2018年1月18日木曜日

658

「で、そんなにおめかしして、どこへ行くの? おもしろい髪飾りなんぞつけてさ?」

「あんたって本当に好奇心が強いのね、ラキーチン! ある知らせを待っているところだって、言ったじゃないの。知らせが来たら、跳ね起きて、とんで行くわ。あなたたちにも一目会っただけでもうお別れ。ちゃんと支度して待っていられるように、おめかしをしたのよ」

ここで言うべきことではありませんが、小説の中での会話というのはリアルな会話とは別物ですね、それは当たり前のことかもしれませんが、小説を読むと言うことは観念の流れであり、ある意味その流れに規定された会話となると思います、言い換えればその小説のルールに従った会話というか、もちろん限度はありますが一般的な会話とは別物ですね。

この「グルーシェニカ」の言葉も、翻訳されたものということを考慮しても普通の日常的な会話ではないですね、しかし、生き生きとした彼女の感情や可愛らしさが十分に伝わってきます。

「どこへとんで行くのさ?」

「あんまり知りすぎると、早く年をとるわよ」

「どうだい。全身これ喜びって感じだな・・・・こんな君にはついぞお目にかかったことがないよ。舞踏会にでも行くみたいにめかしこんでさ」

「ラキーチン」は彼女を眺めまわしました。

「舞踏会にくわしいようなことを言うじゃないの」

「じゃ、君はくわしいのかい?」

「あたしは舞踏会を見たことがあるわ。おととしサムソーノフが息子さんを結婚させたとき、聖歌隊の席から見たもの。それはそうと、ラキートカ、こちらにこんな立派な公爵さまがお見えなのに、あんたなんかと話してることはないわね。ほんとに珍客ですもの! アリョーシャ、ねえ、こうしてあなたを見ていても、まだ信じられないの。ほんとうにあなたが家に来てくれるなんて! 正直に言って、期待していなかったし、予想してもいなかったわ。今までだって、あなたが来てくれるなんてこと、一度も信じていなかったわ。せめて今がこんなときでなかったらいいけれど、でも、とっても嬉しい! ソファにかけて、ここへ、そうよ、あたしの若いお月さま。ほんとに、なんだかまだ本当と思えないわ・・・・ああ、ラキートカ、昨日かおととい連れてきてくれたらね! そりゃ、今だって嬉しいけど。もしかしたら、おとといじゃなく、今こういう瞬間のほうがよかったのかもしれないわね・・・・」

ここで「・・・・あたしの若いお月さま」なんてことは普通日本では言わないですね、ロシアではどうでしょうか。


しかし、この会話の「・・・・もしかしたら、おとといじゃなく、今こういう瞬間のほうがよかったのかもしれないわね・・・・」というなにげなさそうなセリフにしても、いろんな感情が折りたたまれているようで、大げさに言えば人間の普遍的な感情の動き方を考えさせられるようです。


2018年1月17日水曜日

657

「あの方ではございません。別のお客さまです。この方たちなら大丈夫ですわ」

「何かあったのかな?」

「アリョーシャ」の手をとって客間に案内しながら、「ラキーチン」がつぶやきました。

「グルーシェニカ」はいまだに怯えたような態度で、ソファのわきに立っていました。

栗色の豊かな髪がふいに飾り布の下からこぼれて、右肩に落ちましたが、彼女は客の顔を見つめて、相手がだれか確かめるまで、そんなことには注意も払わず、直そうともしませんでした。

この「グルーシェニカ」の髪がこぼれる描写は見事ですね。

「ああ、あんただったの、ラキートカ? すっかり震えあがるところだったわ。お連れはどなた? だれを連れてらしたの? まあ、だれかと思ったら!」

「アリョーシャ」だと知って、彼女は叫びました。

「とにかく蠟燭を持ってこさせなよ!」

家の中のことを指図する権利さえ持っている、いちばん近い知人のような、くだけた様子で、「ラキーチン」が言いました。

「ラキーチン」は「グルーシェニカ」の親戚であることを否定していたのですが、もうこの段階ではそれもやめたとしか思えませんね。

「蠟燭・・・・そう、もちろん蠟燭が要るわね・・・・フェーニャ、蠟燭を持ってきて・・・・それにしても、選りに選ってこんなときに連れてくるなんて!」

ここで「フェーニャ」と呼ばれているのは、二十歳くらいの小間使いでしょうね。

「アリョーシャ」をちらと見て、彼女はまた叫ぶと、鏡に向って、すばやく両手で髪をととのえはじめました。

まるで不満みたいでした。

「気に入らなかったかい?」

とたんに気をわるくして「ラキーチン」がたずねました。

「びっくりさせるんだもの、ラキートカ、ほんとよ」

「グルーシェニカ」は笑顔で「アリョーシャ」の方に向き直りました。

不満そうな様子で鏡に向かった「グルーシェニカ」が一転して笑顔で向き直るこの場面も見事な描写です。

「あたしをこわがらないでね、アリョーシャ、来てくださってとても嬉しいわ、思いもかけないお客さまですもの。でも、ラキーチン、びっくりさせるわね。てっきりミーチャがあばれこんできたのかと思ったわ。実はね、さっきあの人を欺したのよ。あたしを信ずるって約束させたうえで、あの人に嘘をついたの。今夜はずっとサムソーノフのお爺さんのところへ行って、一晩じゅうお金の計算をするんだもの。鍵をかけた部屋で、あの人が算盤を入れて、あたしは坐って帳簿に書きこむのよ。信用しているのは、あたしだけなのね。ミーチャはあたしがあっちに行ってると信じきっているけど、あたしはこうして家に鍵をかけて引きこもって、ある知らせを待っているの。それにしても、よくフェーニャがあなたたちを入れてくれたわね! フェーニャ、フェーニャ! 一走り行って、門を開けて、どこかに大尉さんがいないか、そのあたりを見てきてよ! ひょっとしたら、どこかに隠れて見張ってるかもしれないわ、あたしひどくこわいのよ!」

「グルーシェニカ」は「ドミートリイ」に自分を信じると約束させてから嘘をついたのですが、大胆というか、女性らしいというか何と言っていいかわかりませんが彼女の性格が垣間見られるようです。

「だれもいませんわ、奥様、今ひとわたり見てきましたし、しじゅう戸の隙間からのぞいておりますもの。あたしまで、こわくてびくびくしておりますんですから」

小間使いは「グルーシェニカ」のことを「奥様」と呼んでいるのですね。

「鎧戸は閉ってるわね、フェーニャ、カーテンもおろしておいたほうがいいわ、こうやって」

彼女は思いカーテンをみずからおろしました。

「でないと、灯りを見てとんでくるにちがいないわ。アリョーシャ、あたし今日はあなたのお兄さんのミーチャがとてもこわいの」

不安にかられてはいるものの、なにかほとんど喜んででもいるように、「グルーシェニカ」は大声で言いました。

「どうして今日はそんなにミーチャをこわがってるんだい?」

「ラキーチン」がたずねました。

「いつもは彼なんぞ平気なんだろう、思うように踊らせてるじゃないか」

「あんたには教えてあげるけど、あたし知らせを待っているのよ。ある、とてもすばらしい知らせ。だから今やミーチャは全然お呼びでないってわけ。それにあの人、あたしがサムソーノフのところへ行ったなんてこと、信じていないもの、そんな感じがするの。きっと今ごろフョードル・パーヴロウィチの裏庭に陣どって、あたしを張りこんでいるにちがいないわ。もっともあそこに張りこんでいれば、つまりここへはやってこないわけだから、そのほうがありがたいけれど! でも、サムソーノフのところへ、あたし本当に行ってきたのよ。ミーチャが送ってくるんだもの。あたし、真夜中までずっといるから、必ず夜の十二時に迎えにきて家まで送ってちょうだいって言っといたのよ。あの人が帰ったあと、あたし十分くらいお爺さんのところにいて、またここに舞い戻ったってわけ。ああ、こわかったわ、あの人に出会わないように走ってきたのよ」

実は「グルーシェニカ」だって自分の嘘を「ドミートリイ」が信じてないと思っているのですね、二人ともお互いタヌキの騙し合いのようで微笑ましくも思いますが、実際のところは深刻な事態でもあります。


それにしても、「夜の十二時に迎え」にくる約束なんかして大丈夫なんでしょうか、「グルーシェニカ」は深夜にまた家を抜け出して「サムソーノフ」のところに行かなくてはなりませんが。


2018年1月16日火曜日

656

最初は偶然ある《ぼろい仕事》で「グルーシェニカ」と交渉を持った「フョードル・カラマーゾフ」が、とどのつまりは自分でもまったく思いがけないことながら、分別すら失った感じで彼女にぞっこん惚れこんだとき、そのころすでに死期の迫っていた「サムソーノフ老人」は、大笑いしたものでした。

注目すべきことに、「グルーシェニカ」はこの老人との付合いの期間を通じて終始、誠実とさえ言えるくらいまったく隠しだてをせず、おそらくこんなことは世界じゅうで彼一人に対してだけだったはずです。

ごく最近になって、突然「ドミートリイ」まで恋に燃えて登場してくるに及んで、老人は笑うのをやめました。

それどころかむしろ、一度、真顔できびしく「グルーシェニカ」に忠告したほどでした。

「もし親父と息子のどちらかを選らぶとなったら、爺さんを選ぶんだぞ、ただし、あの人でなしの爺が必ずお前と結婚するという条件で、あらかじめある程度の財産を分けさせることだ。あの大尉とはくっつくなよ、お先真っ暗だぞ」

これは、商人としての彼なりの判断ですが、たしかに彼女が「ドミートリイ」のような性格の男性と一緒になるとよくないことが起こりそうですね。

(563)の「スメルジャコフ」と「イワン」の会話の中に次のような話がありました。

「・・・・いきなり奥さまに納まろうという気を起すかもしれませんよ。現にわたし自身も知っていることですが、例のサムソーノフという商人があの方に、そうなればいたってわるくない話だと正直におっしゃって、笑っていたそうですからね。」

これが、当時すでに間近な自分の死を予感し、事実この忠告は五ヶ月後に他界した好色な老人が、みずから「グルーシェニカ」に与えた言葉でした。

ついでに指摘しておくと、そのころすでにこの町では多くの人が、「グルーシェニカ」をめぐるカラマーゾフ親子の愚かで醜い争いのことは知ってはいたものの、親子の双方に対する彼女の態度の真の意味を理解していた者は、当時まだ少なかったのです。

「グルーシェニカ」の二人の女中でさえ(いずれ述べる悲劇がすでに突発したあとで)、法廷で後日、「グルーシェニカ」が「ドミートリイ」に会っていたのは、《殺すと脅迫された》とかで、もっぱら恐怖からにすぎない、と証言したほどなのです。

この段階で今後のストーリイを、「いずれ述べる悲劇」があることと、そして「法廷」の場面があること、「ドミートリイ」が女中を脅したことを潔くバラしていますので、読者はこの後の大体の大筋がわかってしまします。

女中は二人いて、一人は「グルーシェニカ」の両親の代から奉公している、非常に年をとった、病身でほとんど耳のきこえぬ料理人であり、もう一人はその孫にあたる、二十歳くらいの若いぴちぴちした娘で、「グルーシェニカ」の小間使をしていました。

「グルーシェニカ」の生活はきわめてつつましく、家具調度もいたって貧しいものでした。

彼女の借りている離れは全部で三部屋しかなく、二十年代に流行した古めかしいマホガニーの家具がついていました。

「ラキーチン」と「アリョーシャ」が彼女の家に入ったときは、もうすっかり夕暮れでしたが、どの部屋にもまだ灯りがともっていませんでした。

当の「グルーシェニカ」は客間で、とうの昔にすりきれて穴だらけになった革張りの、マホガニーまがいの背のついた、固い不格好な大きなソファに横たわっていました。

「マホガニー」は高価なので、代替材としてセンダン科カヤ属の樹木は性質は異なるものの外見がマホガニーと酷似しているため頻繁に代替材として使われるとのこと。

頭の下に、ベッドから持ってきた白い羽毛の枕が二つ、あててありました。

両手を頭の下に組み、身じろぎもせずに身体をまっすぐ伸ばして、仰向けに横たわっていました。

人を待っているかのように、黒い絹のドレスを着て、髪には薄いレースの飾り布をつけ、それが実によく似合っていました。

肩にもレースのショールをかけ、大きな金のブローチで留めていました。

まさしく彼女はだれかを待っていたのであり、顔もいくぶん青ざめ、熱っぽい唇と目をして、右足の爪先でソファの腕木をもどかしげにたたきながら、やるせない、苛立たしいような気持で横になっていたのでした。

「ラキーチン」と「アリョーシャ」が現れたとたん、ちょっとした騒ぎが起りました。

まだ玄関にいるうちに、「グルーシェニカ」がすばやくソファから跳ね起き、ふいに怯えた声で「どなた?」と叫ぶのがきこえました。


しかし、客を出迎えたのは小間使で、すぐ女主人に叫びました。


2018年1月15日月曜日

655

一つだけ、みなの確信していることがありました。

ほかでもない、「グルーシェニカ」を陥落させるのはむずかしく、この四年間を通じて彼女の色よい返事を自慢できそうなのは、パトロンの老人を除いて、ほかに一人もいないことです。

これは確かな事実でした。

なぜなら、彼女の色よい返事を得ようと、特にこの二年間、少なからぬ求愛者が立ち現れたからです。

しかし、いっさいの試みがむだとわかり、求愛者の中には、この意志の強い若い女性からにべもない嘲笑的な肘鉄をくらって、喜劇的な恥さらしな結末すらさらして退却を余儀なくされた者もありました。

さらにまた、この若い女性が特にここ一年ばかり、俗に《ぼろい仕事》とよばれるものに首を突っこみ、この面でもずばぬけた手腕の持主であるとわかったため、しまいには多くの人が彼女を根っからのユダヤ女と綽名するようになったことも、みなが知っていました。

《ぼろい仕事》とは金貸しのことですね。

高利で金を貸すというわけではありませんでしたが、たとえば「フョードル・カラマーゾフ」と組んで一時は実際に、一ルーブルの手形を十カペイカといったただ同然の値段で買占めをやり、それらの手形の中には後日十カペイカにつき、一ルーブルの割で儲かったものさえあったことは、周知の事実でした。

彼女が「フョードル・カラマーゾフ」と組んで仕事をしていたというのは驚きましたが、それで知り合ったのですね。

「一ルーブルの手形を十カペイカ」でというのは、1,000円の手形を100円で買取り元値で売った訳ですから、10倍の儲けがあったわけですね。

ここ一年ほど両足がむくんで歩行の自由を奪われている病人の「サムソーノフ」は、男やもめの大金持で、すでに成人している息子たちには暴君であり、吝嗇な頑固が男でしたが、自分の囲い者にはすっかり牛耳られていました。

最初は彼女をきびしく監督し、しめつけて、当時口さがない連中が言ったように《味気ない》暮しをさせようとしたのですが、「グルーシェニカ」は操の固さに関して絶大の信用をいだかせ、首尾よく自分を解放することに成功しました。

事業にかけてはたいへんなやり手だったこの老人も(今ではとうに故人になっているが)、また際立った性格で、何よりもまずけちで石のように手堅かったため、「グルーシェニカ」にぞっこん参って、彼女なしには生きてゆかれぬほどだったくせに(早い話が、ここ二年ばかりは、まさにそういた有様だった)、まとまった巨額の金はやはり分けてやろうとせず、たとえ彼女がきれいさっぱり別れようと脅してみたとしても、意地を張りとおしたにちがいありませんでした。

この括弧書きの(今ではとうに故人になっているが)の時制はいつなんでしょう、物語の進行上では存命中だと思うのですが、ここでいう(今)は物語の進行上の時制から十数年後のことなんでしょうか。

だが、代りに少しばかりの資金を分け与え、そのことが知れ渡ったときには、それだけでもみながびっくりしたものでした。

「お前は女じゃあるが、しっかり者だから」

八千ルーブルほどを分けてやりながら、彼は言いました。

800万円を与えたわけですが、この老人にとっていろいろ考えた末に彼女の価値がそれだけだったのでしょう、いくら自分の好みではあっても、その自分を超えたところからの決断であり、やはり家族にはかえられないという現実的なというより客観的見地を考慮した上での現実的な判断ということでしょう。

「自分で活用してみるがいい。しかし、今までどおりの年々の手当て以外は、わしが死ぬまでにこれ以上何一つもらえんのだし、遺言でもお前には何も分けてやらんから、それだけは承知しておくがいい」

こういうことを事前に言うだけでも立派なことというか愛があったからだと思います。

老人はこの言葉を守りました。

死んだとき、彼は全財産を、一生そばに置いて召使なみに扱っていた息子たちと、その妻子に譲り、「グルーシェニカ」のことは遺言状に名前も出しませんでした。

これらすべては後日わかったことです。


しかし、《自分の資金》をどう活用すればよいかという助言で、老人は「グルーシェニカ」に少なからず力を貸してやり、彼女に《商売》を教えてやりました。


2018年1月14日日曜日

654

三 一本の葱

「一本の葱」とは何でしょう。

「グルーシェニカ」は、ソボールナヤ広場に近い、町のいちばん目抜きの場所にある、商人の未亡人「モロゾワ」の屋敷のうちの、小さな木造の離れを借りて暮していました。

「ソボールナヤ広場」はモスクワのクレムリンにあるようですが、ここでは「寺院広場」という方がわかりやすですね。

「モロゾワ」の屋敷は石造の大きな二階建てでしたが、古ぼけて、見た目にはおよそぱっとしませんでした。

屋敷にはもう老齢の当の女主人が、これもきわめて年寄りのオールドミスである二人の姪と、ひっそり生活していました。

離れを人に貸す必要なべつになかったのですが、周知のように、「グルーシェニカ」を借家人として入れたのは(もう四年ほど前のことだ)、もっぱら自分の親戚であり、彼女の公然のパトロンである商人「サムソーノフ」の気に入られたい一心からでした。

噂によると、この嫉妬深い老人は《愛妾》を「モロゾワ」のところに囲うにあたって、何よりもまず、老女の鋭い眼力を当てにし、新しい借家人の素行を監視させるつもりだったといいます。

だが、ごく間もなく、鋭い眼力なぞ必要ないことがわかり、結局、「モロゾワ」はめったに「グルーシェニカ」と顔を合わせることもなく、しまいには監視で煙たがらせることも全然なくなりました。

たしかに、老人が県庁のある町から、十八歳の内気ではにかみ屋の、ほっそりときゃしゃな、もの思わしげに愁いを秘めた少女を、この屋敷に連れてきてから、すでに四年の歳月がたち、さまざまなことがありました。

しかし、この少女の来歴に関して、この町ではほんのわずかの、あやふやな知識しか持ち合わさず、最近になって、それもきわめて多くの人たちが、四年の間に《絶世の美女》になり変った「アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ(訳注 ちゃんとしたレディ扱いした感じ)に関心を示すようになってからでさえ、それ以上のことはわかりませんでした。

ただ噂によると、十七のときに彼女は、なんでも将校か何からしいが男に欺され、そのあとすぐ棄てられたといいます。

その将校は町を離れて、その後どこかで結婚し、「グルーシェニカ」は恥辱と貧困の中にとり残されたのでした。

もっとも、「グルーシェニカ」が今の老人によって貧困から救いあげられたのは事実だとしても、元来が堅気の聖職者の家庭の出で、非常勤の助祭か何かの娘だという説もありました。

ところが四年の間に、この感受性の強い、傷ついた哀れなみなし児が、血色のいい、むっちりしたロシア美人に生れ変ったのです。

大胆な決断的な性格の女性になり、傲慢で人を人とも思わず、利殖の才にたけ、けちで慎重で手段を選ばぬ、儲け上手であって、世間の評判では、いち早くもう自分の財産を作りあげたといいます。

たたみかけるような人物描写で彼女が実在するかのように明確に浮かび上がってきます。


まだこの後も「グルーシェニカ」のことが説明されています。


2018年1月13日土曜日

653

「アリョーシャ」は無言で立ちあがり、「ラキーチン」のあとについて歩きだしました。

「こいつを兄さんのイワンが見たら、さぞおどろくことだろうな! それはそうと、兄さんのイワンは今朝モスクワへずらかったな、君は知ってるのかい?」

「知ってるよ」

「アリョーシャ」は無関心に言いました。

と、突然、頭の中に兄「ドミートリイ」の面影がちらと浮びましたが、ちらと頭の中をよぎっただけで、何かもはや一刻も猶予できない火急の用事を、ある種の義務を、恐ろしい責務を思い起させはしたものの、その思い出さえべつに何の印象ももたらさず、心にも入りこまず、次の瞬間には記憶から飛び去り、忘れ去られていました。

だが、そのあと永いこと、「アリョーシャ」はこのことをおぼえていました。

物語は時間が行ったり来たりするのですが、このとき「アリョーシャ」の頭をよぎった「ドミートリイ」の面影についてはこれから大変なことが起こるのであり、この部分の描写はそのことの伏線でもありますね。

「君の兄さんのワーネチカがいつだったか、僕のことを《無能な自由主義の鈍物》と評したことがあったよ。君も一度こらえきれなくなって、僕が《恥知らず》だってことを、さとらせようとしたっけね・・・・なに、かまわんさ! 今度はこっちが君らの有能ぶりと誠実さを拝む番だ(この最後の言葉を、ラキーチンはもはやひとりごとのようにつぶやいた)。ちぇ、なあ君」

そうですね、「イワン」が「ラキーチン」を批判したことが書かれていましたね。

彼はまた大声で言いはじめました。

「修道院は避けようや、小路を通ってまっすぐ町に行こうじゃないか・・・・うん。ちょうどホフラコワ夫人のとこへも寄らなけりゃならないし。あのね、僕はこの出来事をすっかりあの夫人に知らせてやったんだ、そしたらどうだい、とたんに鉛筆で走り書きした返事をよこして(あの夫人は手紙を書くのがおそろしく好きでね)、『ゾシマ神父のような立派な長老から、このような仕打ち(八字の上に傍点)は予期していませんでした!』だとさ。まったく、君らは揃いも揃って! あ、待てよ!」

「ホフラコワ夫人」の中では「ゾシマ長老」の立場はそんなにも落ちているのでしょうか。

だしぬけにまた叫んで、ふいに立ちどまると、彼は「アリョーシャ」の肩をおさえて、やはり立ちどまらせました。

「そうだ、アリョーシャ」

ふいにひらめいた思いがけない新しい考えにすっかり心をとらえられ、うわべこそ笑っていましたが、どうやらこの新しい突然の考えを口に出すのがこわいと見えて、彼は探るように相手の目をのぞきこみました。

それほど、今の「アリョーシャ」がおちこんでいる、彼にしてみればまったく予想外のふしぎな気分を、いまだに信ずることができなかったのです。

「アリョーシャ、今からどこへ行けばいちばんいいか、わかるかい?」

やっと彼は探りを入れるように、おそるおそる言いました。

「グルーシェニカのところへ行こうか、え? 行くかい?」

臆病な期待に全身をふるわせながら、ついに「ラキーチン」は言ってのけました。

「行こう、グルーシェニカのところへ」

「アリョーシャ」は動ずる色もなく、すぐさま答えました。

これは、つまり、これほどすみやかな平静な同意は、「ラキーチン」にしてみればあまりにも意外でしたので、危うくうしろにとびすさりかねぬくらいでした。

「え、え! ・・・・そうか!」

彼はびっくりして叫びかけましたが、突然「アリョーシャ」の腕をしっかりつかむと、せっかくの決意が消え失せることをひどく恐れながら、ぐいぐいと小路を引っ張って行きました。

二人は黙って歩きました。

「ラキーチン」は口をきくことさえ恐れていました。

「彼女、きっと大喜びするだろうよ、喜ぶとも・・・・」と、つぶやきかけて、また口をつぐみました。

それに、「アリョーシャ」を連れて行くのは、「グルーシェニカ」を喜ばせるためではまったくありませんでした。

彼は手堅い男でしたから、自分に有利な目的なしには何事も企てたりしませんでした。

今の彼には、二重の目的があり、第一は復讐の目的、つまり、《行い正しき人の恥辱》を、「アリョーシャ」の《聖人から罪びと》への確実な《堕落》を見ることで、その楽しみに彼は今からもう酔っていました。

第二に、彼にとってきわめて有利な、ある種の物質的な目的も念頭にあったのだが、それについてはあとで語ることにしよう。

『つまり、そんな瞬間が訪れたってわけだ』

彼はひそかに意地わるく、楽しく考えました。

『とすれば、こっちはそいつの、そういうチャンスの首根っ子をつかまえてやるまでさ。なにしろ、もってこいのチャンスだからな』


まったくどうしようもない男ですね、「人の弱みにつけこむ」とはこういうことです。


2018年1月12日金曜日

652

「アリョーシャ」はやっと相手を見ましたが、なにか放心した様子で、いまだに相手の言葉がろくに理解できぬみたいでした。

「ほんとに、君のあの老人が腐臭を立てたことだけが原因なのかい? あの人が奇蹟をしでかすなんて、本気で信じていたのか?」

またしても心底からのおどろきに変りながら、「ラキーチン」は叫びました。

「信じていたとも。今も信じているし、これからだって信じつづけるだろうよ。まだ何か言うことがあるのかい?」

「アリョーシャ」は苛立たしげに叫びました。

「いや、べつにないさ。呆れたもんだ、この節じゃ十三歳の中学生だってそんなことは信じちゃいないぜ。しかし、呆れたよ・・・・それで君は今、自分の神に腹を立てて、謀叛を起したんだな。これほどの忠勤に対して何のお沙汰もないとは。まったく君って男は!」

「アリョーシャ」はなぜか目を細めて、永いこと「ラキーチン」を見つめました。

その目に突然何かが光りました・・・・が、「ラキーチン」に対する怒りではありませんでした。

「僕は自分の神に謀叛を起したわけじゃない、ただ《神の世界を認めない》だけさ」

とうとう「アリョーシャ」は《神の世界を認めない》とまで言ってしまいました、「奇蹟」は信じると言っているのですが、《神の世界を認めない》とはどういう意味なのでしょうか。

ふいに「アリョーシャ」はゆがんだ笑いをうかべました。

「神の世界を認めないとは、なんのことだい?」

「ラキーチン」はこの返事にちょっと首をひねりました。

「なんて他愛のないことを?」

「アリョーシャ」は答えませんでした。

「下らん話はもうたくさんだ、本題に入ろう。君は今日、食事をしたのかい?」

「おぼえてないけど・・・・だぶん食べたよ」

「その顔から見て、少し元気をつけなけりゃいかんな。君を見てると胸が痛むよ。だってゆうべも寝ていないんだろう。ちらときいたけど、あっちで会議があったそうじゃないか。そのあと、ずっとこの騒ぎだもの。せいぜい聖餅の一片くらいつまんだ程度にちがいないよ。僕はポケットにソーセージを持ってるんだがね。さっきここへ向かうとき、万一の用意に町から持ってきたんだ。ただ、ソーセージじゃ君はだめだな・・・・」

「ソーセージでもいいさ・・・・」

修道僧はソーセージを食べてはいけないことになっているのでしょうか、知りませんでした。

「へえ! こいつはおどろいた! つまり、完全に謀叛を起したってわけだ、バリケード闘争か! まあ、君、べつにこういう問題を無視することはないさ。僕のところへ行こうや・・・・僕自身は今ウォトカを一杯やりたいところだがね、ひどく疲れたよ。君はたぶんウォトカまでは踏み切れまいな・・・・それとも飲むかい?」

「ウォトカももらうよ」

「ひょう! こいつはすごい!」

「ラキーチン」は奇妙な目をしました。

「とにかく、ウォトカといい、ソーセージといい、大胆な結構なことだ、見のがすわけにはいかんね、さ、行こう!」


一体、「アリョーシャ」は崩壊してしまったのでしょうか、いや、そんなはずはありません。