたのではありませんか?」と言っていますが、その時「スメルジャコフ」は「聞き耳を立てていた」と自分で言っていました、それは「イワン」との会話しているところですが、(969)に以下のように書きました。

わたしは例の寝床に寝かされました、衝立のかげに寝かされることはちゃんとわかっていたんです。なぜって、わたしが病気になると、マルファはいつも寝る前に自分の部屋のあの衝立のかげに、わたしの寝床を作ってくれてましたからね。あの人はわたしが生れたときからいつもやさしくしてくださっていたんです。わたしは夜中に呻きました、ただ低い声でね。ドミートリイ・フョードロウィチの来るのをずっと待ち受けていたんです」(953)に「グリゴーリイの妻マルファは、イワンの質問に対して、スメルジャコフが夜どおし衝立一つへだてた、《わたしどもの寝床から三歩と離れぬ》ところで寝ていたことや(訳注 前出の個所では隣の小部屋にスメルジャコフが寝かされたことになっていたが、このあと第七章のスメルジャコフの告白から考えても、同じ部屋の衝立の奥に寝かされていたと解釈するほうがよいだろう)、彼女自身ぐっすり眠ってはいたものの、隣で「スメルジャコフ」が呻くのをきいて、何度も目をさましたことを、はっきりと述べました。」とあり、普段「スメルジャコフ」は離れの、「グリゴーリイ」と「マルファ」の部屋に隣合った小部屋で寝起きしているのですね、またこれも(953)に書きましたが、「『小部屋』については、(575)で「病人は離れの、グリゴーリイとマルファの部屋に隣合った小部屋に寝かされました。」、(714)の「癲癇に倒れたスメルジャコフは、隣の小部屋で身動きもせずに寝ていました。」、(781)の「目ざめを促したのは、隣の小部屋に意識不明のまま寝ているスメルジャコフの、恐ろしい癲癇の悲鳴でした。」と「寝ぼけまなこで跳ね起きると、彼女はほとんど夢中でスメルジャコフの小部屋にとんで行きました。」、(782)の「灯をつけて見ると、スメルジャコフはいっこうに発作の鎮まる様子もなく、自分の小部屋でもがいており、目をひきつらせ、唇から泡が流れていました。」、つまり「スメルジャコフ」の寝かされた場所は前に訳注で言われていたとおり作者の間違いですね、ただ訳注には「このあと第七章のスメルジャコフの告白から考えても・・・・」と書かれていますが、このことは「七 二度目のスメルジャコフ訪問」ではなく「八 スメルジャコフとの三度目の、そして最後の対面」で書かれていますね、また、「わたしは夜中に呻きました、ただ低い声でね。」というのは、「ドミートリイ」の来やしないかと聞き耳を立てていたのですね。


以上です。


2019年2月6日水曜日

1042

「イッポリート」の論告の続きです。

「・・・・よろしいですか、陪審員のみなさん、犯行当夜、フョードルの屋敷にいたのは、というより、さまざまな時間に居合せたのは、五人であります。まず第一に当のフョードルですが、彼は自殺したわけではない。これは明らかです。第二に召使のグリゴーリイ、しかし彼自身も危うく殺されそうになっております。第三がグリゴーリイの妻である女中のマルファ、だが彼女を主人殺しの犯人と想像するのは、それだけで恥ずかしいことです。となると、残るのは二人、被告とスメルジャコフということになる。しかし、殺したのは自分ではないと被告が言い張っている以上、犯人は当然スメルジャコフということになってしまう。それ以外に道はないのです。なぜなら、ほかにはだれも見いだせず、ほかに犯人のあげようがないからです。ここです。つまりこれが、ゆうべ自殺した不幸な白痴に対する《老獪な》、とてつもない有罪説の源にほかなりません! ほかにだれ一人あげようがないという、それだけの理由にすぎないのです! せめてだれかほかの人物に、だれか六人目の人物に、疑惑の影なりとあれば、当の被告でさえ、スメルジャコフを名ざすことを恥じて、六人目の人間をあげたにちがいないと、わたしは確信しております。なぜなら、この殺人事件でスメルジャコフに容疑をかけるのは、まったくの不合理だからであります。みなさん、心理学はやめにします。医学もやめましょう。論理そのものもやめて、事実だけを、単に事実だけを取り上げ、事実が何を語るかを検討してみます。スメルジャコフが殺したとすれば、どうやってでしょうか? 彼一人でか、それとも被告と共謀してでしょうか? まず最初の場合、すなわちスメルジャコフの単独犯行である場合を検討してみましょう。もちろん殺すからには、何らかの理由が、何らかの利益があるはずです。しかし、被告がいだいていたような殺人の動機、つまり憎悪や嫉妬などを影ほども持っていないところから、スメルジャコフが殺しうるとすればもっぱら金目当て、すなわち主人が封筒に入れるところを自分の目でたしかに見とどけた例の三千ルーブルを、わがものにするためということになる。ところが殺人を企てると、彼はあらかじめ別の人物、それもこのうえなく利害のからんでいる人物である被告に、金だの合図だのに関して、封筒がどこにあるか、封筒に何と上書きしてあるか、何でゆわえてあるか、などといういっさいの事実を教え、何よりふしぎなことに、主人の部屋に入ることのできる例の《合図》を通報しているのです。これはどういうことでしょう、自分を売るためにこんな真似をしたのでしょうか? それとも、やはり忍び入って封筒を取ることを望んでいそうな競争相手を見つけるためでしょうか? そう、彼は恐怖のあまり教えたのだ、と言う人がいるかもしれない。だが、どうしてそんなことがあるでしょう? こんな不敵な残忍な犯行をためらうことなく思い立って実行した人間が、世界じゅうで自分一人しか知らぬ、そして自分さえ黙っていれば、世界じゅうのだれ一人決して感づかぬような情報を、教えてしまうなんて。そんなはずはない、たとえその男がどんなに臆病であろうと、これほどの犯行を企てた以上、もはやどんなことがあっても、少なくとも封筒や合図のことだけはだれにも言うはずがありません、なぜならそれは何よりも先に自分を売ることになるからです。たって情報を求められたとしても、わざとほかのことをでっちあげて、嘘をつき、このことは黙っていたはずです! くりかえして言いますが、むしろ反対に、せめて金のことだけでも黙っていて、あとで殺してその金を着服すれば、世界じゅうのだれ一人として、少なくとも金目当ての殺人という容疑を彼にかけることはできないでしょう。なぜなら、そんな金など、彼以外のだれも見ていないのだし、そんな金が屋敷に存在することもだれ一人知らなかったからです。たとえ嫌疑をかけられたとしても、必ず何かほかの動機から殺したと見なされるはずであります。ところが事前にはだれも彼にそんな動機を認めていなかったし、むしろ反対に、彼が主人のお気に入りで、主人の信用を得ていたことはだれもが知っていたわけですから、彼に嫌疑が及ぶのはもちろんいちばん最後であり、真っ先に疑われるのは、そうした動機を持っていた人間、俺には動機があるとみずからわめきちらしていた人間、動機を隠そうともせず、みんなに吹聴していた人間、つまり一口に言うなら、被害者の息子ドミートリイが疑われるにちがいないのです。スメルジャコフが殺して金を取ったのに、息子が罪をかぶる-この方がもちろん犯人のスメルジャコフにとっては有利なはずではないでしょうか? ところがスメルジャコフは、殺人を企てたあと、まさにその息子ドミートリイに、金や、封筒や、合図のことを前もって教えているのです-なんと論理的で、明快な話でしょうか!・・・・」

ここで一旦会話を切ります。


「イッポリート」は巷に流布している「スメルジャコフ有罪説」は、「ドミートリイ」の発言を信用することに基づいた単純な消去法での犯人探しを根拠としています、仮に「スメルジャコフ単独犯説」をとるならば、動機は金銭しか考えられず、そうだとすれば「フョードル」の情報を同じく金目当ての「ドミートリイ」に教えるはずはないので、その説は成り立たないとしています、それでは二人の共犯についてはどうでしょうか。