2018年7月14日土曜日

835

証言することに対するこの青年の露骨な嫌悪にもかかわらず、検事は永いことあれこれと質問しましたが、彼からはその夜の「ミーチャ」の、いわば《ロマンス》を構成する出来事の詳細を、逐一ききだしたにすぎませんでした。

「ミーチャ」は一度も「カルガーノフ」の話をさえぎりませんでした。

やっと青年は解放され、憤りを隠そうともせずに出て行きました。

ポーランド人たちも尋問されました。

この二人は例の小部屋で寝ようとしかけたものの、夜どおし寝つけずにいたのですが、官憲の到着とともに、自分たちも必ず召喚されるとさとって、急いで服を着て、身支度をととのえていたのでした。

多少の恐怖がないわけでもないのに、二人とも自意識たっぷりの態度であらわれました。

主立ったほう、つまり小柄なポーランド人は、退職の十二等官で、獣医としてシベリヤに勤務していたことがわかり、苗字は「ムッシャローウィチ」と言いました。

彼は「主立ったほう」なのですが、なぜか今まで名前が出てきませんでしたね、作者の何らかの意図があると思いますが特定できません。

「ヴルブレフスキー」のほうは、開業のダンチスト、つまり歯医者であることがわかりました。

二人とも部屋に入るやいなや、「ネリュードフ」が質問しているにもかかわらず、勝手がわからぬため、横の方に立っている署長の「マカーロフ」を、ここで指揮にあたっているいちばん偉い役人と思いこみ、一言ごとに《大佐殿》とよびながら、もっぱら署長に返事しはじました。

何度かそれをくりかえし、当の「マカーロフ」に注意されたあとで、やっと、「ネリュードフ」にだけ返事せねばならぬことを思いいたりました。

彼らはいくつかの言葉の発音を除けば、ロシア語をきわめて正確に、むしろ流暢すぎるくらいに話せることがわかりました。

「グルーシェニカ」に対する過去と現在の関係について、「ムッシャローウィチ」が傲慢な態度でむきになって弁じ立てようとしかけたため、「ミーチャ」はとたんにわれを忘れ、自分の前で《卑劣漢》にそんな口のきき方はさせておかぬと、どなりつけました。

「ムッシャローウィチ」はすぐに《卑劣漢》という言葉を気にとめ、調書に書きこんでくれるよう頼みました。

「ミーチャ」は怒りにかっとなりました。

「卑劣漢さ、卑劣漢だとも! 記録するがいいさ。それから、調書があろうとなかろうと、やっぱり卑劣漢とどなってやるから、これも記録してもらいましょうか!」


彼は叫びました。


2018年7月13日金曜日

834

昨夜の金額に関して「トリフォン」は、「ドミートリイ」自身が馬車を下りるなり、三千ルーブル持ってきたと公言した旨、ずばりと証言しました。

「いい加減にしろよ、そんな、トリフォン」

「ミーチャ」は反駁しかけました。

「三千ルーブル持ってきたなんて、そんなにはっきり言いきったかよ?」

水掛け論になっていますが、(739)の会話で「なあ、トリフォン、あのときここで俺がばらまいたのは、千ルーブルじゃきかなかったろうが。おぼえてるか?」「派手にお使いになりましたからね、忘れるはずがございませんよ、旦那。たぶん三千ルーブルはここに落としてらしたでしょうよ」「今度もそのつもりで来たんだ、ほら」という部分がありましたが、その時も「ドミートリイ」自身は千ルーブルと控え目に言っていました、かりに三千ルーブル使ったとすると、本人は最初からそういうでしょう。

「おっしゃいましたとも、ドミートリイの旦那。アンドレイのいる前でおっしゃいました。そう、下に当のアンドレイがいますよ、まだ帰らなかったんで。あの男をおよびになってくださいまし。それから、向うの広間でコーラスに大盤振舞いなさったときにも、ここに六千ルーブルおとしていくと、あんなにはっきり叫んでらしたし。つまり、前回の分と合わせてという意味ですよ。ステパンやセミョーンもきいてますし、それにカルガーノフさまもあのとき旦那とならんで立っておいででしたから、たぶんおぼえておられるはずでさ」

六千ルーブルという証言は、異常な印象で尋問側に受けとられました。

この新しい表現が気に入ったのです。

三たす三は六であり、したがってあのときの三千と今回の三千を足せば、全部で六千ということになります。

結果は明らかでした。

「トリフォン」が名前をあげた、ふたりの百姓「ステパン」と「セミョーン」、馭者の「アンドレイ」、「カルガーノフ」が、全部尋問されました。

百姓たちと馭者はためらうことなく、「トリフォン」の証言を裏付けました。

だとすると「カルガーノフ」は何かためらったのですね、これはどういう事情からなんでしょうか。

そのほか、「アンドレイ」の証言から、途中で「ミーチャ」と交わした「このドミートリイ・カラマーゾフはどこへ行くんだろう、天国かな、それとも地獄だろうか。あの世で俺は赦してもらえるだろうか?」という会話も、特に記録されました。

《心理学者》の「イッポリート」検事は微妙な笑みをうかべてこれらすべてをきき、結局、「ドミートリイ・カラマーゾフ」はどこへ行くんだろうというこの証言も、《事件に関連させる》ようすすめました。

召喚された「カルガーノフ」は、気むずかしげな、むら気そうな顔つきでしぶしぶ入ってくると、検事や「ネリュードフ」とは古い知人で毎日顔を合わせている仲だというのに、まるで生れてはじめて会ったような口のきき方をしました。

彼は口を開くなり、「この事件は何一つ知らないし、知りたくもない」と言ってのけました。

これは、自分は「この事件のことは何も知らないし、関わりたくもない」ということでしょうか。

しかし、六千ルーブルという言葉は彼も耳にしたことがわかりましたし、そのとき隣にいたことも認めました。

彼の見たところでは、「ミーチャ」の所持金は「どのくらいだか、わからない」ということでした。

ポーランド人たちがカードでいかさまをやったことに関しては、肯定する証言をしました。

さらに、再度の質問に対して、ポーランド人たちがたたきだされたあと、たしかに「ミーチャ」と「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ」の関係が良くなり、彼女自身も彼を愛していることを告げた、と説明しました。

「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ」については、まるで彼女が最高の上流社会の貴婦人であるかのように、敬意をこめて控え目に語り、一度たりと《グルーシェニカ》と呼びすてるような真似はしませんでした。


さすがに「カルガーノフ」は客観的事実だけを述べ、推測はさけていますね、彼は証言の重要性を認識しており、その証言次第で「ドミートリイ」の人生が左右されることがわかっていますので、自分が見聞きしたことだけを証言しています。


2018年7月12日木曜日

833

八 証人たちの供述。童

証人たちの尋問がはじまりました。

しかし、今までやってきたように、詳細にその話をつづけるのは、もうやめましょう。

したがって、「ネリュードフ」が召喚された証人の一人ひとりに、真実と良心に従って証言せねばならぬとか、後日いずれ宣誓のもとにその証言をくりかえさねばならぬことになるとか、教えさとしたことも省略します。

最後にまた、証人の一人ひとりがその供述書に署名することや、その他いろいろと要求されたことも省いておきます。

一つだけ指摘しておくと、尋問側のいっさいの関心が注がれたもっとも重要な点は、もっぱら例の三千ルーブルの問題、すなわち、最初のとき、つまり一カ月前このモークロエで「ドミートリイ」が最初に豪遊した際に使ったのが、三千ルーブルだったか千五百ルーブルだったか、また昨夜、「ドミートリイ」の二度目の豪遊の際は三千ルーブルだったか千五百ルーブルだったか、という問題でした。

悲しいことに、すべての証言が一つ残らず、「ミーチャ」に不利なものばかりで、有利なものは一つもありませんでした。

また、証言の中には、彼の証言をくつがえすような新しい、ほとんどショックに近いような事実をもたらしたものさえ、いくつかありました。

最初に尋問されたのは、宿の主人「トリフォン」でした。

彼はいささかも恐れる色なく、むしろそれどころか容疑者に対するきびしい、けわしい怒りの顔で尋問者の前にあらわれ、それがまた疑いもなく彼に、きわめて正直そうな、自尊心の強い感じを与えていました。

話も言葉少なく控え目で、質問を待っては、十分考えて正確に答えました。

彼は少しもためらわずにはっきりと、ひと月前の散財が三千ルーブル以下ということはありえないし、ここの百姓たちもみな、三千ルーブルの件は当の《ドミートリイの旦那》からきいたと証言するはずだと、述べました。

「ジプシーの女たちにだけでも、どれだけばらまきなさったか、わかりませんや。あいつらにだけでも、たぶん千ルーブルは越えてまさあ」

「五百ルーブルとやらなかったはずだ」

それに対して「ミーチャ」は、暗い顔で言いました。

「ただあのときは酔っていたし、数えなかったからな、それが残念だよ・・・・」

ここでも「ドミートリイ」は正直ですね。

「ミーチャ」は今回は、カーテンに背を向けて横に坐り、暗い顔できいており、まるで『えい、好きなことを証言するがいい、今となりゃどうせ同じことだ』とでも言いたげな、憂鬱そうな疲れた様子をしていました。

「あいつらには千ルーブル以上流れてますよ、ドミートリイの旦那」

「トリフォン」がしっかりした口調で反駁しました。

「むやみに撒きちらして、女どもが拾ってましたからね。やつらはみんな、盗人で、たかりで、馬泥棒でさ。ここから追い払われましてね。でなけりゃ、たぶんやつらが自分で、旦那からいくら絞りとったか証言したでしょうがね。わたし自身もあのとき、旦那がたいそうな金額を手になすってたのを見ましたよ。べつに数えちゃみませんでしたがね、ざっと見たところの記憶じゃ、千五百ルーブルよりはずっと多かったですね・・・・千五百なんて、とんでもない! わたしらだって何度も大金を見たことがありますから、見当はつきますよ・・・・」


だいたいこの「トリフォン」は始終胡散臭い動きをしています、(784)で、二時間ほど先にモークロエに派遣された分署長の「マヴリーキイ・マヴリーキエウィチ・シメルツォフ」が古い知人である「トリフォン」にだけ、仕事の秘密をある程度打ち明けたからですが、スパイのように回廊の暗がりにいた「ドミートリイ」を探したり、(815)で何のためか戸口にふいにちらと顔をのぞかせてすぐに消えたりしています、しかし彼は(739)で書かれているように、以前にシャンパンを半ダースほども猫ばばしたり、テーブルの下に落ちていた百ルーブル札を拾いあげて自分のものにしたりしているような信用できない人物です、「ドミートリイ」はそのような事実を知っているのですが、口に出しませんね。


2018年7月11日水曜日

832

「みなさん!」

彼は叫びました。

「僕が破滅したことはわかってます。でも、彼女は? 彼女のことを教えてください、おねがいです。彼女も僕の道連れで破滅するんじゃないでしょうね? だって彼女は無実なんだ。ゆうべ彼女が『みんなあたしが悪いんです』なんて叫んだのは、気が動転していたからなんです。彼女には何の、何の罪もありません! 僕はあなた方といっしょにいながら、夜どおし悲しい思いをしていました・・・・これから彼女をどうなさるのか、教えてくれませんか、だめですか?」

「その点ならまったくご安心ください、ドミートリイ・フョードロウィチ」

すぐに検事が、見るからに急きこんだ様子で答えました。

「今のところわれわれとしては、あなたがそれほど心配しておられるご婦人に、たとえ何事にせよ、ご迷惑をおかけするような重大な理由は何ら持ち合わせておりません。事件の今後の段階においても、同じことだろうと期待しています・・・・むしろ反対に、その点ではわれわれとしてできるかぎりのことはいたすつもりですから。十分ご安心ください」

「みなさん、感謝します。何はともあれ、とにかくあなた方が誠実な公平な人であることは、ちゃんとわかっていましたよ。あなた方は心の重荷を取りのけてくれたんです・・・・さ、今度は何をするんです? 僕はもう覚悟してますから」

「そう、少し急ぎませんとね。ただちに証人の尋問に移らねばなりません。これはどうしてもあなたの立会いのもとに行う必要があるんです。というのは・・・・」

あとでわかるのかもしれませんが、この「というのは・・・・」の後は何でしょうか、想像もつきません。

「その前にお茶を飲みませんか?」

「ネリュードフ」がさえぎりました。

「お茶くらい飲んでも罰は当らないでしょう!」

署長の「マカーロフ」はきっと《お茶でも飲みに》行ったにちがいないので、もし階下にお茶の支度ができていれば、一杯ずつ飲んで、そのあと《せっせと続ける》ことに決まりました。

本式のお茶と《軽く一口》やるのは、もっと暇な時間まで延ばすことにしました。

階下では本当にお茶が支度されていましたので、すぐに二階に運ばれました。

最初「ミーチャ」は、「ネリュードフ」が愛想よくすすめてくれたお茶を辞退しましたが、やがて自分から所望し、むさぼるように飲み干しました。

概しておどろくほど疲れきった様子をしていました。

物語の英雄のような彼の体力からみて、どんちゃん騒ぎや、たとえそのあと極度のショックがあったにせよ、一晩くらい何ということはないような気がするのですが、彼は坐っているのがやっとで、ときおりはあらゆるものが目の前で動きだしたり、ぐるぐるまわったりしはじめるのを、自分でも感じていました。

今はもう朝ですので「ドミートリイ」は徹夜したことになりますし、その前の日は金策でいろいろな人に会い、「セッター」をたずねて小旅行し、一酸化炭素事件もあったりしてあまり寝ていないと思いますし、父親が死んだことや、尋問や、なによりも「グルーシェニカ」をめぐって自殺するしないの一転二転の展開もありましたので、肉体的精神的に疲れきっていることでしょう。

『もう少しすると、きっと、うわごとを言いだすぞ』

彼はひそかに思いました。



2018年7月10日火曜日

831

「僕はやめた、もうまっぴらだ。たくさんですよ!」

ついに「ミーチャ」は怒りだしました。

「それにしても、やはりふしぎですね、広場のいったいどの辺にその・・・・お守り袋とやらを棄てたか、すっかり忘れてしまうなんて」

実際にはそういうような時、つまりあることで頭の中がいっぱいである時、自分のしている行為がどういうものであるかも意識しないことがあるかもしれません、作者は「ドミートリイ」が袋をどこに棄てたかもわからないとしているのもそういうことだと思います、しかし、一瞬ならともかく彼はずっと歩いており、棄てたということも意識していますので、どの辺に棄てたかはだいたいわかるのではないでしょうか。

「明日、広場の掃除でも言いつけるんですね、見つかるかもしれませんよ」

この袋が見つかれば、彼の言い分の正当性がある程度は保証されると思いますので、検事はその袋を誰かが処分する前に探すよう指示すべきでしょう。

「ミーチャ」はせせら笑いました。

「もうたくさんだ、みなさん、いい加減にしてくださいよ」

疲れきった声で彼は言いきりました。

「僕にははっきりわかる。あなた方は僕を信じてくれなかったんだ! 何一つ、これっぱかりも! 僕がわるいんだ、あなた方の罪じゃない、なにも口をはさむ必要はなかったんだから。なぜ、どうして僕は自分の秘密を打ち明けたりして、恥をさらしたんだろう! あなた方にとっちゃ、あんなものはお笑いぐさなんだ。目を見りゃわかりますよ。あなたが僕を陥れたんだ、検事さん! なんなら、勝利の歌でもうたうといい・・・・あなたなんぞ、呪われるがいいんだ、拷問者め!」

「ドミートリイ」は「あなた方の罪じゃない」と言っていますが、検事たちの細かい質問の意図について彼はその意味がわかっていないようです。

彼はうなだれ、両手で顔を覆いました。

検事と予審調査官は沈黙していました。

しばらくすると彼は頭を上げ、なにか思考力をなくしたような様子で二人を眺めました。

その顔はもはや取り返しのつかぬほど決定的なものとなった絶望をあらわしていましたし、彼は妙にひっそりと黙りこんで坐り、放心したような感じでした。

それでも用件は片づける必要がありました。

ただちに証人の尋問に移らねばなりませんでした。

もう朝の八時頃でした。

蝋燭はすでにだいぶ前に消されていました。

尋問の間じゅう部屋に入ったり出たりしていた署長の「マカーロフ」と、「カルガーノフ」は、今度は二人とも出て行きました。

検事と予審調査官も極度に疲れきった様子をしていました。

訪れた朝はどんよりしており、空は一面の雲にとざされ、雨がたたきつけるように降っていました。

「ミーチャ」はぼんやり窓を見つめていました。

「ちょっと窓の外を見てもいいですか?」

だしぬけに彼は「ネリュードフ」にだずねました。

「ええ、いくらでも」

相手は答えました。

「ミーチャ」は立ちあがり、窓のところに行きました。

雨は小さな薄緑色の窓ガラスをはげしく打っていました。

雨が降っているなら公園の掃除もないかもしれませんね。

窓のすぐ下にぬかるみの道が見え、その先には雨でいちだんとくろずみ、哀れさを増した、どすぐろい、貧しい、みすぼらしい百姓家が、雨靄の中に並んでいました。

「ミーチャ」は《金色のポイボス》のことや、その最初の光とともにピストル自殺するつもりだったことを思いだしました。

『たぶん、こんな朝のほうがふさわしかったかもしれないな』


彼は苦笑し、突然、片手を上から降りおろして、《拷問者》たちをふりかえりました。


2018年7月9日月曜日

830

「で、どこでその布地を、つまり袋を縫ったぼろ布を手に入れました?」

「からかってるんじゃないでしょうね?」

「とんでもない、こっちはからかうどころじゃないんですよ、ドミートリイ・フョードロウィチ」

「どこでぼろ布を手に入れたか、おぼえてませんね、どこかで拾ったんでしょう」

「なんとかそれを思いだせませんか?」

「ほんとにおぼえてないんですよ、何か下着でも引き裂いたのかもしれませんね」

「ドミートリイ」はひと月前に自分で縫ったのでしたら、おぼえていると思いますが、縫っている間は布に集中するはずですから。

「それは非常に興味深いですな。明日にでもあなたの下宿でその品が見つかるかもしれませんね、もしかしたら、あなたが切れ端を引き裂いたシャツでもね。ぼろ布はどういう布地でした、木綿ですか、麻ですか?」

「布地なんぞ、わかるもんですか。いや、待ってくださいよ・・・・たしか、べつに何も引き裂いたりしなかったはずだな。あれはキャラコでしたね・・・・たしか、下宿のおかみのナイトキャップで縫ったんです」

一応、縫うときに布に集中し、それがキャラコだったことを思い出し、それからの連想で下宿のおかみのナイトキャップだったことを思い出したというふうになっています、たしかに、ナイトキャップであれば引き裂いたりせず、縫うだけで袋になりますね。

「キャラコ」とは、いろいろな定義があるようですが「平織綿織物の一種。キャリコcalicoの俗称。インドで初めて生産され集産地のカリカットCalicutから輸出されたので,この名がある。インド更紗(さらさ)はこのキャラコに捺染(なつせん)したものである。イギリスでは白綿布をキャラコといい,アメリカでは一般の綿布とか捺染した綿布を広義にキャラコと呼んでいる。日本ではイギリスから最初に輸入されたキャラコが漂白品であったので,キャラコすなわち漂白品となっている。」というものもありました、現物を見ないとわかりません。

「下宿のおかみのナイトキャップですって?」

「ええ、おかみのところから、くすねてきたんです」

たとえどんなものでも、くすねるということは良くないことだと思うのですが「ドミートリイ」には、そのような感覚がないのかもしれません、つまり、自分が見てぼろぼろの棄ててもおかしくないようなナイトキャップだからすぬんでもいいと思っているのかもしれません、そして、「下宿のおかみのところから」とは具体的にどこにあったのかも気になります。

「くすねてきたとは?」

「そうだ、たしかにおぼえてます、あのとき、雑巾か、あるいはペン拭きにでもするつもりで、ナイトキャップを一つくすねてきたんです。こっそり失敬したんです。そんなわけで、何の役にも立たぬぼろ布が僕の部屋にころがっていたんですが、そこへたまたまこの千五百ルーブルの件が起ったんで、すぐさま縫いこんだってわけです・・・・たしか、そのぼろ布に縫いこんだはずですよ。千回も洗ったような、古いキャラコのぼろ布でね」

本当でしょうか、自分で雑巾か、あるいはペン拭きにするか目的もはっきりしないぼろ布をわざわざ盗んだりするでしょうか、しかも、千五百ルーブルを縫い込む前からそのぼろ布が部屋の中にあったと言っていますが、そんなことはありえないのではないでしょうか、この辺のところは話に無理があるように思います。

「すると、それはもう、はっきりおぼえているんですね?」

「はっきりかどうか、わかりませんね。たしかナイトキャップでしたよ。しかし、どうだっていいじゃありませんか!」

「すると、下宿のおかみは少なくとも、その品が紛失したことは思いだせるはずですね?」

「いや、全然。気づきもしませんでしたからね。古いぼろ布だと言ったでしょうに。一文の値打ちもない、古いぼろ布ですよ」


「じゃ、針はどこから手に入れたんです、それに糸は?」


2018年7月8日日曜日

829

「人間がどうしてでたらめを言うかは、非常に断定がむずかしいものでしてね、ドミートリイ・フョードロウィチ」

「人間がどうしてでたらめを言うかは」いろいろな場合があって・・・・ということでしょう。

検事が言い含めるように言いました。

「ところで、教えていただきたいんですが、あなたがお守り袋とよんでおられる、頸にかけていたその袋は、大きいものでしたか?」

「いいえ、大きくありません」

「たとえば、どのくらいの大きさです?」

「百ルーブル札を半分に折ったくらいの大きさですね」

「いっそ切れ端でも見せていただくほうがよさそうですね? どこか、身につけておられるんでしょう?」

身体検査を終えていますから、今身につけているなんてことはあまり可能性のあることではないと思いますが。

「え、畜生・・・・なんてばかばかしい・・・・そんなもの、どこにあるか知りませんよ」

いえ、この袋の在り処を問う質問はばかばかしくはありませんね。

「しかし、待ってくださいよ。いったい、いつ、どこで頸からはずしたんです? ご自分で証言なさってるように、家へは寄らなかったんでしょう?」

「フェーニャのところを出て、ペルホーチンの家へ行ったとき、途中で頸から引きちぎって、金をぬいたんです」

(825)でも「ドミートリイ」は「・・・・昨日、フェーニャのところからペルホーチンの家へ行く途中、僕はその袋を頸から引きちぎる決心をした」と言っていました。

「暗闇で?」

「なぜ蝋燭が要るんです? 指で一瞬のうちにやってのけましたよ」

「鋏もなしに、往来でね?」

「たしか広場でだったな。なぜ鋏なんぞ? 古いぼろ布だから、すぐに破れたんです」

「そのあと、どこへ棄てました?」

やっと、その質問がきましたね。

「その場で棄てましたよ」

「その場所は?」

「広場です。とにかく広場でです。広場のどこか、わかるもんですか。そんなことが、なぜ必要なんですか」

必要なのは当たり前のことではないでしょうか、「ドミートリイ」はそんなこともわからないのでしょうか。

「これはきわめて重要なんですよ、ドミートリイ・フョードロウィチ。あなたに有利な物的証拠ですからね。どうしてそれが、おわかりいただけないんでしょうね? で、ひと月前に袋を縫うとき、だれが手伝ってくれたんですか?」

「どうしてそれが、おわかりいただけないんでしょうね?」と言うのは、わたしの疑問と同じです。

「だれにも手伝ってもらいませんよ、自分で縫ったんです」

「あなたは裁縫の心得があるんですか?」


「兵隊は裁縫ができなけりゃいけないんです、それにこの場合、心得もへちまもありゃしませんや」