2018年10月7日日曜日

920

「ホフラコワ夫人」の会話の続きです。

「・・・・ご承知のように、もうふた月ほど前から、あたしく、この町に奉職してらっしゃる、あの謙虚でかわいらしい、立派な青年のペルホーチンさんを、うちへお迎えするようになりましたでしょう。あなただって、もう何度もお会いになりましたわね。あの方は立派な、まじめな紳士ですわ、そうじゃございませんこと? あの方がお見えになるのは三日に一遍くらいで、毎日じゃございませんけど(毎日いらしてくださってもよろしいんですのに)、いつもとてもきちんとした身なりをしてらっしゃいますのよ。概してあたくし、あなたのような謙虚で才能のある青年が大好きですの、アリョーシャ、それにあの方はほとんど国家的ともいえる知性をそなえてらっしゃるし、話しぶりもそれは感じがよくって。あの方のためなら、あたくし、必ず口添えをいたしますわ。あの方は将来の外交官ですもの。あの恐ろしい日、あの方は夜中にいらしてくださって、あたくしをほとんど死から救ってくだすったんですの。ところが、あなたのお友達のラキーチンときたら、いつも汚ない長靴で、その足を絨毯に引きずって・・・・一口に言うと、あの人はあたくしに何やら思わせぶりなことさえ言うようになって、一度なぞ、帰りしなに突然、あたくしの手をひどくぎゅっと握りしめたりしましたわ。あの人に手を握りしめられたとたん、急にあたくしの足がわるくなったんですの。あの人、それまでにもうちでペルホーチンさんに会っているんですけど、本当の話、いつもペルホーチンさんをからかって、どういうわけか、牛みたいな声を張りあげるんですわ。あの二人が顔を合わせると、あたくしはもっぱら二人を見物して、お腹の中で笑っていますのよ。ところがある日、あたくしが一人で坐っていると、いいえ、つまりそのころあたくしはもう床についていましたから、一人で横になっていると、突然そこへラキーチンがやってきて、どうでしょう、あたくしの痛む足を詩によんだというわけですわ。ちょっとお待ちになって、あれはたしか、
小さな足よ、かわいい足よ、
わずかに腫れて痛みだす・・・・
とか、何とかいうんですけれど、あたくし詩の文句をどうしてもおぼえられませんの。あそこにありますわ、あとでお目にかけます。ただ、傑作ですわ、それは傑作。単に足のことをうたっただけじゃなく、教訓的で、立派に思想を盛りこんでいて。ただ、あたくし忘れてしまいましたけれど、一口に言って、そのままアルバムに書きつけておきたいような詩でしたわ。もちろん、あたくしお礼を言いましたし、あの人も見るからに気をよくしていましたっけ。ところが、あたくしがお礼を言うか言わぬうちに、突然ペルホーチンさんがいらしたんですの、ラキーチンはふいに眉を暗くひそめましたわ。ペルホーチンさんが何かあの人の邪魔をしたってことは、あたくしにもわかりました。だって、ラキーチンはその詩のあとですぐあたくしに、ぜひとも何か言うつもりだったんですもの。あたくしもそう予感していたところへ、ペルホーチンさんが入っていらしたんです。あたくし、いきなりペルホーチンさんに詩をお見せして、作者がだれかは言わずにいましたの。でも、すぐに見当がついたと思いますわ。・・・・

「ホフラコワ夫人」の会話の続きですが、予想以上に長いですのでここでまた切ります。


ここまでの「ホフラコワ夫人」の会話の中でわかることは、彼女が「ペルホーチン」と「ラキーチン」と軽い三角関係の中にいるということですね、「ラキーチン」は「ホフラコワ夫人」を好きなのですが彼女はそうではない、「ペルホーチン」も「ホフラコワ夫人」に好意を寄せており、彼女も彼が好きなのでしょう、それにしても「ペルホーチン」が三日に一度顔を見せるというのもすごいと思うのですが、「ラキーチン」や「アリョーシャ」もこの家をよく訪ねてきており、そのように若い男性が頻繁に出入りすることは不自然ではないのでしょうか。


2018年10月6日土曜日

919

記されていることもただ、現在これほど世間を騒がせて裁判が行われようとしている犯人は、退役陸軍大尉で、態度の不遜な怠け者で、農奴制の支持者であって、のべつ情事にひたり、特に一部の《孤閨の淋しさをかこつ上流夫人たち》にもてた、という程度にすぎませんでした。

「態度の不遜な怠け者」という表現は面白いのですが、《孤閨の淋しさをかこつ上流夫人たち》というのも面白いですね、また「ホフラコワ夫人」はこの《孤閨の淋しさをかこつ上流夫人たち》を自分のことだと勘違いしているのですね。

《孤閨の淋しさをかこつ未亡人》の一人で、すでに年ごろの娘をもつ身でありながら、ひどく若作りのさる婦人なぞは、この男にぞっこん熱をあげて、犯行のわずか二時間前に、今すぐ金鉱に駈落ちしようという条件で、三千ルーブルを提供しようとしたほどでした。

私は勘違いをしていました、この「すでに年ごろの娘をもつ身でありながら、ひどく若作りのさる婦人」で「犯行のわずか二時間前に、今すぐ金鉱に・・・・」というのは、まさに「ホフラコワ夫人」ではないですか、私は間違っておりました、「駈落ち」のことは完全に間違いですが。

だがこの悪党は、淋しさをかこつ婦人の四十近い爛熟美にひかれてシベリヤに行くよりは、むしろ完全犯罪をもくろんで、父親を殺し、まさに同じ三千ルーブルを強奪するほうを選んだのです。

またまた「四十近い爛熟美」というこれまた面白い表現がされています。

このふざけた記事は、型どおり、父親殺しやかつての農奴制の非道徳性に対するもっともらしい憤りで結ばれていました。

好奇心まじりに読み終えると、「アリョーシャ」は新聞をたたんで、「ホフラコワ夫人」に返しました。

「もちろん、あたくしのことですわね?」

夫人がふたたび舌足らずな口調で言いました。

「だって、これはあたくしのことですわ。あたくし、一時間ほど前にあの人に金鉱をすすめたんですもの、それが突然《四十近い爛熟美》だなんて! ほんとにあたくしがそんな下心だったと思っているんでしょうか? これはいやがらせに書いたんですわ。神さま、四十近い爛熟美などと書いたあの男をお赦しくださいまし、あたくしが赦しているように。それにしても、これは・・・・だれが書いたか、ご存じですの? これはあなたのお友達のラキーチンですわ」

「かもしれません」

「アリョーシャ」は言いました。

「もっとも僕は何もきいていませんけど」

「あの男ですよ、あの男です。かもしれない、じゃありませんわ! だって、あたくし、あの男を追いだしてやったんですもの・・・・その一件はご存じでしょう?」

「今後出入りせぬようにとあなたがおっしゃったことは知っていますが、いったいどういう理由でかは、僕は・・・・少なくともあなたからは伺っていません」

「してみると、あの男からおききになりましたのね! どうでした、あの男、あたくしの悪口を言っているでしょう、ひどく悪く言ってますでしょう?」

「ええ、悪く言っています、でも彼はだれのことでも悪く言いますからね。ただ、どうして出入りをさしとめられたのかは、彼からもききませんでした。それに大体、僕はめったに彼とは会いませんし。べつに友達じゃないんです」

「アリョーシャ」は「ラキーチン」と「友達じゃない」と言ってしまいましたね。

「じゃ、何もかも打ち明けますわ。仕方がありません、懺悔します。だって、あたくし自身にも罪があるかもしれぬような点があるんですもの。ごく些細な、ほんのちょっとしたことで、ことによるとまったく取るに足らぬようなことかもしれませんけれど。実はね、あなた」

「ホフラコワ夫人」は突然なんとなくはしたない態度になりました。

口もとに、謎めいてこそいるが愛くるしい微笑がちらつきました。

「実はあたくしの想像だと・・・・ごめんなさい、アリョーシャ、あたくしあなたに母親のような気持で・・・・いいえ、そうじゃないわ、反対にあたくし今、父親に対するような気持でおりますの・・・・だってこの場合、母親なんて、まるきりふさわしくございませんものね・・・・そう、ゾシマ長老に懺悔するのと同じ気持、これがいちばん正確で、とてもしっくりしますわ。だってさっきあなたをスヒマ僧とおよびしたくらいですもの。ところで、あなたのお友達の、あの気の毒なラキーチン青年(ああ、あたくしどうしてもあの人を怒る気になれませんわ! そりゃ怒って、むかっ腹を立ててはいますけれど、たいしたことはありませんのよ)、でまあ、一口に言うと、あの軽薄才子が突然、どうでしょう、あたくしに恋をする気になったらしいんですの。あたくし、だいぶあとになってからやっと、ふいに気づいたんですけど、最初のうち、つまりひと月ほど前から、あの人は妙に足しげく、ほとんど毎日のように訪れるようになりましたのよ、もっとも前から知合いではあったんですけど。あたくし何も知らなかったんですけれど、突然、なにか啓示でも受けたみたいに、気づくようになってびっくりしましたわ。・・・・


「ホフラコワ夫人」の話が予想外に長いので会話の途中ですがこの辺でいったん切ります、これではもう「五分」はとっくに過ぎていますね。


2018年10月5日金曜日

918

「坐っていれば大丈夫ですわ。あら、話が混乱してしまうじゃございませんか! あの裁判、あの野蛮な行為、やがてみんなシベリヤへ行ってしまい、ほかの人たちは結婚しますわ、それらすべてがあっという間のことで、すべてが変り、そして最後には何も残らずに、みんな年寄りになって、棺桶をのぞきこむんですわ。でも、かまいません、あたくし疲れましたもの。あのカーチャが、あの魅力的な女性があたくしの希望をすべて打ち砕いてしまったんですもの。今後あの人はあなたの一方のお兄さまについてシベリヤに行くでしょうし、もう一人のお兄さまはそのあとを追って、隣の町に住む、そしてみんなが互いに苦しめ合うんですわ。そう考えると、気が変になりますわ、それに何よりいけないのは世間の評判ですのよ。ペテルブルグとモスクワのあらゆる新聞に、数えきれないくらい何遍も書きたてられましたものね。ええ、そうですとも、考えてもくださいませな、あたくしのことまで書きたてたんですのよ、あたくしがお兄さまの《彼女》だったなんて。こんな不潔な言葉、口にしたくもありませんわ、どうでしょう、考えてもごらんになって!」

何だかよくわららない発言です、「みんなシベリヤへ行ってしまい」とは「ドミートリイ」と「グルーシェニカ」と「カテリーナ」と「イワン」でしょうか、「ほかの人たちは結婚しますわ」とは、「アリョーシャ」と「リーザ」でしょうか、「ホフラコワ夫人」と「ペルホーチン」はないと思いますが。

そして「あのカーチャが、あの魅力的な女性があたくしの希望をすべて打ち砕いてしまったんですもの。」という発言は、「カテリーナ」が「イワン」と結婚することを望んでいた「ホフラコワ夫人」の思いが叶わなかったということでしょうか。

「とんでもない話ですね! どこにそんなことが書いてあったんですか?」

「今お目にかけますわ。昨日受けとって、昨日読んだばかりですのよ。ほら、この『人の噂』という新聞ですわ、ペテルブルグの。『人の噂』は今年から発刊になったんですけど、あたくし噂はひどく好きなものですから、購読していましたら、わが身に火の粉がふりかかるなんて。それもこんな噂じゃございませんか。ほら、ここ、この個所ですわ、読んでごらんなさいまし」

そして彼女は枕の下にあった新聞を「アリョーシャ」にさしだしました。

彼女は取り乱しているというより、なにかすっかり打ちのめされた感じで、実際、頭の中ですべてがごっちゃになっているのかもしれませんでした。

新聞の記事はきわめてアクの強いものでしたから、当然、彼女にひどく微妙な影響を与えるにちがいありませんでしたが、幸いなことに、おそらくこの瞬間の彼女は一つの点に注意を集中する力がなかったため、一分もすれば新聞のことさえ忘れて、まったく別の問題に移っていけるのでした。

すでにあの恐ろしい裁判事件の噂が、ロシア全土にくまなく行き渡っていることは、「アリョーシャ」もだいぶ前から知っていましたし、この二カ月の間に、兄や、カラマーゾフ家全体や、自分自身に関してさえ、他の報道にまじって、どんなにとっぴなニュースや記事を読まされたか、わかりませんでした。

ある新聞には、彼が兄の犯行後、恐ろしさのあまり苦行を受け、修道院にこもった、とさえ書いてありました。

別の新聞ではそれを否定して、反対に、彼が「ゾシマ長老」といっしょに修道院の金庫を破って、『修道院から行方をくらました』と書いていました。

『人の噂』紙の今度の記事は、こんな見出しでした。

『カラマーゾフ事件に寄せて。スコトプリゴーニエフスク市(訳注 家畜を追いこむ町といった意味)から』(悲しいことに、この町はこんな名前なので、わたしは永いこと町の名を隠していたのである)。

やっとここではじめて、この物語の舞台である町の名前が出てきましたが、作者の括弧書きが奇妙です、別にそれならそれで、書かなければいいと思うことをあえて書いています、これは何らかの事情で町の名を書くことを強要されたかのように、今さらここで書くようなことではないと思いますが、書いたからにはその弁解的な理由もついでに書いたのかもしれません。

記事は短いもので、直接「ホフラコワ夫人」には何一つ触れていませんでしたし、概して人名はすべて伏せてありました。


「ホフラコワ夫人」は「あたくしがお兄さまの《彼女》だったなんて。」と言っていますが、これは本当は「グルーシェニカ」のことが書かれているのではないでしょうか。


2018年10月4日木曜日

917

「でも、そのお話もあとにしましょう。肝心なのは、大切なお話を忘れないようにすることですわ。あたくしがちょっとでも脱線しかけたら、あなたのほうで注意して、『大事な話は?』と、おっしゃってくださいませね。ああ、でも何が今や大事な話か、どうしてこのあたくしにわかりますかしら! リーザがあなたとのお約束を、アレクセイ・フョードロウィチ、あなたと結婚するという子供っぽいお約束を取り消して以来、もちろんあなたは、あんなことがみな車椅子に永いこと坐りどおしだった病気のあの子の、子供っぽいたわむれの空想でしかなかったことを、理解してくださいましたわね。もっとも、おかげさまで、あの子も今では歩けるようになりましたけど。あなたの不幸なお兄さまのために、カーチャがモスクワからよんでくださった、あの新しいお医者さまが・・・・そう言えばあのお医者さまも今日は・・・・まあ、どうして明日の話なんかを! 明日のことを考えただけで、あたくし死にそうになりますわ! 何より、好奇心のために・・・・つまり一言で言うと、あの先生が昨日うちにいらして、リーズを見てくださいましたの・・・・往診料としてあたくし、五十ルーブル差し上げましたのよ。でも、そんなことはどうでもいいんです、また見当違いの話を・・・・ごらんのとおり、あたくし今やすっかり混乱してしまいましたわ。あたくし、あせっているんです。あせっている理由ですか? わかりませんわ。あたくしこのごろ、ひどく何もかもわからぬようになってしまって。あたくしにとっては、何もかもがごっちゃになって一つの塊になってしまいましたのよ。あなたが退屈のあまり、いきなりここからとびだしていらっしゃりはしないかと、心配ですわ。やっとお目にかかれたばかりですのに。あら、どうでしょう! ぼんやり坐っているなんて、何よりはまずコーヒーですわね。ユーリヤ、グラフィーラ、コーヒーをちょうだい!」

あいかわらず「ホフラコワ夫人」の話は要領を得ないですね、しかしここで、「カテリーナ」が裁判のためにモスクワからよんだ医者が「リーズ」を往診したことが書かれています、この医者が「イリューシャ」も往診したのですよね、そしてまた「リーズ」は歩けるようになったようですね。

「アリョーシャ」は急いで礼を言い、たった今コーヒーを飲んだばかりだからと告げました。

「どちらで?」

「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナのところです」

「あの・・・・あの女のところで! まあ、あの女がみんなを破滅させたんですのよ。もっとも、あたくしは存じませんけれど、あの女も遅ればせながら、聖女になったという噂ですわね。それくらいならいっそ、もっと前に、必要なときにそうなればよかったんですのにね。今ごろ何になるんですの、何の得に? いえ、何もおっしゃらないで、アレクセイ・フョードロウィチ、だってあたくし、お話ししたいことが山ほどありながら、結局何一つ言わずじまいになりそうな気がするんですもの。あの恐ろしい裁判・・・・あたくし必ず参りますわ、心構えはできています、車椅子で運んでもらいますもの。それに、坐っている分には大丈夫ですし、付添いの者もおりますしね。だってご存じのとおり、あたくしは証人の一人ですもの。あたくし、どう言えばいいんでしょう、どう言えば! 何を話すのか、あたくしにはわかりませんわ。だって、宣誓しなければいけないんでしょう、そうなんでしょう、そうですわね?」

「聖女」とは何でしょう、調べましたが適切な説明を見つけることができませんでした、一般的に言う洗礼を受けたということでしょうか。

「そうです、でも出廷なされるとは思えませんけれど」


これは妙な発言ですね、たとえば「出廷できるようには見えませんけれど」というのならわかりますが。


2018年10月3日水曜日

916

二 痛む足

それらの中でも一番目の用事は、「ホフラコワ夫人」の家にあったので、彼はなるべく早くそれを片づけて、「ミーチャ」のところに遅れぬようにするため、道を急ぎました。

「ホフラコワ夫人」はもう三週間ばかり前から加減がわるかったのです。

なぜか片足が腫れ上がり、床についてこそいませんでしたが、それでも昼間は、魅力的な上品なガウン姿で私室の寝椅子に半ば横たわっているのでした。

「アリョーシャ」はあるときふと、「ホフラコワ夫人」が病気の身にもかかわらず、かえってお洒落になり、さまざまなヘア・アクセサリーや、リボンや、カーディガンなどが現れるようになったことに気づいて、ひそかに他意のない微笑をうかべました。

そんな考えを下らぬものとして斥けはしたものの、彼は夫人のそのお洒落の理由が読めていました。

このふた月ほど、他の客たちの間にまじって、例の「ペルホーチン」青年が足しげく「ホフラコワ夫人」を訪ねるようになっていたのです。

二人のことは(777)で「それにしても、もし今書いたこの若い官吏とまだそれほどの年でもない未亡人との異常な出会いが、のちにこの正確で几帳面な青年の出世の足がかりとなったりしなければ、わたしとてこんな瑣末な、エピソード的な細事をくわしく述べたりしなかったでしょう。この話はいまだにこの町では驚嘆まじりの思い出の種になっていますし、ことによるとわれわれも、カラマーゾフの兄弟の長い物語をしめくくったあと、特に一言触れるかもしれません。」と書かれています。

「アリョーシャ」はもう四日ばかり訪ねていませんでしたので、家に入ると、まっすぐ「リーザ」のところに急ごうとしかけました。

それというのも用事は彼女のところでしたので、実は「リーザ」が昨日、小間使をよこして、『とても重大な事情のため』すぐに来てほしいとたって頼んできたのであり、それがいくつかの理由から「アリョーシャ」の興味をひいたのでした。

しかし、小間使が「リーザ」のところへ取次ぎに行っている間に、「ホフラコワ」夫人はもうだれかから彼の来訪をききつけ、《ほんの一分だけ》寄ってくれるようにと、すぐに言ってよこしました。

「アリョーシャ」は、母親の頼みを最初に叶えるほうが利口だ、と判断しました。

でないと、「リーザ」の部屋にいる間、ひっきりなしに迎えをよこすにちがいないからです。

「ホフラコワ夫人」はなにか特に華やかな服装で、寝椅子に横たわっており、見るからに、極度に神経をたかぶらせている様子でした。

彼女は「アリョーシャ」を喜びの叫びで迎えました。

「まあ、ほんとにずいぶんしばらくお目にかかりませんでしたわね! まる一週間になりますもの、どうでしょう、まあ。もっとも、あなたがいらしたのは四日前の、水曜でしたわね。リーズのところへいらしたんでしょう、あたくしに気づかれないよう、忍び足でまっすぐあの子のところに行くおつもりでしたのね、わかっていますわ。ねえ、アレクセイ・フョードロウィチ、あの子がどれだけあたくしに心配をかけるか、わかっていただけたらと思いますわ! でも、この話はあとにしましょう。いちばん大切な話には違いありませんけど、あとにしましょう。ねえ、アレクセイ・フョードロウィチ、リーザはあなたにすっかりお任せしますわ。ゾシマ長老の亡くなられたあと–主よ、あの方の御霊に安らぎを! (夫人は十字を切った)、あの方の亡くなれれたあと、あたくし、あなたをスヒマ僧として見ておりますのよ、もっともその新しい服装もあなたにはとてもよくお似合いですけれど。どこでそんな上手な仕立屋を見つけなさいましたの? いいえ、いいえ、そんなの大事なことではありませんわ、そのお話もあとで。ごめんなさい、時々あなたをアリョーシャなんて心安だてにおよびしてしまいますけど、こんなお婆さんですもの、何事も大目に見ていただけますわね」

彼女の話はとても《ほんの一分だけ》で終わらないでしょう。


彼女はコケティッシュにほほえみました。


2018年10月2日火曜日

915

「それが何かあなたに関することだと、思うんですか? だったら、あなたの前で秘密のことなんか言わないはずだけどな」

「わからないわ。ことによると、あたしに言いたいのに、言いかねているのかしれないでしょ。予防線を張ってるのね。秘密があるなんて言いながら、どんな秘密か言ってくれないなんて」

「あなた自身はどう思うんです?」

「どう思うって? あたしにもいよいよ終りが来たんだ、そう思うわね。あの三人であたしの終りを用意してくれたのよ、だってカーチカが一枚かんでるんですもの。何もかもカーチカよ、事の起りはあの女なんだわ。『あれはこういう立派な女で』なんて、つまり、あたしがそういう女じゃないってことじゃないの。あの人、あらかじめ釘をさしたのよ、前もって予防線を張ってるんだわ。あの人、あたしを棄てる気になったのね、これが秘密なのよ! ミーチャと、カーチカと、イワン・フョードロウィチと、三人がかりで考えだしたんだわ。ねえ、アリョーシャ、前からあなたにききたいと思ってたことがあるの。一週間ほど前に、あの人がだしぬけに、イワンはカーチカに惚れてるんだ、だって始終あそこに入りびたりだからな、なんて打ち明けたんだけど、あの人の言ったことは本当かしら? 正直に言ってちょうだい、ひと思いにとどめを刺してよ」

これは三角関係からくる妄想のように思えますが、考えれば考えるほど悪いことを考えてしまう、本人にとっては言葉にできないほど辛い思いでしょう、それが「あたしの終り」という表現なのでしょう。

「僕は嘘は言いませんよ。イワンはカテリーナ・イワーノヴナに恋してなんかいません、僕はそう思うな」

「ええ、そのときはあたしもそう思ったわ! この人嘘をついてる、恥知らずなって! おまけに、あとであたしに責任をなすりつけるために、今ごろになって焼餅をやくなんて! あの人ばかよ、尻尾を隠すこともできないの、とっても正直なんだもの・・・・ただ、今にきっと思い知らせてやるわ! 『お前は、俺が殺したと信じているんだな』なんて、このあたしに向ってそんなことを言うのよ、このあたしに。このあたしをそんな言葉で非難するなんて! 勝手にするといいわ! でも、待ってるがいい、あのカーチカなんぞ法廷であたしのために、苦しい立場になるんだから! あたし法廷で言うことがあるんだもの・・・・何もかも話してやるわ!」

そして彼女はまた悲痛に泣きはじめました。

「これだけは、きっぱり言うことができますよ。グルーシェニカ」

席を立ちながら、「アリョーシャ」が言いました。

「第一に、兄はあなたを愛してます、世界じゅうのだれよりもあなたを愛してますとも、あなただけを。これは信じてください。僕は知っているんです。ちゃんとわかっているんです。第二に言っておきたいのは、僕は兄から秘密をあれこれ探りだすつもりはありませんけど、もし今日兄が自分から話してくれたら、僕はあなたに伝える約束をしたと率直に言うつもりです。そのうえで今日あなたのところに来て、話しますよ。ただ・・・・僕の感じでは・・・・この場合、カテリーナ・イワーノヴナは何の関係もなさそうだな、その秘密とやらは何かほかのことですよ。きっとそうです。およそカテリーナ・イワーノヴナに関することらしくないもの、そんな気がしますね。じゃ、今はとりあえずこれで!」

「アリョーシャ」は彼女の手を握りました。

「グルーシェニカ」は相変らず泣いていました。

慰めの言葉を彼女がほとんど信じていないことは、彼にもわかりましたが、せめて悲しみをぶちまけ、心に思うことをさらけだしただけでも、彼女は気がはれたのです。

こんな状態のまま彼女を置き去りにするのは気の毒でしたが、彼は先を急ぐ身でした。

まだたくさんの用事をかかえていたのです。


読者としては、この「秘密」とやらがますます興味深く盛り上がるところですが、興味を惹きつけたまま、物語は次に少し違うシーンを描くことになります。


2018年10月1日月曜日

914

「それは・・・・だめね、あたしって! つい口をすべらしちゃったわ!」

「グルーシェニカ」はふいに真っ赤になり、どぎまぎして叫びました。

「待ってよ、アリョーシャ、黙って。口をすべらせた以上、しようがない、本当のことを全部言うわね。あの人、二度来たことがあるの。最初はあのとき帰ってくるなりすぐに-だってあのとき、あの人はすぐモスクワからとんできたのよ、あたしがまだ寝こむ前に。二度目に来たのは一週間前だったわ。このことはあなたに言っちゃいけない、絶対にいけないって、ミーチャに言っていたわ。そのうえ、こっそり来たんだから、だれにも言わないようにって、口どめしていたのよ」

「アリョーシャ」は深い物思いに沈んだまま、何事か思いめぐらしていました。

この知らせは明らかにショックのようでした。

たしかにこれは「アリョーシャ」にとってはものすごくショックでしょう、それにしても「グルーシェニカ」は見事に口が軽いですね。

「イワン兄さんは、ミーチャの事件に関して僕とは話をしないんですよ」

彼はゆっくりと言いました。

「それに概してこのふた月というもの、僕とはほとんど口をきかないし。僕が訪ねて行くと、いつも、僕が行ったのが気に入らぬ様子をするもんだから、もう三週間ほど訪ねていないんです。ふむ・・・・イワン兄さんが一週間前に行ったとすると、つまり・・・・この一週間のうちにミーチャの心に、本当に何らかの変化が生じたんですね・・・・」

「そう、変化がね、変化が生じたのよ!」

「グルーシェニカ」が急いで相槌を打ちました。

「あの人たちには秘密があるんだわ、秘密があったのね! ミーシャ自身も、秘密があるって言ってたもの、それもミーチャが落ちついていられないくらい、たいへんな秘密なのよ。だって前にはあんなに朗らかな人だったし、それに今も朗らかだけど、ただ、こんなふうに頭を振って部屋の中を歩きまわったり、右手のこの指で小鬢(こびん)の毛を掻きむしったりしはじめると、何か心に不安なことがあるのが、あたしにはわかるの・・・・ちゃんとわかるわ! でなけりゃ、あんなに朗らかな人だったんですもの。それに今日だって朗らかだったし!」

「秘密」というのは、あのことでしょうか、前に読んだ記憶が確かではありませんが、これはつまり脱獄して云々のことでしょうか。

「さっきは、苛立ってたって言ったじゃありませんか?」

「ええ、苛立ってはいたけど、朗らかだったわ。苛立っているのは毎度のことよ、でもほんのちょっとの間だけで、すぐ朗らかになるわ、それからまた苛立つのね。それはそうとね、アリョーシャ、あたし常々あの人にはおどろいているの。だって行手にあんな恐ろしいことがあるというのに、時にはまるで子供みたいに、他愛ないことに笑いころげたりしてるんですもの」

「それから、イワンのことは僕に内緒にしておくように兄が口どめしたというのは、本当ですか? 話すなよって、そう言ったんですか?」

「そう言ったわ。話すなよって。何より、ミーチャはあなたを恐れているのよ。だって、秘密を持ってるんですもの。秘密があるって自分で言っていたわ・・・・アリョーシャ、ねえ、行って、探りだしてきて。いったいどんな秘密なのか。そして帰ってきたら教えてちょうだい」

読者としてはこの「秘密」に惹きつけられますね、それがいつどういうふうに明らかになっていくのか。

ふいに「グルーシェニカ」は立ちあがり、哀願しました。


「哀れなこのあたしに、とどめを刺してよ。自分の呪わしい運命をちゃんとわきまえていられるように。そのために、あなたをよんだんですもの」