2018年1月7日日曜日

647

「お前まで迷ったのか?」

突然「パイーシイ神父」は叫びました。

「お前まで不信心者どもといっしょになっているのか?」

嘆かわしげに彼は付け加えました。

「アリョーシャ」は立ちどまり、なにか捉えどころのない目で「パイーシイ神父」を見ましたが、またその目を急いでそらし、地におとしました。

横向きのまま立ち、質問した相手に顔を向けようともしませんでした。

「パイーシイ神父」は注意深く観察しました。

「急いでどこへ行く? 勤行を知らせているではないか」

重ねて神父はだずねましたが、「アリョーシャ」はまた返事をしませんでした。

「それとも僧庵を去るつもりか? 断りもせず、祝福も受けずに?」

「アリョーシャ」はふいにゆがんだ薄笑いをうかべると、そうたずねた神父に-かつての師であり心と知性の支配者であった最愛の長老が、死にのぞんで彼のことを託したほかならぬその人に、奇妙な、実に奇妙な視線を投げ、相変わらず返事をせぬまま、突然、礼儀さえ気にかけぬかのように、片手を振って、僧庵の出口に向かって足早に歩み去っていきまいた。

「また帰ってくることだろう!」

悲しいおどろきをこめて、そのうしろ姿を見守りながら、「パイーシイ神父」はつぶやきました。

二 そんな一瞬

「パイーシイ神父」が、《かわいい坊や》はまた帰ってくると結論したのは、もちろん誤っていなかったし、ことによると、「アリョーシャ」の内心の気持の本当の意味を(完全にではないにせよ、とにかく鋭く)見ぬいてさえいたかもしれませんでした。

作者は「アリョーシャの内心の気持の本当の意味を(完全にではないにせよ、とにかく鋭く)」と書いていますがここではまだ「内心の気持」がどうであったかさえ書かれていません。

にもかかわらず、正直に白状すると、この物語の、まだきわめて若い、そしてわたしの大好きな主人公の人生における、この曖昧な奇妙な一瞬の正確な意味を明確に伝えることは、今のわたし自身にも非常にむずかしそうです。

作者は「この曖昧な奇妙な一瞬の正確な意味」と書いています。

それは、人の心が突然変わる瞬間であり、もしかすると語ることができないのかもしれませんね。

「アリョーシャ」に向けられた「お前まで不信心者どもといっしょなのか?」という、「パイーシイ神父」の悲痛な質問に対して、もちろんわたしは「アリョーシャ」に代って「いや、彼は不信心者といっしょではない」と、きっぱり答えることができるだろう。

それどころか、この場合むしろ正反対ですらあり、彼の動揺はすべて、信仰がきわめて篤かったからこそ生じたのです。

だが、とにかく動揺はありました。


とにかく動揺は生じたのであり、それも、すでに永い歳月をへたのちでさえ、「アリョーシャ」がこの悲しい一日を自己の生涯におけるもっともつらい宿命的な日々のひとつと見なしたくらい、苦しいものでした。


2018年1月6日土曜日

646

「わが主は勝てり! キリストは入日に勝ちたまえり!」

太陽に両手をさしのべて、もの狂おしく叫ぶと、地べたに顔を伏せたまま、涙に全身をふるわせ、地面に両手をひろげながら、幼な子のように声を限りに泣きだしました。

ちょっとやりすぎですね。

これを見てみなが彼のそばに駆けより、感嘆の叫びや、もらい泣きの声がひびき渡りました・・・・何かの狂気がみなをとらえました。

「これこそ聖者だ! これこそ行い正しき人だ!」

もはや恐れげもなく、賞賛の声がひびきました。

「これこそ長老の位につくべき人なのだ」

ほかの連中がすでに敵意もあらわに言い添えました。

「この人は長老の位になどつくものか・・・・自分から拒否なさるとも・・・・呪わしい新制度に仕えたりするはずがない・・・・あの連中の愚かさを真似たりするもんか」

すぐに別の声が合の手を入れました。

この騒ぎがしまいにどんなことになりかねなかったか、想像するのもむずかしいが、ちょうどこのとき、勤行を告げる鐘が鳴りました。

語り手がみずから「この騒ぎがしまいにどんなことになりかねなかったか、想像するのもむずかしい」と言っているのは「パイーシイ神父」対「フェラポント神父」の決着でしょうが、このゴタゴタした状況はそのままの状態で、それらの騒動を打ち消すように鐘がなり時間とともに前に進むのです。

だれもがにわかに十字を切りはじめました。

「フェラポント神父」も起き上がり、十字の印で身を守りながら、あともふりかえらずに自分の庵室に向いました。

相変らず叫びつづけてはいましたが、もはやまるきりとりとめのない言葉をでした。

ごく少数の一部の連中があとにつづきかけましたが、大部分は勤行に急いで、散っていきました。

「パイーシイ神父」は朗読を「イォシフ神父」に委ねて、下におりました。

狂信者たちの気違いじみた叫びに動揺するはずはなかったが、ふいに心が沈み、何かを特に思い悩みはじめました。

彼もそれを感じました。

彼は立ちどまり、だしぬけに自分の心にたずねました。

『気落ちするほどのこの憂鬱は、いったいなぜだろう?』

そしてすぐに、この突然の憂鬱が明らかに、ごく些細な特殊の理由から生れたことを、おどろきとともにさとりました。

ほかでもない、今しがた庵室の入口にひしめいていた群集の中に、彼は動揺する他の人々にまじって「アリョーシャ」の姿を認め、それを見たとたん、そのときすでに自分の心にある種の痛みともいうべきものを感じたことを思いだしたのです。

『それにしても、はたしてあの青年が今のわたしの心にそれほど大きな意味を持っているのだろうか?』

ふいに彼はおどろきをおぼえて自分にたずねてみました。

ちょうどこのとき、「アリョーシャ」がどこかに急ぐ様子で、しかし会堂とは違う方角をさして、わきを通りかかりました。

眼差しが出会いました。

「アリョーシャ」は急いで目をそらして地におとしました。

青年のその様子を見ただけで、まはや「パイーシイ神父」は、今この瞬間に青年の心の中でいちじるしい変化が起りつつあることを察しました。

「今この瞬間」の「アリョーシャ」の心の変化とは?


彼はこの騒動を見てどう思い、どう考えを変えたのでしょう。


2018年1月5日金曜日

645

「パイーシイ神父」は相手を見おろすように立ちはだかり、一歩もひかぬ構えで待ち受けました。

「フェラポント神父」はしばらく黙っていましたが、ふいに沈みこみ、右手を頰にあてると、長老の柩を眺めやりながら、詠嘆調で言いました。

「この男は明日、ありがたい讃美歌『われらの庇護者、扶けびと』をうたってもらえるが、わしがくたばっても、せいぜい下らん頌歌『この世の喜び』をうたってもらうのが関の山だ」(原注 普通の修道僧や、スヒマ僧の遺体が、庵室から教会へ、さらに葬儀のあと教会から墓地へ運ばれる際には頌歌『この世の喜び』をうたうが、故人が司祭スヒマ僧の場合は讃美歌『われらの庇護者、扶けびと』をうたう)

なんだかここで「フェラポント神父」の「ゾシマ長老」に対する嫉妬心があきらかになりましたね。

この発言は彼の弱点を端的に表すものとなるのではないでしょうか。

そして、ここで(訳注)でなく、めずらしく(原注)として「スヒマ僧」と「司祭スヒマ僧」の違いの解説が付加されいます。

「讃美歌」とは「世界宗教用語大事典」によると「讃は賛とも。キリスト教で、神や救世主を讃える歌。ギリシア教会やカトリック教会などの旧教では、ふつう聖歌といい、新教(プロテスタント)で讃美歌という。日本の讃美歌は明治初年に新教の教職者が英・米・独・仏などの諸国から輸入翻訳したもの。」とのこと。

また、頌歌(しょうか)とは、「ウィキペディア」によると「(オード、ode, 古代ギリシア語:δή、または頌詩(しょうし)、賦(ふ))は壮麗で手の込んだ抒情詩(韻律)の形式。古典的な頌歌は、ストロペー、アンティストロペー、エポードスの3つの部分から構成される。また、homostrophic odeや不規則な頌歌(irregular ode)といった異なる形式も存在する。」とのこと。

頌歌は「しょうか」と読むのですね。

「フェラポント神父」は讃美歌『われらの庇護者、扶けびと』を「ありがたい」と言い、頌歌『この世の喜び』を「下らん頌歌」などと言っています。

つまり、身分上の格差があるのですね。

私には実際どのような歌かもわかりませんが、どちらでもいいように思いますが、「フェラポント神父」は妙なところにこだわっていますね。

「思いあがって、ふんぞりかえっておったくせに。こんなところは下らん!」

突然、狂人のように叫んで、片手を振ると、彼は急に向きを変え、表階段を早足におりて行きました。

下で待っていた群衆は動揺しました。

すぐに彼のあとにつづく者もありましたが、ためらう者もいました。

なぜなら、庵室は相変らず開け放されたままで、「パイーシイ神父」が「フェラポント神父」のあとから表階段に出てきて、立ったまま見守っていたからです。

だが、激しきった老僧はまだ仕上げを終っていませんでした。

二十歩ほど離れると、彼はふいに夕日の方に向き直り、両手を上にあげ、まるでだれかに足を払われたかのように、けたたましい叫びをあげながら大地に倒れました。


この展開は予想できませんでしたが、新旧の神父の闘いがなんだか壮絶なことになっていますね。


2018年1月4日木曜日

644

これは事実、「ゾシマ長老」の生前に一度あったことでした。

これというのは「悪魔よけの下剤」を与えたことですね。

修道僧の一人が悪魔の夢を見はじめ、しまいには起きているときにも悪魔の姿を見るようになりました。

修道僧がこの上ない恐怖にかられて長老にこのことを打ち明けると、長老は連続の祈禱と、精進の強化をすすめました。

それも効目がありませんでしたので、長老は、精進と祈禱はそのままやめずにある薬を飲むことをすすめました。

それで「ある薬」で悪魔は見えなくなったのでしょうか、そのことは書かれていません。

このことをめぐって、当時多くの者が惑いをいだき、首をかしげながら、仲間うちに噂し合ったものであり、いちばん手きびしかったのが「フェラポント神父」でした。

一部の誹謗者たちが、こういう特別の場合に長老のとった《常ならぬ》処置を、すかさず神父に大急ぎで伝えたからです。

「出て行きなさい、神父!」

「パイーシイ神父」が高飛車に言いました。

「裁くのは人間ではなく、神だ。ことによると、われわれがここに見る《教示》は、おぬしにも、わたしにも、何びとにも理解しえぬようなものかもしれぬ。出て行きなさい、神父、信徒を騒がすものではない!」

彼は執拗にくりかえしました。

「スヒマ僧たる層位にふさわしい精進を守らなかったから、こうした教示が現われたのだ。それはわかりきっている。隠すのは罪深いことだ!」

わめいているうちに分別をなくして激しきった狂信者は、ひるもうとしませんでした。

書き手もここでは「フェラポント神父」のことを「狂信者」と書いています。

「菓子に目がくらんで、地主の奥さんにこっそり届けさせたり、お茶を楽しんだり、腹の虫に貢いで、腹は甘いもので、頭は思いあがった考えで充たしよって・・・・だから、死に恥をさらしたのだ・・・・」

「その言葉は不謹慎ですぞ、神父!」

「パイーシイ神父」も声を高くした。

「そなたの精進と苦行には驚嘆するが、その言葉は不謹慎にすぎよう。まるで、心の定まらぬ思慮浅い俗界の若者が言うにもひとしいではないか。出て行きなさい、神父、わたしの命令ですぞ」

「パイーシイ神父」はしめくくりに叫びました。

「出て行くとも!」

「フェラポント神父」はややたじろいだものの、敵意を棄てずに言い放ちました。

「おぬしたちは学者よ! 知恵がありすぎて、わしの下らなさを見下しているのだ。わしは無学ながらここに来たが、ここにいるうちに知っていたことも忘れてしまったわ。ほかならぬ神がおぬしらの賢さからちっぽけなわしを守ってくださったのだぞ・・・・」


「フェラポント神父」は自分のことを「下らない」と卑下していますね、かなり歪んだコンプレックスと傲慢さが同居しているように見えます。


2018年1月3日水曜日

643

戸口に立ちどまるなり、「フェラポント神父」は両手をふりかざしました。

と、その右手の下から、度はずれな好奇心のために一人だけ我慢しきれずに、「フェラポント神父」について階段を駆け上がってきたオブドールスクの客僧の、物見高い鋭い目がのぞきました。

視線を取り入れた意表をつく表現で、主体があるべき位置を明確にしていますね。

彼を除くほかの者は、騒々しくドアが開け放たれたとたん、反対に突然の恐怖にかられて、ますます身を寄せ合ってあとずさりました。

両手を高々とあげると、「フェラポント神父」はだしぬけに叫びました。

「われ悪霊を退けん!」

そしてすぐさま、かわるがわる四方の壁に向い、庵室の壁と四隅に十字を切りはじめました。

「フェラポント神父」のこの動作を、ついてきた人々はすぐに理解しました。

なぜなら、神父はどこへ入るときもいつもこうやり、悪霊を追い払わぬうちは腰もおろさなければ口もきかぬことを、だれもが知っていたからです。

「悪霊退散、悪霊退散!」

十字を切るたびに神父はくりかえしました。

「われ悪霊を退けん!」

ふたたび神父は叫びました。

彼は粗末な法衣に縄で帯をしていました。

目の粗い麻の肌着の下から、白い胸毛のもっさり生えたむきだしの胸がのぞいていました。

足はまったくのはだしでした。

彼が両手を振りはじめるやいなや、法衣の下につけている苦行用の重い鉄鎖が打ちふるえ、鳴りひびきはじめました。


「パイーシイ神父」は朗読を中断して、一歩前にすすみいで、待ち受ける構えで相手の前に立ちはだかりました。

「何しに来られた、神父? 何のために式の秩序を乱されるのだ? 何のためにおとなしい信徒を騒がせるのだ?」

きびしく相手を見つめながら、ついに彼は口を開きました。

「何しに来たかだと? 何のためにか、ききたいのか? お前はどんな信仰をしておるのだ?」

「フェラポント神父」は神がかり行者ぶりをまるだしに叫びました。

「ここにいるお前の客人どもを退散させに来たのさ、汚らわしい悪魔をな。どれ、わしの来ぬうちにだいぶはびこりおったことだろう。白樺の箒でたたきだしてくれる」

「悪魔を退散させるのはいいが、ひょっとしたら、そういう自分こそ悪魔に仕えているのかもしれませんぞ」

「パイーシイ神父」は恐れる色もなくつづけました。

「それに、『自分は聖者だ』とおのれに言いうる人間が、はたしていますかな? まさか、そなたではあるまい、神父?」

「わしは汚れた身、聖者ではない。肘掛椅子にも坐らんし、偶像のように拝ませたりもせんからな!」

「フェラポント神父」がわめきだしました。

「この節の人間どもは聖なる信仰を台なしにしとる。亡くなった、お前らの聖者さまは」

柩を指さしながら、彼は群衆をふりかえりました。

「悪魔を退けようとして、悪魔除けの下剤なんぞを与えておったものだ。ところがここには悪魔どもが、部屋の四隅の蜘蛛の巣のようにはびこりよった。しかも今日は自分が悪臭を立てる始末ではないか。ここにわれらは神の偉大な教示を見るのだ」


本来ならば、厳粛であるべき時にたいへんな騒動になってきましたね。


2018年1月2日火曜日

642

聖シルヴェステル寺院からきたオブドールスクの修道僧も、深い溜息をつき、首を振りながら、熱心にその言葉をきいていました。

『いや、どうやら、フェラポント神父が昨日下した判断は正しいようだ』

彼はひそかに思っていました。

と、ちょうどそこへ、「フェラポント神父」が姿を現わしたのです。

まるでみなの動揺を倍加するために現われたような感じでした。

すでに前に述べたとおり、彼が養蜂場にある木造の庵室から出ることはめったになく、教会にさえ永いこと顔を出しませんでしたが、神かかり行者で通っている彼はそれも大目に見られ、すべての人に共通の規則で束縛されませんでした。

だが、本当のことを言うと、それらすべてを大目に見られていたのは、ある程度必要に迫られてのことでした。

なぜなら、夜も昼も祈りつづけている(なにしろ眠るときでさえ、ひざまずいたままなのだ)、これほど偉大な斎戒と沈黙の行者を、当人が服従を望まぬというのに、一般の規則でしつこく縛るのは、なんとなくうしろめたかったからです。

「あの人はわれわれみんなより神聖なお方だし、規則で定められているよりずっと困難なことを遂行しているのだ」

そんなことをすれば、修道僧たちがこう言うにちがいありませんでした。

「教会に来ないのも、自分の行くべきときを承知しているからで、あの人には自分の規則があるのだ」

こうした不平や罪深い騒ぎが起るにちがいないため、「フェラポント神父」をそっとしておいたのでした。

すでにだれもが承知していることでしたが、「フェラポント神父」は「ゾシマ長老」を極度にきらっていました。

そこへ突然、『神の裁きはつまり人間の裁きとは違って、自然にすら先んじるのだ』という知らせが、彼の庵室に達したのです。

真っ先にこの知らせを伝えに走った者の中に、昨日彼を訪問し、恐れおののいて帰ってきたオブドールスクの神父がいたものと考えねばなりません。

これもすでに述べたように、柩のわきに身じろぎもせずに毅然と立って朗読をつづけていた「パイーシイ神父」は、庵室の外で起っている事態は見えも聞えもしなかったものの、肝心なことはすべて心の中で的確に予見していました。

それというのも、自分の属している社会を裏の裏まで知りつくしていたからです。

彼はうろたえたりせず、心の眼差しにすでに映ずるこの動揺のこれからの成行きを冷徹な目で見守りながら、この先起りうるあらゆる事態を、恐るる色なく待ち受けていました。

そこへ突然、玄関口での異常な、明らかにもはや礼儀を乱す騒ぎが、彼の耳をおどろかせました。

ドアが勢いよく開け放され、戸口に「フェラポント神父」が姿を現わしました。

この「フェラポント神父」については、(419)第二部第四編の冒頭の小見出しになっており、そこで述べられています。

オブドールスクの修道僧は「ゾシマ長老」よりこの神かかり行者の「フェラポント神父」に気を惹かれていますね。

あとに従ってきた大勢の修道僧が、表階段の下でひしめき合い、その中には俗世の人々もまじっているのが認められましたし、庵室の中からさえはっきり見えました。

それでも、ついてきた連中は中に入らず、表階段にも上らずに、立ちどまり、これから「フェラポント神父」が何を言い、何をしでかすかと待ちかまえていました。


それというのも彼らは、自分たちの大胆な振舞いにもかかわらず、「フェラポント神父」が来たのはそれだけの理由があるにちがいないと、いくぶんの恐怖さえいだきながら、予感していたのです。


2018年1月1日月曜日

641

だが、何かよからぬことが生じはじめており、反抗そのものさえ首をもたげているのを予見して困惑していました。

以上は、「イォシフ神父」のことです。

「イォシフ神父」につづいて、良識的な声もすべて、少しずつ鎮まっていきました。

そして、亡くなった長老を愛し、長老制度の確立を感動しきって素直に受け入れていた人たちがみな、突然何かに怯え、お互いに出会っても、ただ臆病そうに相手の顔をのぞきこむだけという具合に、いつしかなっていきました。

立場が一瞬にして逆転したのですね。

一方、長老制度を新制度として敵視する連中は、傲然と頭をそりかえらせました。

「ワルソノーフィイ長老の亡くなったときは、腐臭なんぞ立たなかったばかりか、芳香が流れたほどだった」

彼らは意地わるく思い出話をしました。

「ワルソノーフィイ長老」といえば(130)で「フョードル」は修道僧に彼の逸話を話していました。

それは、真偽はわかりませんが「優美なものがきらいで、ご婦人方にさえ、とびかかって杖で殴ったとかいう話ですけど」というものです。

「しかし、あのお方にそれだけの値打ちがあったとすれば、それは長老の位によってじゃなく、ご自身の行いが正しかったからなのだ」

それを受けて、今回亡くなった長老に、もはや批判や、はては非難まで浴びせられました。

「あの人の教えは間違っていた。人生は偉大な喜びであって、涙ながらの忍従ではない、と教えたのだから」

いちばん愚かな連中の中には、そんなことを言う者もいました。

それに輪をかけて愚かな連中は「あの人のは流行に従った信仰で、地獄に存する物質的な火を認めなかったのだ」と尻馬にのりました。

「精進に対して厳格じゃなかった。甘いものを平気で口に入れ、桜んぼのジャムをお茶といっしょに食べていたし、大好物で、地主の奥さんたちに届けさせていた。スマヒ僧がお茶を楽しむなど、もってのほかではないか?」

(502)で「イワン」が「アリョーシャ」に言っています。

「桜んぼのジャムはどうだ? ここにはあるぜ。おぼえてるかい、まだ小さいころポレノフの家にいた時分に、お前は桜んぼのジャムが大好きだったじゃないか?」

「ゾシマ長老」と同じように「アリョーシャ」も小さい時から桜んぼのジャムが大好きだったのですね。

妬んでいた連中の間からも声があがりました。

「やけにお高くとまっていたしな」

いちばん意地のわるい連中は、手きびしく思いだしてみせました。

「自分を聖人と見なして、人々が前にひれ伏しても、当り前みたいな顔をしていたもの」

「あの人は懺悔の秘儀を悪用していたのだ」

長老制度のもっともはげしい反対者たちは、悪意にみちたささやきで追い討ちをかけました。

しかもそれが、修道僧たちの中でもいちばん年かさで、信仰にかけてもきびしい、真の斎戒者や沈黙の行者たちであり、故人の生前は沈黙していたのに、今やふいに口を開いたのであるだけに、恐ろしいことでした。

なぜなら、この人たちの言葉は、若い、まだ信念の固まらぬ修道僧に強い影響を与えるからでした。


これが大衆の原像でしょうか。