2018年11月19日月曜日

963

彼は「ミーチャ」の脱走をお膳立てするため、自分が三万ルーブル提供しようと決心しました。

が、その日、兄のところから帰る途中、彼はひどく心が滅入り、乱れていました。

「その日」とはいつでしょうか、前後が激しいので時系列がわからなくなってしまいました、(931)で「ラキーチン」と入れ替えに「アリョーシャ」が刑務所に行き「ドミートリイ」と話をします、(939)ではじめて脱走の話が出ます、(940)には「イワンは強く言い張ってるんですか、それから最初にそれを思いついたのは、だれなんです?」という「アリョーシャ」の質問に「ドミートリイ」は「彼さ、彼が思いついたんだ、そして彼が言い張っているんだよ! ずっとここに来なかったのに、一週間前に突然やってきて、いきなりこの話からはじめたんだよ。ひどくこだわっているぜ。すすめるんじゃなく、命令するんだからな。」と言っています、ですから、「その日」とは「アリョーシャ」の刑務所訪問の一週間前の話です。

突然、自分が脱走させようと望んでいるのは、それに三万ルーブル出して爪痕を癒やすためばかりではなく、ほかにも何か理由があるような感じがしはじめたからでした。

『心の中では、俺も同じような人殺しだからではないだろうか?』

彼は自分にたずねてみました。

これは贖罪ということですかね。

何か間接的ではありますが、焼きつくようなものが心を刺しました。

何よりも、このまるひと月の間、彼のプライドはひどく苦しみつづけていました、しかしその話はあとにしましょう・・・・さて、「アリョーシャ」との話のあと、自分の下宿の呼鈴をつかんでから、突然「スメルジャコフ」を訪ねる決心をすると、「イワン」はふいに心の中に煮え返った一種特別な憤りに屈しました。

たった今「カテリーナ」が、「アリョーシャ」のいる前で、「あの人(つまりミーチャ)が犯人だと、あたしに言い張ったのは、あんたよ、あんただけよ!」と叫んだことを、ふいに思いだしたからです。

それを思いだして、「イワン」は呆然とさえなりました。

犯人は「ミーチャ」だなどと、これまで彼はただの一度も彼女に主張したことはありませんでしたし、それどころか、「スメルジャコフ」のところから帰ってきたあのときなぞ、彼女の前で自分自身に嫌疑をかけたほどでした。

むしろ反対に、彼女(二字の上に傍点)こそ、あのとき《文書》を取りだして、兄の有罪を証明したではないか! 

それなのに突然今になって、「あたし、スメルジャコフのところに自分で行ってみたのよ!」などと叫ぶとは!

いつ行ったのだろう?

「イワン」はそのことを全然知りませんでした。

知らないのはおかしいのではありませんか、そんな重要なことを知らせないと言うのは「イワン」と「カテリーナ」の関係はどうなっているのでしょう、へんです。

つまり、彼女は「ミーチャ」の有罪をすっかり信じているわけではないのだ!

それに、「スメルジャコフ」が彼女に何を言うかわかったものではありません。

いったい何を、何をあの男は彼女に言ったのだろう?

恐ろしい怒りが彼の心に燃えあがりました。

どうして三十分ほど前に彼女のそんな言葉をきき流し、その場でどなりつけずにいられたのか、わかりませんでした。

彼は呼鈴を放りだすと、「スメルジャコフ」の家に向って走りだしました。

『今度ばかりは、ことによると、あいつを殺すかもしれない』


道々、彼は思いました。


2018年11月18日日曜日

962

「イワン」はこの《文書》を読み終ると、確信にみちて立ちあがりました。

つまり、殺したのは「スメルジャコフ」ではなく、兄なのです。

「スメルジャコフ」でないからには、つまり、彼「イワン」でもない。

この手紙が突然、彼の目に数字のようにはっきりした意味を持ってきました。

もはや彼にとってはこれ以上、「ミーチャ」の有罪に対していかなる疑念もありえませんでした。

ついでに言うなら、「ミーチャ」が「スメルジャコフ」と組んで殺したのかもしれぬという疑いは、「イワン」の心に一度も生じませんでしたし、それは事実とも符号しませんでした。

「イワン」はすっかり安心しました。

なんと彼は素直で単純なんでしょうね。

翌朝、「スメルジャコフ」や、その嘲笑を思いだしても、軽蔑をおぼえただけでした。

数日後には、どうしてあんな男の疑いにあれほど苦悩して腹を立てたのか、ふしぎな気さえしました。

彼はあの男を軽蔑し去って忘れようと決心しました。

こういう考え方をするというのも単純ですね。

こうして、ひと月過ぎました。

彼はもはや「スメルジャコフ」のことなぞ、だれにもたずねませんでしたが、二度ほど、あの男が重い病気で、頭がおかしくなっていることを、ちらと耳にしました。

「結局、発狂するでしょうよ」-一度、若い医師の「ワルヴィンスキー」がこう言ったことがあり、「イワン」はそれを記憶にとどめました。

これは(779)で「完全な意味でそうだとは言えませんが、ある種の異常は認められます」との発言のことでしょうか、ちょっと違うようですね。

その月の最後の週に入ると、彼自身もひどく身体具合がわるいのを感ずるようになってきました。

裁判の直前に、「カテリーナ」に招かれてモスクワから来た医者にも、もう診てもらっていました。

「カテリーナ」との関係が極度に尖鋭化したのは、まさにこの時期にあたっていました。

二人はなにか互いに恋し合う仇同士みたいでした。

「ミーチャ」に対する「カテリーナ」の愛の、束の間ではありますが、はげしい再発は、もはや「イワン」を完全な狂乱におとしいれました。

この「ミーチャ」に対する「カテリーナ」の束の間の愛は、どこに書かれているのでしょうか、忘れたかもしれませんし、わかりません。

奇妙なことに、すでに記した、「アリョーシャ」が「ミーチャ」との面会の帰りに寄ったときに、「カテリーナ」の家で起ったあの最後の一幕まで、「イワン」は、自分があれほど憎んでいる兄に対して彼女の愛が《再発》したにもかかわらず、まるひと月の間にただの一度として彼女の口から、「ミーチャ」の有罪に対する疑念をきいたことがありませんでした。

「すでに記した、アリョーシャがミーチャとの面会の帰りに寄ったとき」とは(942)で書かれています、彼女の愛の《再発》とは、(943)の「『あたくし、つい一時間ほど前までは、あんな悪党にかかり合うのが恐ろしいと思っていたんです・・・・毒蛇にさわるみたいで・・・・でも、そうじゃないんです。あの人はあたくしにとって、いまだにやはり人間なんです! あの人が殺したのかしら? あの人が殺したの?』すばやくイワンをかえりみて、彼女は突然ヒステリックに叫びました。アリョーシャは一瞬のうちに、この同じ質問を彼女がすでにイワンに、おそらく自分の来る一分ほど前に発したことや、しかもそれがはじめてではなく、百遍目の質問であり、口論に終ったことを、さとりました。』との部分ですね、つまり「イワン」の激しい嫉妬です。

さらにもう一つ注目すべきことは、彼が「ミーチャ」への憎悪が日ましに強まるのを感じながら、同時に一方では、自分が兄を憎んでいるのは、「カテリーナ」の愛の《再発》のためではなく、まさに兄が父を殺したためである(十二字の上に傍点)ことを理解していた点にありました。

彼はそのことを自分でも感じ、十分意識していました。

それにもかかわらず、彼は公判の十日ほど前に「ミーチャ」を訪ね、脱走の計画を、それも明らかにだいぶ前から考えぬいた計画を提案したのでした。

この「脱走の計画」の提案の過程がぜひとも知りたいですね。


この場合、彼にこのような行動をとらせた主要な原因のほかに、兄を有罪にするほうが得だ、そうなれば父の遺産の額が彼と「アリョーシャ」にとって、四万から六万にはねあがるからだ、と言った「スメルジャコフ」のあの一言によって、心に癒えることなく残された爪痕も、責任がありました。


2018年11月17日土曜日

961

「殺したのがドミートリイではなく、スメルジャコフだとすると、もちろんそのときは僕も共犯だ。なぜって僕はたきつけたんだからね。僕がたきつけたのかどうか、まだわからんな。しかし、殺したのがドミートリイではなく、あいつだとしたら、もちろん僕も人殺しなんだ」

これをきくと、「カテリーナ」は黙って席を立ち、自分の書き物机のところに行って、その上にあった手文庫を開け、何やら紙片を取りだして、それを「イワン」の前に置きました。

この紙片こそ、のちに「イワン」が「アリョーシャ」に、父を殺したのは兄の「ドミートリイ」だという《数学のようにはっきりした証拠》として語った、ほかならぬその文書でした。

それは、いつぞや「カテリーナ」の家で、彼女が「グルーシェニカ」に侮辱された例の一幕のあと、修道院に帰る途中の「アリョーシャ」に野原で「ミーチャ」が出会った、あの晩、酔いにまかせて「ミーチャ」が「カテリーナ」宛てに書いた手紙でした。

「ドミートリイ」が「アリョーシャ」を待ち伏せして驚かせたことは(404)に書かれています。

あの晩、「アリョーシャ」と別れたあと、「ミーチャ」は「グルーシェニカ」のところにとんで行きました。

(410)で「ドミートリイ」は「・・・・いよいよ最後の何かの瞬間までな、さよなら、アリョーシャ!」と言って一旦別れたのですが、引き返してきます、そして(411)で「・・・・そして彼はふいに去ってゆき、今度はもう本当に行ってしまいました。アリョーシャは修道院に向かいました。」と書かれていましたので、この後「ドミートリイ」は「グルーシェニカ」のところへ行ったのですね。

彼女に会ったかどうかわかりませんが、夜中近くに飲屋《都》に姿をあらわし、当然のことながら、ぐでんぐでんに酔いました。

酔った彼はペンと紙を求め、この重大な文書を書きなぐったのでした。

それは気違いじみた、饒舌な、とりとめのない、まさしく《酔いにまかせた》手紙でした。

ちょうど、酔払った男が家に帰るなり、妻なり家族のだれかなりをつかまえて、俺はたった今侮辱された、俺を侮辱したのは実に卑劣なやつだが、反対にこの俺はきわめて立派な人間なのだ、俺はあの卑劣漢にきっと思い知らせてやる、といった類のことを、酔った目に涙をうかべ、拳でテーブルをたたきながら、いきり立って、とりとめもなく長々と、異常なくらいむきになってしゃべりだすのと同じようなものでした。

このような状態は理解できるのですが、こんなにくどくどと具体的に書かなくてもいいのではないかと思います、もしかして実体験なのかもしれないと思ってしまいます、が、しかしこのシーンはあとあと重要な意味をもってくるのですから、読者に印象付けようとしたのかもしれません。

手紙を書くのに飲屋でもらった紙は、粗悪なごく普通の便箋を切りとった汚い紙片で、裏には何かの勘定が記してありました。

酔払いの饒舌にはどうやら紙面が足りなかったらしく、「ミーチャ」は紙面いっぱいに書きなぐったばかりか、最後の数行などは、前に書いた文章の上に縦に書きつけてありました。

手紙は次のような内容でした。

『宿命の女性カーチャよ! 明日、金を手に入れて、例の三千ルーブルを返す。そしたら、さよならだ-深い怒りに燃える女性よ。だが、さよなら、俺の愛も! これでけりをつけよう! 明日は、だれかれかまわず頼んで金を手に入れるようにする。もし、だれからも借りられない場合には、固く約束しておくが、イワンが出かけさえしたら、親父のところへ押しかけて、頭をぶち割って、枕の下にある金をちょうだいする。懲役に行こうと、三千ルーブルはきっと返す。君も赦してくれ。地面に頭をすりつけてお詫びする。君に対して俺は卑劣漢だったからな。赦しておくれ。いや、赦してくれぬほうがいい。そのほうが俺も君も、気が楽だもの! 君の愛情より懲役のほうがましだ。俺はほかの女を愛しているからだ。その女を君は今日あまりにも深く知りすぎた。それでどうして赦せるだろう? 俺の金をくすねたやつを、俺は殺してやる! だれの顔も見ずにすむよう、俺は君たちみんなから逃れて、極東に行く。あの女(三字の上に傍点)も見たくない。なぜって、俺を苦しめるのは君だけじゃなく、あの女もだからな。さよなら!
追伸。俺は呪いを書いているが、君を崇拝しているんだ! 胸の中できこえる。弦が一本残って、鳴っているんだ。心臓が真っ二つになってくれたほうがいい! 俺は自殺する、だが手はじめはやはりあの犬畜生だ。あいつから三千ルーブル奪って、君にたたきつけてやる。俺は君に対して卑劣漢でこそあったけれど、泥棒じゃないからな! 三千ルーブルを待っていてくれ。犬畜生の布団の下に、バラ色のリボンで結わえてあるんだ。泥棒は俺じゃない。俺が泥棒を殺すんだ。カーチャ、軽蔑の目で見ないでくれ。ドミートリイは泥棒じゃない、人殺しだ! ちゃんと立って、君の傲慢さを辛抱せずにすむよう、親父を殺して自殺したのだ。君を愛さずにすむようにな。
三伸。君の足にキスする。さよなら!
四伸。カーチャ、だれかが金を貸してくれるよう、神さまにお祈りしてくれ。そうすれば、俺は血に染まらずにすむ、借りられなければ、血を見るのだ! 俺を殺してくれ!
奴隷であり仇敵であるD・カラマーゾフ』


酔いにまかせて書いたとしてもこの手紙の存在はまずいですね、「カテリーナ」はこの手紙で「ドミートリイ」が「グルーシェニカ」に会って話を聞いたと思ったのではないでしょうか、「アリョーシャ」から聞いたとは思わないかもしれません、内容は、どんなことをしてでも三千ルーブルを返すという自分の強い意志を知らせたという内容ですが、「親父のところへ押しかけて、頭をぶち割って、枕の下にある金をちょうだいする」というのはそのままですね、ただ「イワンが出かけさえしたら」というのは、これもその通りになったのですが、酔っ払いにしては気が回っていますね。


2018年11月16日金曜日

960

「なんでフランス語の単語なんぞ暗記しているんだ?」

テーブルにのっているノートを、「イワン」は顎で示しました。

どうしたことでしょう、「イワン」は全く話題を変えましたね、彼はモスクワでさんざん進歩的な思想に触れてきていると思うのですが、「スメルジャコフ」に対する今までの言動からみると全くの専制君主のようですね。

「わたしだって、教養を伸ばすために、フランス語の単語をおぼえちゃならんという理由はございませんでしょうが。わたし自身だって、ことによると、そのうちヨーロッパのああいう幸福なところに行けるようになるかもしれない、と思いましてね」

「いいか、悪党」

「イワン」は目をぎらぎらさせ、全身をふるわせました。

「俺はお前の言いがかりなんぞこわくない。俺に関して何とでも証言するがいいさ。俺は今お前を殴り殺さずにおいたのは、今度の犯罪でお前をクロとにらんで、法廷に引きずりだすためにほかならないんだ。この先お前の罪をあばきだしてみせるからな!」

「イワン」は実際のところどう思っているのでしょうか、私は「ドミートリイ」が犯人だと彼は思っていると思うのですが、「スメルジャコフ」も犯罪に何らかの形で加担しており、そのことを法廷で明らかにしたいのでしょう。

「でも、わたしの考えでは、黙ってらっしゃるほうがようございますよ。だって、まったく無実のわたしを、どうして犯人よばわりできますか、それにだれがあなたの言葉を信じてくれます? あなたがはじめたら最後、わたしもすべて話しますからね。なぜって、わたしだってわが身を守らにゃなりませんでしょうが?」

「俺がいまさらお前をこわがる、とでも思ってるのか?」

「今あなたに申しあげたわたしの言葉が、すべて法廷で信用されなくたってかまやしません、その代り世間では信じてくれますから。そうすれば、あなたもいい恥をかくことでしょうよ」

「それもやはり、『賢い人とはちょっと話してもおもしろい』という意味なのか、え?」

ここが、この肝心なところが今ひとつ理解できません、つまり『賢い人とはちょっと話してもおもしろい』とは、言い換えればどういうことを指しているのでしょうか、たとえば、「分かる人には分かる」と言うことでしょうか。

「イワン」は歯ぎしりしました。

「まさにそのとおりですとも。賢くなさってくださいまし」

これは、まったく誰が聞いても「スメルジャコフ」の勝利で「イワン」は完敗ですね、しかし教養も知識もある「イワン」が奴隷の身分である「スメルジャコフ」にここまで言い負かされるというのは、彼自身に疚しいことがあるからでしょうか。

「イワン」は怒りに全身をふるわせながら、立ちあがり、外套を着ると、それ以上「スメルジャコフ」に返事をせず、見ようともしないで、足早に小屋を出ました。

すがすがしい夜気が気分をさわやかにしてくれました。

空に月が明るくかがやいていました。

さまざまな思いと感覚の恐ろしい悪夢が、心の中でたぎり返っていました。

『今すぐスメルジャコフを訴えに行こうか? しかし、何と言って訴えよう。あいつはとにかく無実なんだからな。あべこべに、あいつが俺を訴えることだろう。実際、何のためにあのときチェルマーシニャへ行ったりしたんだ? なぜ、何のために?』

「イワン」はチェルマーシニャに行こうとしていましたが、実際には行っていませんね、(573)で「チェルマーシニャへは行かなくていい。どうだい、七時の列車に遅れないだろうか?」と言っています。

「イワン」は自分に問いかけました。

『そう、もちろん、俺は何事かを期待していたんだ。あいつの言うとおりだ・・・・』と、これでも百遍目にもなるのですが、またしても、あの最後の夜、階段の上から父の様子にきき耳を立てたことが思い起こされました。

ここで書かれている「あの最後の夜、階段の上から父の様子にきき耳を立てたこと」については、(954)でも「つまり、何のために俺はあのとき、出発前の最後の夜、フョードルの家で、泥棒のようにこっそり階段に出て行って、階下で父が何をしているか、きき耳をたてたのだろう、なぜそれをあとで思いだしたとき、嫌悪にかられたのだろう、なぜ翌朝、道中であんなに突然、気が滅入り、モスクワに列車が入る頃になって、『俺は卑劣な人間だ!』と自分自身に言ったのだろう、などとたえず自分に問いかけるようになった、とだけ言えば十分でしょう。」と書かれています、ここの部分は(567)の「ずっとあとになってこの一夜を思いだすたびに、イワンは一種特別な嫌悪とともに思い起したのですが、その夜彼は何度か突然ソファから立ちあがって、まるで監視されてはいないかとひどく恐れるみたいに、そっとドアを開けて、階段の上に出ては、階下の部屋の様子や、フョードルが下の部屋で身動きしたり歩きまわったりしている気配に耳をすまし、永いこと、そのつど五分くらいずつ、何か異様な好奇心を燃やし、胸をどきつかせながら、息を殺してきき入っていたものであり、それでいて何のためにそんなことをしているのか、何のために耳をすましているのか、もちろん、自分でもわからないのでした。この《行為》を彼はそのあと一生の間、《醜悪な》行為とよび、生涯を通じて心ひそかに深く、自分の一生の中でももっとも卑劣な行為と見なしていました。」の部分であり、それに続く(568)で「フョードルそれ自身に対しては、この瞬間なんの憎しみすら感じず、ただなぜか、父が階下の部屋をどんなふうに歩きまわっているだろう、今ごろは大体何をしているはずか、と懸命に好奇心をつのらせ、きっと父は暗い窓から外をうかがったり、ふいに部屋の真ん中で立ちどまったりして、だれかノックしいているのではないかと、ひたすら待ちわびているにちがいないなどと予測したり、想像したりしていたにすぎませんでした。そんなことをするために、イワンは階段の上に二、三度出て行きました。」と書かれています、なんだかすっきりしないわかりにくい書き方だと思います。

しかし、今はそれを思いだすなり、ひどい苦痛をおぼえたため、突き刺されたようにその場に立ちすくんだほどでした。

『そうだ、俺はおのときあの事態を期待していたんだ、たしかにそうだ! 俺はのぞんでいた、殺人を望んでいたんだ! 俺が殺人を望んでいたって? ほんとに望んでいたのだろうか? スメルジャコフのやつを殺さなけりゃいけない! もし今スメルジャコフを殺す勇気もないんなら、これから生きてゆく値打ちもないんだ!」

「イワン」はそのとき、自分の家へ寄らずに、まっすぐ「カテリーナ」のところへ行き、その姿で彼女をびっくりさせました。

まるで狂人のようだったのです。

彼は「スメルジャコフ」との話を、細かい点にいたるまで残らず伝えました。

どんなに彼女が説得しても、「イワン」は気を鎮めることができず、のべつ部屋の中を歩きまわって、きれぎれに異様なことを口走っていました。


やっと腰をおろしたものの、テーブルに肘をつき、両手で頭を支えて、奇妙な警句めいた言葉をつぶやきました。


2018年11月15日木曜日

959

「すべて、例のチェルマーシニャのおかげでございますよ。考えてもごらんなさいまし! あなたはモスクワへ行くおつもりで、チェルマーシニャへ行ってくれというお父さまのあらゆる頼みを断わっていらしたんですよ! それが、ばかなわたしのたった一言でふいに承知なさったんですからね! 何の必要があって、あのときチェルマーシニャ行きを承知なさったんです? わたしのたった一言で、何の理由もなしに、モスクワではなく、チェルマーシニャへいらしたからには、つまり、何かをわたしに期待してらしたわけじゃありませんか」

「スメルジャコフ」は「・・・・それが、ばかなわたしのたった一言でふいに承知なさったんですからね!」と言っていますが、これはどこの部分でそう言ったのでしょうか、(959)でも「スメルジャコフ」は「わたしがあなたをモスクワからチェルマーシニャへ方向変えさせようとしたからには、つまりあなたに近くにいていただくことを望んだわけで、・・・・」と自分がチェルマーシニャ行きを決心させたかのように言っています、はじめは(571)で「フョードル」の発言「と、つまり、行ってくれるんだな、行くんだな? じゃ、すぐに一筆書くから」に対して、「イワン」は「行くかどうか、わかりませんよ。途中で決めます」と自ら決めると言っていたのを「スメルジャコフ」がチェルマーシニ行きの方に決定づけたということなんですが、直接的な言い方はどこにもないように思います、(564)で「イワン」は「そんなことを言ったあとで、俺にチェルマーシニャ行きをすすめたりするんだ? それでいったい何を言いたかったんだ? 俺が行ってしまったあと、ここでそんなたいへんなことが起るんじゃかいか」と自ら言っているということは、どこかでそう言っているのかもしれません、または(572)で「イワン」は幌馬車に乗りこんでから、「どうだ・・・・これからチェルマーシニャへ行くんだぜ」と「スメルジャコフ」に言っていますが、これはわざわざ「スメルジャコフ」の進めに同意したということでしょうか。

「違う、誓ってもいいが、そんなことはない!」

歯ぎしりしながら、「イワン」はどなりました。

「どうして違うんでしょう? それどころか、本来ならば、あなたはお父さまの息子なのですから、わたしのあのときの言葉をきいたら、何よりもまず警察に突きだして、笞打ちの刑にするか・・・・少なくともその場ですぐ横面を張り倒すなりして当然のはずです。ところが、とんでもない、あなたは反対に、少しも怒らぬばかりか、すぐさま愛想よく、わたしのいたって愚かな言葉どおりそのまま実行して、お出かけになったんです。これはどうも解せない話じゃございませんか。なぜって、あなたは当然、お父さまの生命を守るために、とどまるべきだったんですからね・・・・どうして勘ぐらずにいられますか?」

「イワン」は眉をひそめ、ひきつけを起こしたように両手で膝に突っぱったまま、坐っていました。

「そう、あのとき、横面を張り倒さなかったのが残念だよ」

彼は苦々しく笑いました。

「あのとき、警察へ突きだすことはできなかったさ。だれも信じちゃくれないだろうし、何の証拠もあげられないからな。しかし、横面を張り倒すのなら・・・・くそ、思いつかなかったのが残念だよ。たとえ、鉄拳制裁が禁じられていたって、お前のその面をめちゃくちゃにしてやったところなんだが」

「スメルジャコフ」はほとんど楽しんでいるような目で、「イワン」を眺めていました。

「人生の普通の場合には、ですね」

彼はいつぞや、「フョードル」の食卓の給仕をしながら、「グリゴーリイ」と信仰について議論し、相手をやりこめたときと同じく、自己満足した理屈屋らしい口調で言いました。

(358)に食卓での「スメルジャコフ」の理屈が書かれています。


「人生の普通の場合には、鉄拳制裁は現在ではたしかに法律で禁じられていますし、だれもが殴らなくなりました。しかし、特殊の場合には、わが国に限らず、世界じゅうで、あのもっとも完全なフランス共和国にしても、やはりアダムとイブのころのように、相変らず殴りつづけていますし、これはいつの世になってもなくなりますまいよ。ところがあなたは、あのときみたいな特殊の場合にも、その勇気がなかったじゃありませんか」


2018年11月14日水曜日

958

「殺すなんてことは、あなたはご自分では絶対にできなかったし、そんな気もありませんでしたが、だれかほかの人間が殺してくれたらと、それをあなたは望んでらしたんです」

「よくもしゃあしゃあと、平気でそんなことを言えるもんだ! どうして俺がそんなことを望むんだ、どういう理由で望むんだよ?」

「どういう理由で望むかですって? じゃ、遺産はどうなんです?」

「スメルジャコフ」はなにか復讐的にさえひびく口調で、毒々しく、これを受けました。

「だってあのときお父さまが死ねば、あなた方三人兄弟のそれぞれに四万ルーブル弱ずつ入るはずです、あるいはそれ以上かもしれません。ところが、あのときもし大旦那さまがアグラフェーナ・アレクサンドロヴナと結婚なされば、あのご婦人は式のあとすぐに全財産をご自分の名義に移されたことでしょうよ。なにしろ、とても頭のいい人ですから。そうなれば、あなた方三人兄弟はお父さまが亡くなられても、ただの二ルーブルも手に入らないはずだったんです。それにあのとき、その結婚はおよそ手の届かぬ話だったでしょうか? 間一髪だったじゃございませんか。あのご婦人がこんなふうに小指でちょいと招きさえすれば、大旦那さまはすぐさまあとに従って、まっしぐらに教会に駆けこんだはずですからね」

四万ルーブル、つまり四千万円ですね。

「イワン」は苦しい思いで自分を抑えました。

「よかろう」

やっと彼は言いました。

「このとおり、俺は跳ね起きてお前を殴りもしなければ、殺しもしなかった。その先を言え。つまり、お前に言わせると俺は、兄貴のドミートリイをその仕事に予定し、兄貴を当てにしていたというんだな?」

「だって、お兄さまを当てにせぬはずはないでしょうに。とにかくお兄さまが人殺しをすれば、とたんに貴族のいっさいの権利も、官位も財産も剥奪されて、流刑になるんですからね。そうすれば、お父さまの死後、お兄さまの分はあなたと弟のアレクセイ・フョードロウィチに等分に残されるわけですから、つまりお二人はそれぞれ、もはや四万ルーブルどころか、六万ルーブルずつ入ることになるんです。ですもの、あのときあなたはたしかにドミートリイ・フョードロウィチを当てにしていらしたにちがいないんです!」

「おい、俺は我慢してきいてやってるんだぞ! いいか、悪党、かりに俺があのときだれかを当てにしていたとすれば、もちろんそれはドミートリイじゃなく、お前だよ。誓ってもいいが、お前が何か汚ない真似をしそうな予感さえしたんだ・・・・あのとき・・・・俺はその印象をおぼえている!」

ここの部分は(556)の「今も彼はいまわしい苛立たしい感じをおぼえて、無言のまま、スメルジャコフを見ぬようにして木戸をくぐろうとしかけたのですが、スメルジャコフがベンチから立ちあがり、その動作一つを見ただけてイワンはもう一瞬のうちに、相手が何か特に話したがっているのを察しました。」から、(557)の「自分でも思いがけなく、彼は低い声で神妙に言うと、これもまったく思いがけなく、ひょいとベンチに腰をおろしました。一瞬、恐怖に近い気持をおぼえたのを、彼は後日思いだしました。」に続きます、そこで「スメルジャコフ」の発した言葉「「なぜ、チェルマーシニャへ行こうとなさらないんです?」が物語の展開の鍵をにぎります、つまり「スメルジャコフ」はもうこの時点で、「ドミートリイ」が父親を殺すだろうということを予想しており、そのことを「イワン」も自分と同じように思っていると思っており、そのために「ドミートリイ」の殺害を促すためには「イワン」が父親の家から出て行って不在の方がことが決定的に運ぶと思っているのでしょう、「スメルジャコフ」は「イワン」との強い意思の疎通を意識していたわけですが、「イワン」の方はそうではなく、仮に「スメルジャコフ」と意思の疎通があったとしても、それは彼の無意識の部分がそうさせたのではないかと、自分では思っているのかもしれません。

「わたしもあのとき、ほんの一瞬間、あなたがわたしのことも当てにしてらっしゃる、と思いましたよ」

「スメルジャコフ」が嘲るように笑いました。

「ですから、そのおかげであなたはあのとき、わたしに対していっそうはっきり本心を暴露なさったんです。だって、わたしに対して何か予感なさりながら、同時にお発ちになったとすれば、つまりそれによってわたしに、親父を殺してもいいぞ、俺は邪魔だてせんからと、おっしゃったも同然ですからね」

「卑劣漢め! そうんなふうにとったのか!」


私もその考えは「スメルジャコフ」の誤解だと思います、自分の願望のようなものが「イワン」に投射されているようです、「イワン」は別にお金に困っている状態でもありませんし、父親が死んでもいいなどと思うはずはないでしょう。


2018年11月13日火曜日

957

「イワン」は跳ね起きるなり、力まかせに相手の肩を拳で殴りつけたため、相手は壁のあたりまでよろけました。

いくら何でもこんな暴力が許されてはなりませんと思うのですが、それはかつては家の使用人であったかもしれませんが、今は全く関係ない個人ですし、こういうことが奴隷制のもとでは普通に行われていて疑問さえ感じなったように思われますね。

とたんにその顔が涙に濡れ、「かよわい人間を殴るなんて、恥ずかしくありませんか、若旦那!」と口走ると、彼はさんざ洟をかんだ、青い縞模様のハンカチで目を覆って、低い声でめそめそと泣きはじめました。

一分ほど過ぎました。

「もういい! やめんか!」

ふいに「イワン」は、また椅子に坐りながら、命令するように言いました。

「俺の忍耐にも限度かあるからな!」

「スメルジャコフ」はぼろ布を目から離しました。

皺だらけになった顔のあらゆる線が、たった今受けた侮辱をあらわしていました。

「それじゃ、お前はあのとき、俺がドミートリイと同様に親父を殺したがっていると思ったんだな、卑劣漢め?」

この最後の「?」は何でしょうか。

「あのときのあなたの考えがわからなかったんです」

「スメルジャコフ」が恨めしげに言いました。

「だから、そこのところを探ってみるために、あのとき、あなたが門に入ろうとするところをよびとめたんです」

「何を探るんだと? 何をだ?」

「つまり、その辺の事情をですよ。お父さまが少しでも早く殺されることを、あなたが望んでいらっしゃるか、どうかをです」

何よりも「イワン」を腹立たしくさせたのは、「スメルジャコフ」が頑なにやめようとしない、このねちっこい、不遜な口調でした。

「お前が親父を殺したんだな!」

だしぬけに彼は叫びました。

「スメルジャコフ」はばかにしたようにせせら笑いました。

「殺したのがわたしでないことくらい、あなただってちゃんとご存じでしょうに。わたしはまた、賢い人間ならこんな話はもう二度とするにあたらない、と思ってましたのに」

「しかしなぜ、なぜあの時お前は、俺に対してそんな疑念をいだいたんだ?」

「ご承知のとおり、もっぱら恐ろしさのあまりですよ。なにしろあのころは、恐怖にふるえて、だれのことでも疑うような心境でしたからね。あなたにも探りを入れてみることに決めたんです。なぜって、もしあなたまでお兄さまと同じことを望んでおられるとしたら、そのときはもう万事休すで、わたし自身も蝿と同じようにひねりつぶされてしまう、とそう思いましたのでね」

「おい、二週間前に言ったこととは違うじゃないか」

「病院でお話ししたときも、同じ意味のことを申しあげたつもりですよ。ただ、あなたなら余計な言葉をならべなくともわかってくださるだろうし、それにとても賢い方だからぶっつけの話はご自身も望まないだろう、と思っただけで」

「何だと、畜生! しかし、答えろ、答えるんだ、俺はどこまでもきくからな。いったいどうして、俺のいったい何が、お前の卑劣な心にそんな卑しい疑念を起させたんだ?」


私は「アリョーシャ」が言うように「スメルジャコフ」が犯人だと思うのですが、仮にそうではないとしたら「スメルジャコフ」は一体何でしょうか、殺意の有る無しでみると、殺意があると推測されるのは、本人はどうかわかりませんが、第一に「ドミートリイ」です、また「スメルジャコフ」は「イワン」も殺意があると思って、それを確かめようとしています、しかし、殺意にも強弱があって、「ドミートリイ」には強い殺意、「イワン」は弱い殺意かもしれませんし、それは無意識な殺意なのかもしれません、「イワン」はしつこく「スメルジャコフ」に自分の殺意の根拠をたずねていますが、それは自分の意識下の殺意を確認するためかもしれません、しかしそれを確認したからといってどうなるのでしょう、事件の解明とは関係ないところの話です。