「まあ、でももしあの人が殺したんだとしたら、それが真実だわ!」
「グルーシェニカ」は叫びました。
「あのとき、気がふれていたのよ、すっかり錯乱していたんだわ、それもみんな、卑劣なこのあたしがわるいのよ! ただ、やっぱりあの人じゃない、あの人は殺してないわ! それなのに、だれもかれも、あの人が殺したなんて言うのよ、町じゅうして、うちのフェーニャまで、あの人が殺したことになるような証言をしたくらいですもの。あの店の人たちも、あのお役人もそうだし、飲屋でも前にきいたことがあるなんて言って! みんながあの人の敵にまわって、わめきたてるんだわ」
これで、ほぼ全員が「ドミートリイ」が犯人だと思っていることがわかりますね、「グルーシェニカ」は「あの人」と言って言って弁護していますが、彼女が「あの人」というのは正常な時の「ドミートリイ」のことですね。
「ええ、証言はおそろしく増えましたね」
「アリョーシャ」が沈鬱に言いました。
「それにあのグリゴーリイがね、召使のグリゴーリイがドアは開いていたなんて言い張って、たしかに見たと意地になってるんで、とても話にならないわ。あたし、とんで行って、じかに話してみたんだけど、かえって悪態をつく始末ですもの!」
「グルーシェニカ」はさすがですね、疑問と思ったことはすぐに行動に移す。
「そう、ことによると、あれが兄に不利ないちばん有力な証拠かもしれませんね」
「アリョーシャ」がつぶやきました。
「それと、ミーチャが気違いだということだけど、あの人今でもなんだかそうみたい」
突然、なにやら特に気がかりそうな、秘密めかしい様子で、「グルーシェニカ」が言いだしました。
「ねえ、アリョーシャ、あたしだいぶ前からこのことをあなたに言おうと思っていたの。毎日、面会に行ってるけど、ふしぎでならないのよ。ねえ、教えて、あなたはどう思うの。あの人がこのごろしきりに言いはじめたのは、何のことかしら? すぐにその話をはじめるんだけど、あたしにはさっぱりわからないわ。何かむずかしい話をしてるんだろうけど、あたしは頭がわるいから、わかるはずないと、そう思っているのよ。ただ、だしぬけに、童(わらし)のことを、つまり、どこか田舎の子供のことを話すようになって、『なぜ童はみじめなんだ?』だとか、『俺は今、童のためにシベリヤへ行くんだ。殺しなんぞしていないけど、俺はシベリヤへ行かなければいけないんだ』だとかって言うのよ。これは何のこと、どこの童のこと、あたしには全然わからなかったわ。ただ、あの人がその話をしたとき、あたし泣いていまったわ。だって、とっても上手に話して、自分から泣くんですもの、あたしまで泣けちゃった。そしたらあの人、突然あたしにキスして、片手で十字を切ってくれたわ。これはどういうこと、アリョーシャ、《童》って何のことか教えて」
「それは、どういうわけかラキーチンがしきりに面会に行くようになったんで・・・・」
「アリョーシャ」は微笑しました。
「もっとも・・・・その話はラキーチンのせいじゃないな、僕は昨日、面会に行かなかったから、今日行ってみましょう」
「いいえ、これはラキートカじゃないわ、弟のイワン・ヒョードロウィチがあの人の心を掻き乱すのよ、よくあそこに来ているから、そうだわ・・・・」
「グルーシェニカ」は口走り、突然はっと口をつぐみました。
「アリョーシャ」はびっくりしたように彼女を見つめました。
「よく来てる? ほんとに来たことがあるんですか? ミーチャ自身は僕に、イワンは一度も来たことがないって言ってたけど」