2018年2月28日水曜日

699

本当のやきもち焼きはこんなものではありません。

やきもち焼きが、なんらの良心の呵責もなしに、どんな恥辱や精神的堕落と折り合って行かれるものかは、想像することさえできぬほどです。

しかもそれがみな、俗悪な汚れた魂というわけではありません。

それどころか、高邁な心をいだき、自己犠牲にみちた清い愛情の持主でも、同時にテーブルの下に身をひそめたり、卑しい人々を買収したりして、スパイだの盗み聞きだのというもっとも醜悪な不潔さと折り合うことができるのです。

オセロには不貞と妥協することなぞ絶対にできなかったにちがいない–たとえ彼の心が幼な子の心のように柔和で純真であったにせよ、赦せないというより、妥協できなかったにちがいません。

本当のやきもち焼きの場合は、そうではありません。

ある種のやきもち焼きが、どんなものと折り合い、妥協し、どんなことまで赦すものか、想像するのもむずかしいほどです。

やきもち焼きは赦すのもだれより早いし、女はみなそれを知っています。

やきもち焼きは、たとえば、もうほとんど証拠のあがった不貞とか、自分自身の目撃した抱擁やキスとかでも、その一方でたとえば、それが《最後の一度》だったのだとか、ライバルがそのときかぎり姿を消して地の果てに行ってしまうとか、あるいは彼自身がどこかもう二度と恐ろしいそのライバルがやってこぬような場所へ女を連れて行ってしまうとかいう確信がなんとかつきさえすれば、きわめて早く(と言ってももちろん、最初に恐ろしい一幕を演じたあとでだが)赦すことができるし、その能力もあるのです。

もちろん、そんな和解が生れるのは、ほんのいっときの間にすぎません。」

なぜなら、たとえ本当のライバルが姿を消したとしても、明日になれば彼はまた別の新しいライバルを考えだして、その新しい相手に嫉妬するからです。

それほど監視せねばならぬ愛にいったい何の価値があるのか、そんなに熱心に見張っていなければならぬ愛に、どれほどの値打ちがあるのか、という気がしそうなものだが、本当のやきもち焼きはそんなことを決して理解できないのです。

この(699)の中で「やきもち焼き」という言葉がなんと7回も出て来ていますが、いくらなんでもこれはちょっと異常な事態ではないでしょうか、あまり本筋とは関係がないと思われる「やきもち焼き」のためにこれだけの文章が書かれていることは作者はよほど「やきもち焼き」に思い入れがあったのでしょう。

「嫉妬」という言葉も多く使われています。

「やきもち焼き」=「嫉妬深い人」でいいのでしょうか。

が、それにもかかわらず、本当の話、彼らの中には高邁な心をもった人々さえ、まま存するのです。

さらに注目すべきことは、そうした高邁な心の持主が、どこかの小部屋に隠れて盗み聞きしたり、スパイをしたりしているとき、みずからすすんではまりこんだその恥辱のすべてを《おのれの高邁な心》によってはっきり理解しているくせに、少なくとも小部屋にひそんでいるその瞬間には、決して良心の苛責を感じないという点です。

「ミーチャ」も、「グルーシェニカ」の姿を見ると嫉妬が消え、一瞬の間は、信じやすい高潔な人間になって、いまわしい感情をいだいた自分をみずから軽蔑さえしました。

しかしそれは、この女性に対する彼の愛情の中に、単なる情欲や、彼が「アリョーシャ」に説いてきかせた《曲線美》だけではなく、彼自身が予想していたよりはるかに高邁な何かが含まれていることを、意味しているのほかなりませんでした。

だが、その代り、「グルーシェニカ」が姿を消すと、「ミーチャ」はとたんにまた彼女の卑劣な狡猾な裏切りを疑いはじめるのでした。


その際にも良心の苛責はまったく感じなかったのです。



2018年2月27日火曜日

698

三 金鉱

まさしくこれが、あれほどの恐怖をこめて「グルーシェニカ」が「ラキーチン」に語った、「ミーチャ」の来訪でした。

何だか物語の前後関係がわかりずらいのですが、「グルーシェニカ」が「ラキーチン」に語ったという「あれほどの恐怖」というのはどこかに描写されていたのでしょうか、「サムソーノフ」の家に「お金の計算」に行くので「ドミートリイ」に送ってもらって、夜中の12時にまた迎えに来てもらうことになっているという部分はありましたが、恐怖を感じながら「グルーシェニカ」が「ラキーチン」に語るシーンはどこに描かれていたのでしょうか、私はわからなくなりました。

彼女はそのとき、例の《急使》を待っていたところで、昨日も今日も「ミーチャ」が来なかったのをとても喜び、うまくゆけば出発まで現れぬかもしれないと期待していたのですが、そこへ突然、彼がおどりこんできたのでした。

その後のいきさつは、承知のとおりです。

ここで「承知のとおり」と書かれていますので、どこかに書かれているはずですが、そのうち探してみます。

厄介払いするため、彼女はとたんに、どうしても《お金の計算》に行かねばならないので、「サムソーノフ」のところまで送って行ってくれるよう説き伏せ、「ミーチャ」がさっそく送って行くと、「サムソーノフ」の門口で別れしなに、今度は家に帰るときに送るため十一時すぎに迎えにくるという約束を彼からとりつけたのでした。

ここで「十一時すぎ」となっていますが、(657)では彼女は「十二時」と言っていましたね。

「ミーチャ」はこの命令にもやはり喜びました。

『サムソーノフの家にずっといるからには、つまり、親父のところには行かぬはずだ・・・・嘘をついているでさえなければ』–と彼はすぐに付け加えました。

だが、彼の目には嘘をついているとは見えませんでした。

彼は、愛する女と離れているとすぐに、彼女の身に何か起りはせぬか、彼女が《裏切り》はせぬかと、途方もない恐ろしい事態をあれこれ考えだすのですが、それでいて、てっきり裏切ったにちがいないと固く確信して、打ちのめされ、絶望しきって、また彼女のところへ駆けつけ、にこにこ笑っている明るい愛想のいい女の顔を一目見ただけで、とたんに精神的に生き返り、すぐさまいっさいの疑いをなくして、嬉しい恥ずかしさをおぼえながら自分で自分の嫉妬深さを叱るといった、まさにそういう性質のやきもち焼きでした。

ようするに単純なのですね。

「グルーシェニカ」を送りとどけたあと、彼は自分の下宿にとんで帰りました。

ああ、今日のうちにやってしまわねばならぬことが、実におびただしくあった!  

だが、少なくとも心は軽くなりました。

『ただ、一刻も早くスメルジャコフから、ゆうべ何かなかったか、ひょっとして彼女が親父を訪ねたりしなかったかを、ききださにゃならんぞ、いやはや!』

こんな考えが頭の中を走りすぎました。

そのため、まだ下宿に走りつかぬうちに、もはや嫉妬が安らぎを知らぬ彼の心の中でふたたびうごめきはじめました。

嫉妬!

『オセロは嫉妬深いのではない。彼は信じやすいのだ』と、「プーシキン」は指摘しています。

以下は参考のため「オセロ」のあらすじです。

「ヴェニスの軍人でムーア人であるオセロは、デズデモーナと愛し合い、デズデモーナの父ブラバンショーの反対を押し切って駆け落ちする。オセロを嫌っている旗手イアーゴーは、自分をさしおいて昇進した同輩キャシオーがデズデモーナと密通していると、オセロに讒言する。嘘の真実味を増すために、イアーゴーは、オセロがデズデモーナに送ったハンカチを盗み、キャシオーの部屋に置く。イアーゴーの作り事を信じてしまったオセロは嫉妬に苦しみ怒り、イアーゴーにキャシオーを殺すように命じ、自らはデズデモーナを殺してしまう。だが、イアーゴーの妻のエミリアは、ハンカチを盗んだのは夫であることを告白し、イアーゴーはエミリアを刺し殺して逃げる。イアーゴーは捕らえられるが、オセロはデズデモーナに口づけをしながら自殺をする。」

以上。

すでにこの指摘一つだけでも、わが偉大な詩人の知性の並みはずれた深さを証明するものです。

オセロは心をみじんに打ち砕かれ、人生観をすっかり曇らされたにすぎません。

それというのも、理想がほろびた(七字の上に傍点)からです。

しかし、オセロは物陰に身をひそめたり、スパイをしたり、のぞき見したりはしません。

人を信じやすいからです。


それどころか、妻の不貞を勘ぐるように彼をするには、異常な努力を払ってそう仕向け、疑惑を起させ、煽り立てねばなりませんでした。


2018年2月26日月曜日

697

百姓は坐ったまま、彼を眺め、へらへら笑っていました。

これがもしほかの場合なら、「ミーチャ」もことによると憎しみのあまり、このばか者をぶち殺していたかもしれませんが、今の彼は幼な子のように弱りきっていました。

彼は静かにベンチに歩みより、外套をとると、黙々と着こんで部屋を出ました。

もう一つの部屋に森番の姿は見当らず、だれもいませんでした。

彼は泊り賃と、蠟燭代と、迷惑をかけた分として、ポケットから小銭で五十カペイカつまみだし、テーブルの上に置きました。

五十カペイカ=500円です。

(690)で彼の手持ちの金額が9ルーブルと40カペイカ、つまり9,400円ほどと書きました、この中から行きの馬車代を支払ったわけですから、いくら残っているのでしょう。

小屋を出ると、周囲は見渡すかぎり森ばかりで、ほかには何もないことがわかりました。

小屋を出て右に行けばよいのか、左に行くべきなのか、それさえわからぬまま、当てずっぽうに歩き出しました。

昨夜は神父とここへ急ぐあまり、道など気にもとめなかったのです。

彼の心には、だれに対しても、「サムソーノフ」に対しても、恨みはありませんでした。

このへんが「ドミートリイ」の長所ですね。

彼は細い森の小道を、《ふいになったアイデア》をかかえて、ぼんやりと途方にくれ、どこに行くのかなどまるきり心を砕かずに歩いて行きました。

今の彼になら行きずりの子供でも勝てるはずでした。

それほど心も身体もふいに弱ってしまったのです。

それでも、なんとか森からぬけでることができました。

突然、見はるかすかなたまで、刈入れの終った裸の畑か打ちひらけました。

『なんという絶望だろう、まわりじゅう死の気配だけだ!』

絶望の極みですね。

なおも前へ前へ歩きつづけながら、彼はくりかえしました。

馬車で通りかかった人に彼は救われました。

この馬車が来なければどうなっていたでしょう、一日中さまよっていたかもしれませんね。

辻馬車がどこかの年とった商人をのせて田舎道を走ってきたのです。

馬車が追いついたとき、「ミーチャ」は道をたずねました。

その人たちもヴォローヴィヤ駅へ行くところだとわかりました。

交渉に入り、「ミーチャ」は相乗りさせてもらいました。

帰りの馬車代を充てたのですね。

三時間ほどで着きました。

まだ途中ですが、かなり長い時間乗っているのですね。

ヴォローヴィヤ駅で「ミーチャ」は、すぐに町までの駅馬車を頼み、ふいに我慢できぬくらい空腹なことに思い当りました。

馬をつないでいる間に、目玉焼きを作ってもらいました。

彼はたちまちそれを平らげ、大きなパンの塊と、有合せのソーセージを食べ、ウォトカを三杯飲みました。

腹ごしらえがすむと、元気がでて、心の中もまた明るくなりました。

彼は街道をとばし、馭者をせきたて、突然、これから今日の夕方までに《例のいまいましい金額》を作るための、新しい、今度こそ《確固たる》計画を作りあげました。

「考えただけで、考えただけで腹が立つな、あんな下らん三千ルーブルのおかげで、一人の人間の運命が破滅するなんて!」

彼はさげすむように叫びました。

「今日こそ決着をつけるんだ!」

もし、「グルーシェニカ」についての、また、彼女の身に何事か起りはせぬかという点についての、絶え間ない思いさえなかったら、おそらく彼はふたたびすっかり快活になっていたにちがいありません。

しかし、彼女をめぐる思いがたえず鋭いナイフのように、心の突き刺さるのでした。


やがてついに到着し、「ミーチャ」はその足ですぐ「グルーシェニカ」のところへとんで行きました。


2018年2月25日日曜日

696

「だって森を、あなたは森を買おうとなさってるんでしょう。さ、目をさまして、しっかりしてくださいよ。僕はここへイリインスキー神父に連れてきてもらったんです・・・・あなたがサムソーノフに手紙を書かれたので、あの人が僕をこちらへよこしたんです・・・・」

手紙で「サムソーノフ」と連絡をとっているらしいですが、「ドミートリイ」がここへ来る一足前に「サムソーノフ」からの連絡が「セッター」に届いていたとすると、またそれは「セッター」が酔いつぶれる前にそういう連絡が届かなければなりませんので「サムソーノフ」は急行便か何かで大急ぎで用件を書いた手紙を送ったことになりますが、そんなことが可能でしょうか。

「ミーチャ」は息をあえがせました。

「嘘をつけ!」

「セッター」がまた歯切れよく叫びました。

「ミーチャ」は足に寒気がしました。

「とんでもない、これは冗談じゃないんです! ことによると、あなたは酔っておられるかもしれない。だけど、もういい加減に、ちゃんと話をしたり、人の話を理解したりしてくれてもよさそうなもんじゃありませんか・・・・でないと・・・・でないと、わたしには何がなんだかわかりゃしない!」

「お前は染物屋じゃないか!」

これで完全に誰かが悪意を持って嘘を「セッター」に伝えているということがわかりますね、そうでなければ具体的に染物屋という言葉が出てくるはずがありません。

「とんでもない、わたしはカラマーゾフです、ドミートリイ・カラマーゾフですよ、あなたに相談があるんです・・・・有利な相談が・・・・とても儲かる話ですよ・・・・例のあの森の件で」

百姓はもったいぶって顎ひげを撫でました。

「いや違う、お前は仕事を請け負ったくせに、汚ない真似をしやがったんだ。汚ない男だ!」

私の想像では、誰か、つまりそれは「サムソーノフ」なのですが、彼が森番に何らかの方法で、〈これからそちらへ行く男は自分はフョーフドルの息子だと嘘をついて森を売ろうとしている染物屋であること〉を大急ぎで伝えたのでしょう、いや「セッター」は「仕事を請け負ったくせに」と言っているのですから〈フョードルに森の売買を依頼された染物屋がそちらに向かっているが、彼はフョーフドルの息子になりすまし高い値段で森を売って差額を儲けようとしているのだ〉と伝えたのかもしれません。

「はっきり言って、あなたは誤解してますよ!」

「ミーチャ」は絶望して両手をもみしだきました。

百姓はなおも顎ひげを撫でていましたが、突然ずるそうに目を細めました。

「いや、それより俺に教えてくれ。汚ない真似をしても差支えないって法律があるんなら、ぜひ教えてもらいたいね、わかったかい! 貴様は汚ない男だよ、わかってるのか?」

「ミーチャ」は暗然としてあとずさりました。

突然、後日みずから表現したように、『何かが額を殴りつけた』ような気がしました。

一瞬のうちに、何か心の目が開いた心地で、『たいまつに火がともり、すべてを理解した』のでした。

それにしても、とにかく聡明な人間である自分が、よくもこんな愚かな考えに負けて、一か八かの仕事に熱中し、しかもほとんどまる一昼夜こんな「セッター」なんぞにかかずらって、頭まで冷やしてやったりできたものだと、半信半疑の思いで、呆然と立ちつくしていました。

『ふん、こいつは酔払ってるんだ、へべれけになってやがるし、これからまだ一週間はぶっつづけに飲むことだろう。この上何を待つことがある? それにしても、もしサムソーノフが下心をもって俺をここへよこしたのだとしたら? もしその間に彼女が・・・・ああ、俺はなんてことをしちまったんだ!』

ここで「ドミートリイ」は「サムソーノフ」のことをはじめて疑っていますね。

「サムソーノフ」はむしろ「グルーシェニカ」が「フョードル」の方に行くのを願っているのですからなおさらです。


「ドミートリイ」は彼の巧妙な作戦にまんまと引っかかったようですね。


2018年2月24日土曜日

695

「しかし、あの男が死んだら、あいつが死んだら、そのときは・・・・そのときはどうなるんだ!」

「ミーチャ」は狂ったように叫びました。

戸口を開け放ち、窓もすっかり開け、通風管も開けました。

「ドミートリイ」は玄関から水の入った桶をかついできて、まず最初に自分の頭を浸し、それから何かのぼろ布を見つけて、それを水に突っこみ、「セッター」の頭にのせてやりました。

森番は相変らずこの出来事全体になんとなく軽蔑的な態度さえ示しつづけ、窓を開けたあと、「こうしときゃ平気だ」と不機嫌につぶやくと、火をともした鉄製の角燈を「ミーチャ」に預けたまま、また寝に行きました。

「ミーチャ」は一酸化炭素にあたった酔払いの頭をせっせと冷やして、三十分ばかりかいがいしく介抱しつづけて、もはや本気で徹夜する気になっていたのですが、へとへとに疲れていましたので、一息つくためにほんの一分のつもりで腰をおろし、目を一瞬つぶりましたが、とたんに無意識のままベンチの上に身を伸ばし、死んだように寝入ってしまいました。

目をさましたのはひどく遅くなっていました。

もうかれこれ朝の九時ごろでした。

小屋の二つの窓ごしに太陽が明るくかがやいていました。

昨夜の縮れ毛の百姓は、すでに半外套を着こんで、ベンチに坐っていました。

その前に新しいサモワールと、新しいウォトカの壜が置いてありました。

昨夜の古い壜はもうすっかり空になり、新しいほうも半分以上あいていました。

「ミーチャ」は跳ね起きるなり、いまいましいこの百姓がまたしても酔払っているのを、一瞬のうちに見てとりました。

取返しのつかぬほど、深い酔い方でした。

彼は目をむいて、しばらく百姓を眺めていました。

百姓も黙ってこすからそうに彼を見ていましたが、「ミーチャ」の気のせいか、なにか癪にさわるほど落ちつきはらい、人を見下したような横柄な感じさえありました。

彼は百姓のところにとんで行きました。

「失礼ですが、実は・・・・わたしは・・・・たぶんあちらの部屋にいるこの森番からおききになったと思いますが、わたしは陸軍中尉ドミートリイ・カラマーゾフです。あなたが森を買おうとなさっておられるカラマーゾフ老人の息子でして・・・・」

「嘘をつけ!」

突然、百姓が張りのある落ちついた声で歯切れよく言いました。

「嘘ですと? あたなたはフョードル・カラマーゾフをご存じでしょう?」

「フョードル・カラマーゾフなんて男は、こちとらご存じねえや」

なにやら重たげに舌を動かして、百姓が言い放ちました。

何が何やらわかりませんね、一体どうなっているのでしょう。

誰かが「ドミートリイ」を陥れようとしているのですが、その元凶は「サムソーノフ」かもしれませんが、実際に「セッター」に嘘を伝えたのは誰なんでしょう、少なくとも神父ではないはずですね。


そうすると、森番ということも考えられます、「サムソーノフ」は神父のところに「セッター」が泊まっていると「ドミートリイ」に言ったのですが、そうではないことを「サムソーノフ」は知っていたのではないでしょうか、森番の「ドミートリイ」に対する態度も心ここに在らずと言った様子が伺えますし。


2018年2月23日金曜日

694

「悲劇だ!」

歯ぎしりしながら彼は言いすてると、眠っている男のそばに機械的に歩みより、顔を眺めはじめました。

まださほどの年でもない骨張った百姓で、ひどく長い顔をし、栗色の縮れた髪に、赤茶けた細長い顎ひげを貯え、更紗のシャツに黒いチョッキを着ており、そのポケットから銀時計の鎖がのぞいていました。

「ミーチャ」は恐ろしい憎悪をこめてその顔をしげしげと眺めていました。

なぜか、この男が縮れ毛であることが、とりわけ憎く思いました。

何よりも、彼「ミーチャ」が多くの犠牲を払い、多くのものを放棄し、身体の芯まで疲れきって、火急の用事でこうしてのぞきこんでいるのに、この怠け者が、『今や俺の全運命を左右するこの男が、まるでほかの天体から来たみたいに、けろっとした顔で高いいびきをかいている』ことが、堪えられぬほどいまいましく思いました。

『ああ、運命の皮肉だ!』

「ミーチャ」は叫ぶと、突然、すっかり分別を失って、また酔いどれの百姓を揺り起そうととびつきました。

彼はなにやら凶暴な勢いで起しにかかり、男をひっぱったり、こづいたり、はては殴りさえしましたが、五分ほど苦闘して、またしても何の得るところもなかったため、無力な絶望にとらえられて自分のベンチに戻り、腰をおろしました。

「愚劣だ、ばかげている!」

「ミーチャ」は叫びました。

「それに・・・・何から何まで恥さらしなことばかりだ!」

ふいに彼はなぜか付け加えました。

彼は自分がどれほど馬鹿らしいことをしているのかわかっているのですね、しかし深くは考えていないようです。

ひどく頭が痛くなってきました。

『いっそあきらめるか? すっかり引き上げちまおうか』

ちらとこんな思いがうかびました。

『いや、朝まで待つんだ。わけがあるから残るんじゃないか、わけがあるから! あんな一件のあとで、ここへやってきたのは、いったい何のためだと思っているんだ? それに、帰ろうにも乗るものがないし。いまさらどうやって帰れる? えい、ばかばかしい!』

それにしても、頭痛ははげしくなるばかりでした。

彼は身動き一つせずに坐り、まどろみはじめたのも気づかぬうちに、ふいに坐ったまま寝入ってしまいました。

どうやら二時間か、それ以上眠っていたらしいのです。

耐えきれぬ頭痛に目をさましました。

叫びだしたくなるほど堪えがたい痛さでした。

こめかみがずきずきし、頭頂部が痛みました。

目をさましたものの、それからもまだしばらくの間、すっかりわれに返ることができず、自分の身に何が起ったのか理解できませんでした。

やっと、暖炉を焚きすぎた部屋の中に恐ろしい一酸化炭素がたまって、へたをすれば死にかねなかったことに思いいたりました。

一酸化炭素中毒ですね。

少し調べますと、「都市ガスは全域で一酸化炭素を含まないものとなり、ガス漏れによる一酸化炭素中毒は起こらなくなった」「火災に伴う一酸化炭素中毒も知られている。なお、火災の場合、アクリルやポリウレタンなどの熱分解の影響でシアン化水素も発生し、一酸化炭素中毒と共にシアン化水素による中毒も併発している場合がある。」「一酸化炭素中毒を自覚するのは難しく、危険を察知できずに死に至る場合が多い。軽症では、頭痛・耳鳴・めまい・嘔気などが出現するが、風邪の症状に似ているため一酸化炭素への対処が遅れる。すると、意識はあるが徐々に体の自由が利かなくなり、一酸化炭素中毒を疑う頃には(また、高い濃度の一酸化炭素を吸った場合には)、自覚症状を覚えることなく急速に昏睡に陥る。この場合、高濃度の一酸化炭素をそのまま吸い続ける悪循環に陥り、やがて呼吸や心機能が抑制されて7割が死に至り、また、生存しても失外套症候群または無動性無言と呼ばれた高度脳器質障害や聴覚障害が残る。ヘモグロビンは一酸化炭素と結合すると鮮紅色を呈するため、中毒患者はピンク色の「良い」顔色をしているように見える。」とのこと。

今は「キャンプ用一酸化炭素チェッカー」というものも売られています。

泥酔した百姓は相変らずひっくり返って、高いいびきをかいていました。

蝋燭が融けて、消える寸前でした。

「ドミートリイ」は悲鳴をあげ、よろめきながら、玄関の土間をぬけて森番の部屋にとびこみました。

森番はすぐに目をさましましたが、向うの部屋に一酸化炭素がこもっていることをきくと、後始末に立ちはしたものの、この事実を奇妙なほど無関心に受けとり、それが「ミーチャ」を腹立たしいくらいおどろかせました。

何なんでしょうね、こういった無関心の正体は、今までの経験でも少なからずあるように思います。


「ドミートリイ」は、さっきからずっとこの自分と他者の感情の落差に苦悩しており、つまり自分がこの世でひとり生死を賭けた大変な状態でいるというのに、そんなことおかまいなしに周りはまったく平然としており、ますます自分が異質なもののように感じ孤独感が増してきているのではないでしょうか。


2018年2月22日木曜日

693

「だめですよ、少しお待ちになったほうが利口です」

ついに神父が言いました。

「どうやら役に立ちそうもありませんから」

「一日じゅう飲みつづけでしたからね」

森番が合の手を入れました。

「困ったな!」

「ミーチャ」は叫びました。

「僕がどんなにせっぱつまってるか、今どれほど絶望しているか、わかってもらえたらな!」

「だめですよ、朝までお待ちになるほうが利口です」

神父がくりかえしました。

「朝まで? 冗談じゃない、そんなことができますか!」

そして絶望のあまり、また酔払いを起そうととびかかりかけましたが、すぐに努力のむなしさをさとって、やめました。

神父は黙っていましたし、寝ぼけまなこの森番は仏頂面をしていました。

「リアリズムってやつは、なんて恐ろしい悲劇を人間の身に引き起すんだろう!」

すっかり絶望しきって、「ドミートリイ」はつぶやきました。

顔から汗が流れていました。

一瞬の間をすかさずとらえて神父が、たとえ眠っている男をうまく起したとしても、この酔い方では、何の話もできないし、「あなたのご用件は大切なことですから、朝まで寝かせておくほうが確実ですよ」と、きわめてもっともな意見を述べました。

「ミーチャ」はあきらめ顔に両手をひろげ、同意しました。

「神父さん、わたしは蝋燭をつけてここに頑張って、チャンスをつかむことにしますよ。目をさましたら、すぐに切りだします・・・・蝋燭代は払うよ」

彼は森番をかえりみました。

「泊り賃もな。ドミートリイ・カラマーゾフを忘れんでくれよ。ただ、あなたのことですけどね、神父さん、どうしたらよいかわからないんですよ、どこでお休みになります?」

「いえ、わたしは家へ帰ります。この人の馬を借りて、行きますから」

神父は森番を指さしました。

「じゃ、これで失礼します、ご成功を祈りますよ」

そういうことに決りました。

神父はやっと厄逃れしたのを喜んで、馬で帰って行きましたが、それでも困惑したように首を振りながら、明日にでもこの興味深い出来事を恩人の「フョードル・カラマーゾフ」にあらかじめ報告しておかなくてよいだろうかと、思案していました。

『さもないと、あとで知って、腹を立てて、目をかけてくださるのをやめないとも限らないからな』

この神父は「フョードル」のスパイのようなことをしているのですね、たぶん定期的にお金を渡されていて何かあればどんな些細なことでも報告するようにとでも言われているでしょう。

森番は身体を掻きながら、黙って自分の部屋へ引き上げ、「ミーチャ」は、本人の表現を借りるなら、チャンスをつかまえるべく、ベンチに腰をおろしました。

深い憂鬱が重い霧のように心を包みました。

深い恐ろしい憂鬱でした!

彼は坐って、考えていましたが、何一つじっくり考えることはできませんでした。

蝋燭の芯が黒く燃え残り、こおろぎが鳴きはじめ、暖炉を焚きすぎた部屋の中はたえられぬほど息苦しくなってきました。

こんな時の人間の心理はどんなものでしょう、「何一つじっくり考えることはできませんでした」と書かれているように、頭の中は思考停止状態であり、視覚と聴覚だけがかろうじて活動するだけなのでしょう、こんな状態はいつかどこかで経験したことがあるように思います。

ふいに彼は庭と、庭の向うの道を思い描きました。

父の家のドアが秘密めかしく開き、その戸口に「グルーシェニカ」が走りこむ・・・・


彼はベンチから跳ね起きました。


2018年2月21日水曜日

692

「ミーチャ」が遺産をめぐる父とのいざこざの話をはじめると、神父は怯えた様子さえ示しました。

それというのも、「フョードル・カラマーゾフ」には一種の従属関係にあったからです。

なぜ「一種の従属関係」になったのか書かれていませんが、たいした神父じゃないですね。

もっとも神父は、なぜあの商売人の百姓「ゴルストキン」を「セッター」とよぶのかと、おどろいたようにたずねたあと、「ミーチャ」に、あの男はたしかに「セッター」にはちがいないが、その名でよばれると猛烈に腹を立てるところを見ると、「セッター」という名前ではなさそうだから、必ず「ゴルストキン」とよばなければいけないと、親切に説明してくれ、「さもないと何一つまとまりませんよ、それに話をきこうともしないでしょうしね」と神父は結びました。

「ミーチャ」は一瞬いささかふしぎに思い、「サムソーノフ」自身がそうよんでいたことを説明しました。

そのいきさつをきいて神父は、「サムソーノフ」自身が「セッター」に頼めと言ってあの百姓のところへ彼を差し向けたとすれば、それは何か理由があってからかったのではないか、何かおかしな点がありはせぬかという推測を、その場で「ドミートリイ」に話せばよかったのに、すぐにこの話をもみつぶしていまいました。

ここで「サムソーノフ」の不実がバレたわけでですね、(689)で「彼は意地のわるい、冷淡な、嘲笑好きな人間だったし、そのうえ病的なほどの反感をいたいていました」とも書かれていましたが、まさにその通りですね。

このダメな神父は気づいていながら、揉め事を避けるために話さなかったのでしょう。

しかし、「ミーチャ」にしても《そんな些事》にこだわっている暇はありませんでした。

彼は大急ぎで歩きつづけ、スホーイ・パショーロクについてからやっと、自分たちの歩きとおしたのが一キロや一キロ半ではなく、おそらく三キロはあったはずだと思い当たりました。

このことが癪にさわりましたが、彼は我慢しました。

小屋に入りました。

神父の知合いである森番は、小屋の片側半分に暮しており、入口の土間をへだてたもう一方の、居間の部分に「ゴルストキン」が陣どっていました。

居間に入って、獣脂蝋燭をつけました。

獣脂蝋燭は不純物を多く含むため、燃やすと不快臭がするとのことです。

小屋の中はひどく暖房がきいていました。

松材のテーブルの上に炭火の消えたサモワールが置かれ、そのわきに茶碗をのせた盆や、空になったラム酒の壜、少し残っているウォトカの壜、かじりかけのパンなどがありました。

当の客は皺くちゃになった上衣を枕代りにして、長々とベンチに横たわり、鈍いいびきをかいていました。

「ミーチャ」はしばしためらいました。

『もちろん起さなけりゃいけない。俺の用事は大切すぎるほど大切なんだし、こんなに急いできたんだからな。今日じゅうに急いで帰らなくちゃ』

「ミーチャ」は心配になってきました。

だが、神父と森番は意見を述べずに、黙って立っていました。

「ミーチャ」は近づいて、みずから揺り起しにかかりました。

猛烈な勢いで起しにかかったのですが、眠っている男は目をさましませんでした。

『酔ってやがるんだ』

「ミーチャ」は断定しました。

『しかし、俺はどうすればいいんだ、ああ、どうすりゃいいんだろう!」

そして突然おそろしい苛立たしさにとらえられて、眠っている男の手や足をひっぱったり、頭をつかんで揺すったり、抱き起してベンチに坐らせたりしてみましたが、やはりきわめて永い努力の末に得たものといえば、相手が無意味な唸り声をたて、言葉ははっきりせぬものの口汚なく毒づきはじめたことだけでした。


これは寝ているのではなく、「ドミートリイ」が言うように酔っているのですね、寝て入ればこんなことをされたら起きるでしょうが、彼はたんに酔いつぶれているのです。


2018年2月20日火曜日

691

ヴォローヴィヤ駅に駆けつけたとき、「ミーチャ」は、いよいよこれで《いっさいの問題》に片をつけ、解決できるのだという嬉しい予感に顔をかがやかせてはいたものの、一方では自分の留守中に「グルーシェニカ」の身に何か起りはせぬかという恐ろしさにふるえていました。

ちょうど今日あたり、彼女もついに「フョードル」のところへ行く決心を固めるのではないだろうか?

出てくるとき、彼女に知らせず、また家主の一家にも、だれかにきかれても自分の行方は決して明かさぬよう頼んできたのは、まさにそのためでした。

『必ず、必ず今日の夕方までには帰らなければ』

馬車に揺られながら、彼はくりかえしました。

『そのセッターとやらを、こっちへ引っ張ってきてもいい・・・・書類を作らせるために』

息のつまる思いで「ミーチャ」は空想しました。

しかし、悲しいことに、その空想はあまりにも《計画》どおりに実行する定めにはなかったのです。

まず第一、ヴォローヴィヤ駅から田舎道に入って、彼はすっかり手間どってしまいました。

田舎道が十二キロではなく、実際には十八キロあったからです。

(569)で「フョードル」は「イワン」に「・・・・チェルマーシニャへ寄ってくれんか。お前にとっちゃヴォローヴィヤ駅からちょいと左に入るだけじゃないか。せいぜい十二キロかそこら・・・・」といい、(573)で「イワン」が幌馬車を出ると、馭者たちが取りかこみ、「チェルマーシニャまで、十二キロの田舎道を個人営業の馬車で行くことに話がつきました」といい、(688)で「サムソーノフ」は「ヴォローヴィヤ駅から十二キロほど」と言っていますが、全部違うのですね。

第二に、「イリインスキー神父」は留守で、隣村へ出かけたあとでした。

「ミーチャ」が、もはや疲れきった馬で隣村へ行き、神父を探しまわっている間に、ほとんど夜になってしまいました。

神父は見たところ小心な、愛想のよさそうな男で、すぐに、「セッター」は最初たしかに彼の家に泊っていたのだが、今はスホーイ・パショーロクという部落に行っており、そこでも森の商いがあるため、今日は森番の小屋に泊ることになっていると、説明してくれました。

「スホーイ・パショーロク」は調べてもわかりませんでした。

自分を今すぐ「セッター」のところに連れて行ってほしい、『それによって、いわば、わたしを助けることになるのだから』という「ミーチャ」の強引な頼みに、神父は最初のうちためらっていたものの、どうやら好奇心を感じたらしく、スホーイ・パショーロクに連れて行くことを承知しました。

ところが不幸なことに神父は、せいぜい一キロ《そこそこ》だから、《歩いて》行こうとすすめてしまいました。

もちろん、「ミーチャ」は賛成し、例の大股で歩きだしたため、哀れにも神父はほとんど走らんばかりにして、ついて行かなければならない始末でした。

神父はまださほどの年ではなく、非常に慎重な人間でした。

「ミーチャ」は神父にもさっそく、自分の計画を話しはじめ、「セッター」に関する忠告を神経質なくらい熱心に求め、道々ずっと話しつづけました。

神父は注意深く耳を傾け、忠告はほとんどしませんでした。


「ミーチャ」の質問には、「わかりません、いえ、わかりません、わたしなぞにわかるものですか」と返事をはぐらかしました。


2018年2月19日月曜日

690

二 セッター

というわけで《馬をとばさなければ》ならなかったのですが、やはり馬車代が一カペイカもありませんでした。

いや、つまり、二十カペイカ銀貨が二枚あるだけで、それが永年にわたるこれまでの甘い生活の名残りのすべてでした。

しかし、家にはもうだいぶ前から動かなくなっている古い銀時計がころがっていました。

彼はそれをひっつかむと、市場の店で寝泊りしているユダヤ人の時計屋のところへ持っていきました。

時計屋は六ルーブルで買ってくれました。

「こいつも予想外だったな!」

「ミーチャ」は感激して叫び(彼はいまだに感激しつづけていた)、六ルーブルをつかんで、家に駆け戻りました。

家に帰ると、家主から三ルーブル借りて、不足分を埋めました。

家主の一家はなけなしの金であるにもかかわらず、いつも快く貸してくれました。

それほど彼を好いていたのです。

その理由は次に書いているように彼は正直なのです、嘘をついたり、謀りごとをしたりしないのです。

「ドミートリイ」は感激の状態にあったため、自分の運命がいよいよ決せられるのだと打ち明け、たった今「サムソーノフ」に提案してきたばかりの《計画》を、もちろん大急ぎで、ほとんどそっくり話してきかせたうえ、さらにサムソーノフの結論だの将来の希望だのをいろいろ語りました。

家主の一家はこれまでにも彼の大部分の秘密を打ち明けられていましたので、まったく傲慢なところのない旦那として、身内(二字の上に傍点)の人間のように見ていました。

こうして九ルーブルを作ると、「ミーチャ」はヴォローヴィヤ駅までの駅馬車を迎えにやりました。

チェルマーシニャへの距離は、(569)で書かれていましたが、このヴォローヴィヤ駅から左に十二キロですね。

九ルーブル=九千円ですからそれに手持ちの四十カペイカを合わせて九千四百円です。

(571)で「イワン」の行程として「今いる場所(スターラヤ・ルッサ=カラマーゾフの舞台)から馬車で八十キロ走り、鉄道の最寄駅に到着し、そこから50キロちょっとでヴォローヴィヤ駅、それから馬車で「せいぜい十二キロかそこら」でチェルマーシニャに着き、そこで用事を済ませて、神父に馬車でヴォローヴィヤ駅まで送ってもらい、モスクワまで行くということになります。」と書きました。

なぜかこれは間違っているような気がして自信がないのですが、これで行くとチェルマーシニャまでは142キロもあることになります。

ネットで馬車の速度を調べましたら、通常移動で6km以内、中速移動で10km以内、高速移動で20km以内となっており、全力でも20kmほどしかスピードは出ませんとのことでした。

移動できるのは一日ではせいぜい100kmくらいのようです。

だとすると、チェルマーシニャまでは142キロというのが間違いかもしれません。

ちなみに東京23区のタクシー代は10キロ3,450円、100キロで33,850円だそうです。

しかし、このような形で、『ある事件の前日、正午には、ミーチャは文なしだったのであり、金を作るために彼は時計を売り、家主に三ルーブル借りた。これにはすべて証人がある』という事実が記憶され、チェックされたのです。

この事実を前もって指摘しておきます。

何のためにそんなことをするか、いずれ明らかになるでしょう。

ところで、本文には関係ないのですが、私がせっせと書きうつしているこの「カラマーゾフの兄弟」(原卓也訳、新章文庫版)がKindle版で出ていました。

今頃気が着いたのは遅いのかもしれませんが、これをダウンロードしてコピーすれば、毎日の作業が楽になると一瞬思いましたが、いや、キーボードを自分なりのスピードで打つことにいくらかの意味があるかもしれないと思い直しこのまま続行することにしました。

ですからこれからも当分、ですます調に直しながら機会的に打ち続けるだけです。


ちなみに、今進行中の「カラマーゾフの兄弟」(中)巻のKindle版は840円でしたのでダウンロードしました。